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徳川家 その日、歴史が動いた 井伊家

徳川四天王にして武田の赤備えを継承した井伊直政の武とは?

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家康というとたぬ……もとい、我慢強く融通の利かないくそ真面目な人というイメージは多くの方がお持ちだと思います。 確かに死んだ後も秀吉との約束を守ったり、譜代の家臣を重要視しているのでそれも間違ってはいません。

しかし子育ての面ではアレですし、今日ご紹介する人に関しては唯一アッー!な関係だったかもしれないというウワサもありますので、決して完璧でも真面目一辺倒の人でもありませんでした。

その人とは、慶長七年(1602)の2月1日に亡くなった井伊直政です。

徳川四天王と呼ばれる家康の側近中の側近の一人で、特に武勇と外交に優れた武士でした。

【TOP画像】井伊直政像/wikipediaより引用

 

家康の寝室に忍び込んできた刺客を返り討ち

四天王の中で彼だけが譜代の家臣ではなく、また本人が若い頃は相当な美男子だったという記録が複数残されており、「家康が唯一ソッチの気を起こした相手なのでは?」と言われております。

とはいえ、この時代そういう関係は主従の絆を深めるという意味もあり、決して現在の新宿二丁目のような感じではなかったんですよ?ホントに。

それに、直政がどんなきっかけで家康のお気に入りになったにしろ、その働きは変わりません。 直政が活躍したのは主に武田氏相手の戦でした。

当時家康は信長と同盟を組んでいた頃で、家康の寝室に忍び込んできた刺客を返り討ちにするなど、まさにお手柄を挙げています。……なんで寝室の近くにいたのかというのはツッコまないでおきましょう。

 

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武田と戦い、武田を継承した赤備え

赤備え

そして武田氏を滅ぼした後には、家康の命で武田の象徴とされていた「赤備え」の軍を率いる事になりました。 これは鎧や旗などの武具一式を全て赤で揃えるという、現代のファッションでやったらさぞキチg……奇抜な人として衆目を集めるスタイルなのですが、もちろん戦国時代ならではの意味があります。

当時赤の染料はさほど種類がなく、辰砂(しんしゃ)という鉱石だけでした。もちろん大量に取れるものではないので、使える人はごくごく限られます。 それに、全身真っ赤な武士が一軍を成しているとなると、土や埃だらけの戦場でも限りなく目立つわけです。

目立つということは敵に見つかりやすくなることと同義ですが、それをあえてやることによってその軍の強さや自信の表れになるのです。

大坂の陣での真田幸村もそうでした。 ですから、家康が直政に「赤備えにしろ」と命じたのは、「お前の軍は強いから、目立ちまくっても勝てるだろ?」とハッパをかけつつ、信頼を示すということになるんですね。 三方ヶ原で木っ端微塵にやられた恨みを「赤備え?ウチの直政のモンですけど何か?」というふうに上書きしたかったのかもしれませんが。

 

関ヶ原で島津の敵中突破の”犠牲”に

その後も小牧・長久手の戦い、小田原征伐と戦功を挙げながら、一方では黒田官兵衛を徳川方に引き入れるなど文武両道の働きを見せました。

しかし、関が原で島津隊の銃弾を受けた事によりにわかに体調を崩してしまいます。

おそらく過労もあったでしょう。 ですが家康の信頼は変わらず、三成の居城であった佐和山を直政に任せるなど、まだまだ働いてもらう気満々でした。ちったあ休ませてやれよ。

まあ、このとき直政はまだ40歳、家康は57歳ですから無理もない話です。 元々直政は永禄四年(1561年)生まれで、四天王の中でも最年少でしたから、家康としては秀忠の代まで仕えてほしいと思っていたことでしょう。

が、家康の予想を裏切り、直政は関が原の2年後、そして佐和山への移封からぴったり1年後に世を去ります。

タイミングと場所が場所だけに、当時から「三成の呪いだ」と言われていたようです。 それを聞いてキレた家康が佐和山城や三成に関する建物を根こそぎ壊させたなんておまけもついているせいで、余計アッー!説に信憑性が増す事になりました。

その後、佐和山城とは全く違う場所に建てられたのがひこ○ゃんでお馴染みの彦根城です。 でも、当人同士には険悪だったという逸話はなく、むしろ直政が三成を褒めたという話がいろいろあるため、ただの偶然じゃないですかね。 というか、三成の亡霊は左近の首探しで頭がいっぱいいっぱいっぽいので、直政を呪ってるヒマはなかったんじゃないかと思いますん。

長月七紀・記




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参考:井伊直政/wikipedia

 




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