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プーチンさんのWikipedia(英語)より

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その日、歴史が動いた

ソチ五輪開幕!プーチン選手は何個メダルを取る? 159年前の2月7日、日露和親条約が締結【その日、歴史が動いた】

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その日、歴史が動いた
今年は第一次大戦から100周年ですが、日露戦争から110周年でもあります。
というわけで、当コーナーでは主に後者について扱っていきますね。
近現代史はなかなかややこしいところもありますけれど、日露戦争についてはあまり知られていないながらにカッコイイエピソードがたくさんありますので。
とはいえいきなり戦争の話を始めるのも物騒ですので、まずは日露関係が公的に始まったところのお話をしましょう。

安政二年(1855)のきょう2月7日、日露和親条約が締結されました。
以前取り上げたロシアン紳士・プチャーチンが諸々の不運に見舞われた後、やっとのことで結べた条約です。
日本とロシアは地理的には元々お隣さんだったのですが、日本はほぼ鎖国状態でしたし、ロシアの中枢機関はヨーロッパ側なのであまり関わる必要がなかったんですね。

結構うまくいっていた初期の日露関係

多分お互いに意識したのは、ここから70年ほど前の天明二年(1782)に大黒屋光太夫という日本人がロシア領へ漂着したときだったでしょう。
彼は時の女帝・エカチェリーナ2世に謁見した後10年近くかけて帰国し、十一代将軍徳川家斉にヨーロッパ情勢やロシアの脅威について語ったそうです。
ロシア側でも、光太夫を送ってきたアダム・ラクスマンという人が日本への船旅について記録しています。

エカチェリーナ2世(Wiki)

エカチェリーナ2世(Wiki)

そしてプチャーチンが粘り強く交渉してくれたおかげで、どっかのジャイアンとは違って比較的穏やかに条約を結ぶことができたわけですが、やはり問題もありました。
現在「北方領土」と呼ばれている島々と樺太(サハリン)において、日露の国境を定めることです。
千島列島(いわゆる”北方四島”+α)のほうは境界線を定めましたが、樺太のほうは交渉が難航しました。
結局双方の意見が合致することこそなかったものの、直接交渉に当たった川路聖謨(としあきら)が「樺太の南端以外は探検家くらいしか行ったことないんだから、日本のものにならなくてもいいんじゃないですか。寒くてメリットないし」(意訳)と柔軟な姿勢を見せたことで、プチャーチンも強情を張るようなことはなかったようです。

そして「今まで通りでいいよね」「異議なし!」ということを条約に書き添えておくことによって、このときは丸く収めることができました。

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フランス語で条文つくったための誤訳が今も引きずる

しかしこうした性善説的な交渉が毎回うまく行くとは限りません。

クリミア戦争でヨーロッパ方面での南下に失敗したロシアとしては、東アジア方面での南下を考え始めていました。
とはいえ日本も「どうぞどうぞ」なんてできませんから、戦争とまではいかないものの競うように植民を始めます。

そして明治八年(1875年)に日露両国は再び交渉をはじめ、「千島列島は日本、樺太はロシアのものでいいよね」ということで合意しました。
これが樺太・千島交換条約です。
が、この条文がフランス語だったこと、日露両言語に翻訳された際にミスがあったことで日露戦争(ポーツマス条約)や第二次大戦時の火事場泥棒、及び今日まで問題になっています。

ものすごく端折ってますが大体そんな感じで、未だに解決していないというわけです。
受験生はもうちょっと詳しく調べたほうがいいですけども、流れをざっくり掴んでから細かいことを覚えるというのも勉強のコツということで。
歴史ってこういう覚え方か丸暗記派に分かれると思うんですが、今の若人はどうなんでしょ?

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プーチンさん そろそろ戻してくれない?

北方領土については地下資源が見つかったこと、既にロシア人がたくさん住んでいることなど他の問題もあるため、解決するにはなかなか難しい面もあります。
しかし、某物理的世界最強の国家元首はたびたび「交渉に応じてもいいよ。ただし二島な」的なことを言っているので、不可能ではないんじゃないかと。

プーチンさんのWikipedia(英語)より

自分で競技に出たほうがメダルたくさんとれそうなプーチンさんのWikipedia(英語)より

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というかもうロシアには石油も天然ガスも宝石もあるんだから譲ってくれてもいいんでないの(´・ω・`)
まあ、少なくとも西側のあっちこっちよりはよほど話が通じそうで……おや、誰か来たようだ。
長月七紀・記

 





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