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その日、歴史が動いた

カネはないけど戦わなきゃならん 日露戦争の宣戦布告【その日、歴史が動いた】

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その日、歴史が動いた

実は真珠湾と同じく「日本が先に手を出した」戦争であったことなど、あまり知られていないことを中心にします。

 

ゲームや勝負ではよく「先手必勝」と言われますよね。

微妙に違いますが、現在開催中のオリンピック(特にフィギュアスケート)でも「練習中に難度の高い技をキメて、ライバルのテンションを下げる」というのは頻繁に行われているそうです。

優雅なスポーツに見えるフィギュアの世界でもこれですから、もっと血生臭い戦争の場において先に攻撃することは極めて重要になってきます。

よしうまくつながった。

開戦前に 宣戦布告の決まりなどはなかった

明治三十七年(1904)のあす2月10日、日本とロシア帝国がお互いに宣戦布告し、日露戦争が正式に始まりました。

なぜ「正式に」かというと、実際の戦闘は既に始まっていたからです。

平和の祭典であるオリンピック中に戦争の話をするというのもアレですが、時代と共に戦いの場が変わったということでここはひとつ。

東郷平八郎

日本海海戦時の東郷平八郎/wikipediaより

この頃「宣戦布告しないと攻撃しちゃいけない」という国際法はありません。

宣戦布告すると戦争、しなければ紛争(ただのもめごと)扱いになるだけで、文字の上の話です。一度国際連盟でそういうルールはできたのですが、第一次大戦の時には既に有名無実になっていました。

この問題について他の例を挙げるとすれば「リメンバーなんたら」ですが、そもそもシーレーンを封鎖して兵糧攻めをしかけてきたのはどこのどいつかと言い返せばよろしいのです^^

どっかのジャイアンへの文句はそこまでにしまして、まずは戦争に至るまでの経緯からお話しましょう。

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ロシアの太平洋進出だけは防がねばならん

先日ご紹介した北方領土に関する件では比較的穏やかに話を進めていた両国ですが、これがロシアと地続きかつ当時ボロボロの清がある大陸の話となるとそうは行きませんでした。

日清戦争で勝った日本が中国東北部の遼東半島に足がかりを作ろうとしたときから、少しずつ話がこじれ始めます。

教科書的に言えば”三国干渉”ですね。

 

当時ロシアは遼東半島のさらに北部(満州)を勢力下に置こうとしていたため(実際に三国干渉の後清から借り受けました)、ここへ日本が出てこられると「やっと凍らない港が手に入るのに、邪魔すんじゃねーよ!」というわけで非常に鬱陶しかったのです。

日本としてはこれを突っぱねることもできなくはありませんでしたが、そうすると今度はこの三ヶ国を相手にドンパチをしなくてはならなくなるかもしれず、譲歩せざるを得ませんでした。

ロシア軍

ロシア軍の第23砲兵旅団/wikipediaより

しかし、ロシアがいつでも日本海に出てこられるという状態が続くのは真っ平御免です。そうなれば今度は太平洋に出るために日本が邪魔になりますから、いずれ「オマエのものはオレのもの」と言い出すのは明らか。そうならないためには、ロシアが中国北東部及び朝鮮半島で港を持つことを防がなくてはなりません。

こうして両国の関係はきな臭くなっていったのです。

戦争資金が全然足りない!

しかし当時の政府も、準備をせずに大国ロシアと渡り合えるとは思っていませんでした。

そこでちょうど利害が一致したために結ばれたのが日英同盟です。

日英同盟の中身については過去記事をぜひお読みいただければ幸いです(海の「紳士」たちが手を結んだ!日英同盟締結)。

 

さて、当時改選のタイミングと同時に問題になったのは日本のお財布でした。

というのも、日清戦争でぼんぼんお金を使ってしまったために、ロシアと戦うには新たに外貨を獲得しなくてはいけなかったのです。

その額、およそ1億5000万円!

 

これを現代の貨幣価値に換算すると、約5700億円になります。もはや金策をするのもアホらしく思えてきますが、諦めるわけにはいきません。

ですがいかにも日本が負けそうなこの戦争に、気前よくお金を出してくれる国はほぼいませんでした。

当時日銀副総裁だった高橋是清(後で総理になった人)がロンドンやニューヨークで粘り強く交渉を行い、やっと調達することができたそうです。日銀砲(知りたい人はググってね)の逆バージョンとでもいえますかね。

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国家予算の7倍以上の資金を費やして…

実際にかかったお金は約18億3000万円程度。

ちなみに、この頃日本の国家予算は2億6000万円ほどです。予算オーバーにも程があるやろ。

ゼロが多くなりすぎて貨幣換算する気にもなりません。よくこれでその後も国が成り立ったものです。

 

戦争の経過については、印象深いエピソードを中心に随時扱っていく予定ですのでお楽しみに。

日付の関係で時系列が逆になることがありますが、あしからずご了承くださいm(_ _)m

 

長月 七紀・記

 

参考:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E9%9C%B2%E6%88%A6%E4%BA%89




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