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その日、歴史が動いた

デキるオランダ人が協力した無血の「名誉革命」 そのとき新たな騒乱の種も蒔かれていた

更新日:

変革の際に犠牲はつきもの。

とても残念なことですが、日本史でも世界史でも全く血が流れずに政治における中枢人物が交代したことは滅多にありません。
今日取り扱う件についてはおそらく一番”無血”に近いですが、その後のことも考えるとやっぱり……。

1689年(元禄二年)の2月13日、イギリスの名誉革命が終結しました。
当コーナーにしては珍しく暗い始まり方をしておりますが、この革命そのものは無血でも、前後の事情がエグすぎるからです。
世界史の例によって、この革命だけ見ようとすると同名の人物が出てくる時点でワケワカメになりますので、大まかな流れを先に出しておきましょう。
まだ現在の「イギリス」という枠組みができていなかった頃の話なので、以下ロンドンを中心とした「イングランド」表記でいきますね。

 

五行でわかる15~17世紀のイングランド

ヘンリー8世(エリザベス女王のパパ)が離婚をしたい(カトリックは離婚禁止)ために宗教を変え、国教会(プロテスタント)を作る
↓(中略)
超過激派カトリック・メアリー1世(エリザベス女王の異母姉)がプロテスタントをブッコロしまくる
↓(中略)
エリザベス女王、国全体をプロテスタント主義に
↓(中略)
清教徒革命(ピューリタン=イギリス国教会の一派vsカトリック・イングランド王家)
↓(中略)
名誉革命 ←今日ここ

え?(中略)が多すぎる?こまけぇこたぁいいんだよ。
でもこれで高校のテストくらいは大丈夫……だと思います、多分。断言はしない。

 

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カトリックかプロテスタントか…キリスト教の内部分裂

……そろそろ本題に入りましょうか。
上記の通り、遠因は奥さんを変えまくったことで有名なヘンリー8世です。

奥さんを8人も替えたヘンリー8世 (イングランド王)/Wikipediaより引用

いつでもどこでも、国の宗教を変えるとなるとゴタゴタは避けられません。しかもそれが「カトリックだと離婚できない?なら改宗したるわ!オレ様が教会的にも一番!!」(暴訳)なんて理由だったのですから、王様が良くても国民は追いつけませんでした。
特にスコットランドやアイルランドは元々個別の歴史や王家を持っていた上「イングランドに従うなんてイヤに決まってんだろボケナス!」というスタンスでしたので、当然宗教を変えるのも大反対。

イングランド側でも「まあまあ両方とも落ち着け。なんとかうまくやろう」という穏健派の王様はいましたが、その人が退場した後、清教徒革命の際オリバー・クロムウェルという超過激派が出てきたせいで結局力づくになってしまいました。
最近はあまり聞かなくなってきましたが、ちょっと前までアイルランドでテロがぽつぽつ起きてのは、クロムウェルから始まるイングランドの暴政・暴力のせいです。もうちょっと後で起きたジャガイモ飢饉への対応とか。

 

王様がいた方が落ち着くけど、絶対王政はイラネ?

ここまでで既にかなりゴタゴタしていますが、さらにややこしい要素が加わります。
清教徒革命は「王様廃止!共和制(だいたい民主主義)バンザイ!」という目的もありましたので、実はここで一旦イングランド王家は廃止されているのです。当時の王様・チャールズ1世は斬首刑に処せられ、これでもうイングランドに王族が復帰することはないと思われました。

チャールズ1世/Wikipediaより引用

 

が、調子に乗ったクロムウェルが独裁を始めてしまったため、当然ながらかなりの反感を食らいました。死んだ後墓を暴かれた上に首を刎ねられるという、死体に鞭打つどころか斬首刑になったほどです。

そして「やっぱ王政が落ち着くよね」ということで、亡命していたチャールズ2世(1世の息子)が王位に就きました。

その後は何事もなかったかのように王家が続きました……といいたいところですが、残念ながら名誉革命の話はここからやっと始まります。
というのも、一度共和制になりかけたことによって、貴族や民衆の中に「王様はいたほうがいいけど、絶対王政っておかしくね?」という考え方が生まれていたからです。
しかしチャールズ2世は命からがら戻ってきてやっと王様になれたのですから、そう簡単に権力を手放そうとはしませんでした。

 

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英と仏で宗教的に真逆のことが起きていた

両者の間にくすぶった火種は、チャールズ2世の弟・ジェームズ2世が即位してからついに爆発します。
この“2世”がつく兄弟二人、両方とも大陸へ亡命していた間にすっかりカトリック派になっていたので、政治のやり方もまずければ、宗教的にもイングランド人には気に食わないという最悪のコンボをキメてしまいました。

ちなみにこの頃フランスは太陽王・ルイ14世の時代で、ユグノー(プロテスタントのフランス人)を大迫害中。命からがら逃げ延びたユグノーたちは、海を渡ってイングランドへ亡命しています。つまり、イングランドとフランスで宗教的には真逆の現象が起きていたのです。こんなとこまで仲悪いんかい。

決定打は、ジェームズ2世が国教会側からの「ここはイングランドなんですから、陛下もプロテスタントになってくださいよ」というお願いに対し「やーなこった!お前ら全員逮捕!!」という乱暴を働いたことでした。
これにより「アイツ、イングランドに馴染む気なんかないぜ!きっとフランスを呼び込んで俺たちをHAKUGAIする気だ!!」と怒りを燃やした貴族たちは、ついに行動を起こします。

目的は二つ。ジェームズ2世を追い出すことと、新たにイングランド王にふさわしい=プロテスタントの高貴な人物を連れてくることでした。新しい王様候補を予め決めておかないと、またクロムウェルのように調子に乗るヤツが出てきかねませんからね。

 

ウィレム3世なら血筋も信仰も問題ナッシング

白羽の矢が立ったのは、ウィレム3世という人物でした。
この人はジェームズ2世のお姉さんがオランダに嫁いで産んだ子供です。もっとも、名誉革命の時には30代後半の立派な大人で、奥さんはジェームズ2世の娘(いとこ同士での結婚)というなかなかに複雑な家庭事情でもありましたが。

当時はオランダ総督(王様っぽい軍人みたいなもの)をやっていて、あっちこっちの国と外交戦略をしつつ、フランスとはドンパチをこなしていた器用な人でした。血筋と配偶者的にも申し分なく、信仰もプロテスタントということでまさにうってつけの人物だったのです。

この人に王様をやってもらうため、イングランドの貴族達は連絡を取ります。
海を越えてまで即位してくれるかどうかは賭けだったと思いますが、ウィレム3世は地元オランダの安全を確かめると、(腹に一物隠しつつ)快くこれに応じてくれました。

そしてウィレム3世はジェームズ2世を追い出し、英語風の発音であるウィリアム3世としてイングランド王になります。
ウィリアム3世はオランダでの権力を持ち続けたままの即位でしたので、ヘタをすればまた反感を食らう可能性がありました。しかし、彼は見事な機転でこれをかわします。

やり手のウィレム3世

奥さんを共同統治者・メアリー2世として同時に即位させたのです。彼女はジェームズ2世の娘ですから、父親の王位を継ぐ形になり、何の問題もありません。たとえ名ばかりだったとしても、その旦那であるウィリアム3世が権力を持つことはおかしくないということになります。
正確に言えば丸め込んだんですけどゲフンゲフン。

もともと「こういう条件でウチの王様をやってください」という話になっていたのか、この王様夫婦は貴族たち=議会ともうまくやっていきます。当時(今も?)最先端の考えである立憲君主制を受け入れたのです。
教科書的な言い方をすると「権利の章典へサインした」となります。

 

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死人がでないだけで「名誉」とかハードル低すぎじゃないか

こうして直接的な死者を出さずに終わったので”名誉”革命と呼ばれているのですが、実は新たな騒乱の種もまかれてしまっていました。
権利の章典の中には、「王位継承者はカトリックダメ絶対」と書かれているのです。

そりゃここまでカトリックvsプロテスタントでゴタゴタしたのですから、当たり前といえば当たり前ではあるものの、王家でダメなものが民衆にはおkというわけにはいかないですよね。
というわけで、名誉革命の終結は「イングランドはこれからずっとカトリック反対!スコットランドとアイルランドも例外じゃないから!」という方針が確定してしまったという面もあるのです。

ついでにこの後の話もちょっとだけしておきましょうか。
命拾いしたジェームズ2世はフランスに亡命したのですが、後日ルイ14世の支援を受けてアイルランドへ上陸しました。
往生際の悪いことに、そこで「カトリックこそ至高!お前らついてこい!」と一旗挙げてしまったためもう一度ドンパチが起きています。

ですので、名誉革命をどこで終わりととらえるかで流血があった・なかったが分かれてしまうんですね。
ほとんどの場合、「ウィリアム3世及びメアリー2世の即位をもって名誉革命終結」としているので、一応無血といっていいことにはなっているんですが、外から見ると実にややこしく後味の悪い話です。正直これをネタにしたことを後悔しました。
同時代の日本がいかに平和だったかだけはよくわかりますけどもね。




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