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ソクラテス(Wikipediaより)

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その日、歴史が動いた

実は結構シンプルなソクラテスの哲学【その日、歴史が動いた】

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歴史を含め、社会科に分類される科目は「暗記第一!覚えればそれでいい!!(キリッ」みたいな面が強いですよね。

これを言い出した時代の先生方は「キライならキライでいいから、テストのときだけでも覚えてるフリしててくれ」という考え方だったのかもしれませんが、よもやよそのお国から「自分の国の歴史とか政治知らないの?プークスクス」なんて扱いを受けるハメになるとは思っていなかったでしょう。

となるとやはり優先したいのは自国の歴史やら文化やらですけども、さらに頭のイイ人になる(見せる)ためには、もう一歩踏み出したいところです。世の中ハッタリが大事になることも多々ありますからね。

というわけで、本日は社会科の中でも一番影が薄i……もとい、複雑でわかりにくい分野のあの人のお話です。きょうは今まさに、「テルマエ・ロマエ」放送していますしね。あっ、今回はローマじゃなくて、ギリシアなのですが。

ソクラテス(Wikipediaより)

ソクラテス(Wikipediaより)

なにをやったのさ?ソクラテスが毒を飲んで処刑

BC399年のあす4月27日、哲学者として有名なソクラテスが亡くなりました。というか毒を飲まされる刑に処されました。
これに由来して4月27日は「哲学の日」らしいのですが、さらに彼の妻が悪妻として有名だったことから「悪妻の日」でもあるそうで、ソクラテスにとっては死んでも奥さんと一緒扱いされるという真に気の毒な記念日です。( ̄人 ̄)

ソクラテスの死の場面を描いた絵(Wikipediaより)

奥さんの話はさておき、なぜソクラテスは処刑の憂き目に遭ったのでしょうか。
多分「そういえばそんな名前が教科書の最初のほうにあった気がする」くらいしか記憶にない方が多いかと思いますので、彼の生涯を辿るところからはじめましょう。

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彼自身の書いた本はない

とはいえ、実はソクラテスは「紙の上に書いた言葉なんぞ無意味!テンションが伝わる会話じゃなきゃ死んだ言葉も同然!!」「書き残すと”メモ見れば覚える必要ない”ってことになるから脳みそが育たねえだろ!」(超訳)という主義だったので、彼自身が書いた本は存在していません。

そのため、以下の処刑に至る経緯や発言に関しては正確なものかどうかがアヤシイ面も多々あるのですが、まあそこは他の時代や人物でも同じですから気にしないことにしましょう。
むしろ時代が進むと系図とか積極的に捏造してる家がゴロゴロ出てく(ry

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オカルトから哲学に?!

ソクラテスは、現在のギリシャの首都・アテネ(当時はアテナイ)の職人の家に生まれました。
この時代のギリシャは、約2400年後の借金地獄がウソのような最先進地帯。市民権という概念も(女性と奴隷以外は)ありましたし、それに対する義務も存在していました。

ソクラテスもその義務に従い、重装歩兵という軍の主力部隊に所属・従軍していたことがあります。哲学者というといかにも学者肌の華奢な人物を想像しがちですが、意外とゴッツイ人だったかもしれませんね。

で、そのゴツイ人(仮)がなぜ思想の世界に入ったのかというと、これまた古代のことなのでオカルトめいた話が入ってきます。

知人の一人であるカイレフォンという人が、何を思ったのか神殿の巫女さんに「俺が知ってる限り、ソクラテスさんがこの世で一番頭がイイと思うんですけど、どう思いますか?」(超訳)というお伺いを立てたのだそうです。
その巫女が「そうですね」と答えたので、これを本人に伝えたところソクラテスはビックリ仰天。
「いやいやいやそんな馬鹿な、世の中に”賢者”って言われてる人たくさんいるじゃん。私が一番なわけないじゃんそんなん今まで言われたことないし!そうだ確かめに行こう!!」(超訳)
というわけで、世の中で頭がイイと言われている政治家その他の人々に会いに行きました。

が、実際に会って話してみると、”賢者”たちからは支離滅裂な内容しか返ってこないor専門分野以外は全く知らないということがほとんどでした。
ソクラテスはこれを見て「巫女が言っていたのは、『無知を自覚している人間は賢い』ということではないか?」と考えを改めます。
そしてこの自覚を他の人にも広め、知識や知恵を磨くための手伝いをしようと思い立ち実行します。

上から目線で家庭を投げ捨てて悪妻つくる

ここまでは立派なのですが、問題が二つありました。
一つは、彼のやっていることについて、今で言う「上から目線」だと感じた人が圧倒的に多かったこと。後の時代でもよくある話ですが、ソクラテスの言っていることが先進的過ぎて、理解できない人のほうが多数派だったんですね。

もう一つは、あまりにも使命感が強すぎて家庭をほっぽり出してしまったことです。
これについては何故かあまり問題視されていないものの、全く家庭を顧みないとなれば奥さんがグレたくなるのも当然じゃないですかね。悪妻だったからソクラテスが家に帰りたがらなかったのか、ソクラテスがこんな行動に出たから妻の方が愛想を尽かしたのか……「鶏と卵」みたいな話ですが、どっちが先だったんでしょうか。

そして主に一つめの理由でソクラテスは多くの人々の恨みを買い、挙句の果てに「アイツはアブナい宗教を始めている!けしからん!!」というイチャモンをつけられて裁判に掛けられ、服毒による死刑が決まってしまったのでした。
一度は追放で済まそうかという流れになったのを、ソクラテス本人が死刑を受け入れたため、より悪いほうの判決になったというのですから何ともはや。
吉田松陰が似たような死に方をしていますが、大分イメージが違いますね。

処刑の日、ソクラテスは親しく語り合った人々の目の前で毒を呷って亡くなったそうです。
牢の見張りや友人知人たちが脱獄の手はずを整えていてくれたにも関わらず、「単に生きるのではなく、善く生きる」ことを優先したためでした。この場合は反語的に「善く生きられないのであれば死ぬしかない」と言いたかったのでしょうか。

が、アテナイの人々は彼の死後「やべえやり過ぎた。俺たち天罰下るんじゃね?」とビビリ、原告だった人々を裁判なしで処刑しまくったそうです。いやどう考えても遅すぎやろ。
もしかしたら、ソクラテスの言葉とされるものが伝え続けられてきたのも、ビビった人の中に「せめて後世に残すくらいはしておかないと(地獄に落とされるかも)」なんて保身を考えた人がいたからなのかもしれませんね。
大多数はもちろん、ソクラテスの仲間が残したものだと思いますが。

ちなみにソクラテスは「聞かれれば答えるけど、それに対して報酬をもらったことなんてないよ」「私が師匠?ンな呼び方やめてくれよ」(超訳)という考え方だったため、本人としては師弟関係を結んだことはないという意識だったそうです。
ゼミじゃなくてサークルだったってことですかね。

ソクラテスのお言葉を覚えて賢い(ふり)をしよう

さて、当時のアテナイの人々には理解しがたかったとされるソクラテスの主張ですが、現代人には理解も利用もできそうなものがたくさんあります。
ありすぎて例を挙げるのに困るほどですが、独断と偏見でいくつかピックアップしてみました。
お役に立てれば幸いです。
【ソクラテス先輩のありがたいお言葉(抜粋)】

・「生きるために食べよ、食べるために生きるな」


「食べる」を生活ととるか娯楽の一つととるかで意味が変わってきますが、前者とすれば「生活のために無理して嫌なことまでしなくてもいい」というところですかね。

後者の場合は「娯楽に溺れるな」くらいの意味でしょうか。

・「本をよく読むことで自分を成長させていきなさい。

本は著者がとても苦労して身に付けたことを、たやすく手に入れさせてくれるのだ」
これはまさに現代にも通じる発言ですね。
寿命が飛躍的に延びたとはいえ、育った環境や性別、周囲の状況、金銭面などにより、一人の人間が自分で体験できることはごくごく限られています。
しかし、本を始めとした著作物では他人がどんな経験をしたのか知ることができますよね。
そこから何を受け取るか、どう考えるかは自分次第ですから、ただ闇雲に読めばいいというものでもないですけれども、何かを考えるきっかけになることは間違いありません。

・「他人からされたら怒るようなことを、人にしてはいけない」

紀元前からこう言われているのに、実行できてない人のほうが圧倒的に多いのは何というかどうというか。
・「友と敵とがなければならぬ。友は忠言を、敵は警告を与う」
 「あなたのあらゆる言動を誉める人は信頼するに値しない。間違いを指摘してくれる人こそ信頼できる」
他人からの批判も賞賛も素直に受けろ、ということですかね。
武田信玄の「七分勝ち」(完全に負けることは言うまでもなく、完全に勝つと慢心の元になるから七分程度に勝つのが良い)にも通じるでしょうか。

・「人間に関することに安定などないことを忘れてはならない。

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それゆえに、繁栄している時には過度の喜びを避け、逆境にある時には過度の落ち込みを避けなさい」
これが現代人に最も役立つ発言でしょうかね。
生まれてから死ぬまでずっと絶頂期という人はいないでしょうし、その逆もまた然り。
天狗になり続けても落ち込んだままでもいけないよ、ということですね。とはいえ、その最中にあるとなかなか気付かないものですが。
”「まだ大丈夫」と思い込み続けていたら実はうつ病になってました”とかがごく普通に起こりうるのが現代社会ですので、特にマイナス方向の思考を続けるのはやめておいたほうがいいですよホントに。経験者は語ります。
ソクラテスはもちろん、他の哲学者の発言にも役立ちそうなものは多々ありますので、たまには哲学の世界に触れてみるのもいいのではないでしょうか。
哲学という概念を理解しようとすると頭が痛くなりますけども、名言なら1フレーズですし。
何より、こういう本読んでると頭良さそうな人に見えません?
長月七紀・記
参考:http://ja.wikipedia.org/wiki/ソクラテス
   http://iyashitour.com/archives/22017





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