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その日、歴史が動いた

豊臣家滅亡のカウントダウン 大坂夏の陣開戦【その日、歴史が動いた】

更新日:

神の存在を信じるかどうかは別として、とても偶然とは思えないようなことも多々起きるのが歴史の醍醐味ですよね。

旧暦の4月28日も、そんな日の一つです。
特に豊臣家にとっては、因果そのものの日といっても過言ではないでしょう。

豊臣家の歴史が動く二つの出来事

一つは、天正十四年(1586年)の出来事。
秀吉の実妹である朝日姫が、ムリヤリ離婚させられた上たぬ……もとい、この時期まだ去就の怪しかった徳川家康へ嫁がされたのがこの日です。
まだ秀吉もボケる前ですから、流石に結婚くらいで家康を懐柔できたとは思ってなかったでしょうけども。

そしてもう一つは、それから約二十年後=元和元年(1615年)のこと。
徳川家vs豊臣家の最終決戦・大坂夏の陣が始まったのがこの日なのです。
新暦だと半月くらいずれているのですが、当時は全国共通で旧暦ですから、これについて運命の皮肉を感じた人もいたでしょうね。
※開戦を26日とする資料もありますが、26日に戦いが行われたのは郡山城(現・奈良県大和郡山市)のため、”大阪”の範囲ではないと思われますので、ここでは豊臣方によって堺が焼き討ちされ、徳川方の岸和田城(大阪市)が攻撃された28日を開戦日としています。

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冬の陣2か月 2週間で終わった夏の陣

さて、冬の陣が約2ヶ月かかったのに対し、夏の陣は決着までに2週間程度しかかかっていません。
家康が京都から大坂へ向かったのはもっと後(5月5日)なのですが、そのときも「兵糧は三日分でよい」と言っていたそうですから、最初から長くかからないことはわかっていたのでしょうね。

そもそも冬の陣で時間がかかったのは、大坂城を名城と言わしめた最大の理由である二重の堀、及び唯一の弱点であった南側をカバーしていた真田丸によるところが大きかったからです。冬の陣で和議を結ぶ際、この二つは破却・埋め立てを済ませていたので、実質的にはもう大坂城は丸裸でした。

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いかに家康が城攻めを苦手としていても、ただ図体がデカイだけの城を落とせないわけはありません。
とはいえ豊臣方はここで負ければ完全にお終いですから、ただやられるわけもなく、頑健な抵抗が続きました。

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10行で夏の陣をまとめる

落城の日についてはまた改めて取り上げますので、大まかに夏の陣の流れを見てみましょうか。
3月~4月初旬 徳川方が戦の準備を開始

4月6・7日 家康、諸大名に鳥羽・伏見への集合を命令

4月10日 家康名古屋入り、秀忠江戸出発

4月12日 徳川義直(尾張藩初代)の婚儀 ※家康が名古屋入りしたのはこのため(15日出発)

4月18日 家康、京都・二条城入り

4月21日 秀忠、伏見城着

4月26日 豊臣方、大和郡山城を落とす

4月28日 豊臣方、堺にあった徳川方の兵站へ放火、徳川方の岸和田城を攻撃

4月29日 豊臣方、紀州攻めを計るが途中の樫井(大阪府泉佐野市)で浅野長晟(ながあきら。長政の息子)に阻まれる
      この余波で大野治長(淀殿の愛人疑惑がある人)らが堺に釘付けになってしまう

5月6日 道明寺の戦いで後藤基次又兵衛・薄田兼相が討死
     八尾・若江の戦いで長宗我部盛親(元親の四男)が敗走、木村重成討死


5月7日 大坂城落城
前哨戦である大和郡山城の戦いを含めても、実質的な戦闘があったのは二週間にもならないんですね。
その分?各地で起きた戦いの規模はとても大きく、また名のある将で討死した人も多いため、まさに戦国時代の総仕上げといった様相があります。といっても、これは後世から見た視点でのことですから、当時の将兵にとってはそれどころじゃなかったでしょうけども。

落城の前日までに豊臣方の主だった将が亡くなっていた時点で、既に勝敗は決していたと見ることもできますね。
真田信繁(幸村)や豊臣秀頼・淀殿については生存説もありますが、まあその辺の話はまたおいおい。
長月七紀・記

大坂冬の陣の記事

11月15日 「狸親父こと徳川家康が大坂冬の陣へ出陣!【その日、歴史が動いた】」

11月26日 「大坂冬の陣の前哨戦、名門上杉と佐竹が男気を見せた「鴫野・今福の戦い」【その日、歴史が動いた】」

12月4日 「幸村ファンが燃え上がる大坂冬の陣「真田丸の戦い」【その日、歴史が動いた】」

参考:

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http://ja.wikipedia.org/wiki/大坂の役





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