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昭和天皇(WIkipediaより)

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その日、歴史が動いた

4月29日昭和の日が「みどりの日」だった理由は昭和天皇のお勉強にあり【その日、歴史が動いた】

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4月29日は「昭和の日」ですが、ワタクシを含めある一定以上の世代の方には「みどりの日」のほうが馴染み深い日ではないでしょうか。今は5月4日が「みどりの日」ですが。
どちらにしろ、バラや藤、シバザクラ、ツツジなどが見ごろであり、新緑のこの季節にピッタリな名前の祝日ですよね。
この日が昭和天皇のお誕生日であったことは広く知られていますが、ではなぜ「みどり」の日とされたのでしょうか?

ゴルフ場だった皇居を自然の宝庫に

ズバリ単純な話、昭和天皇が動植物をとても愛しておられたからです。
以前もチラッとご紹介しましたが、現在の皇居が都会のド真ん中にあるにもかかわらず、あれほど鬱蒼とした森になっているのは、昭和天皇の意向によるものでした。
元はゴルフ場だったのを、昭和十二年(1937年)から使わないようにし、あえて芝生等の管理を中止し、自然に生えているのと同じ植物を多少植える他は手入れをしない方針に変えたところ、あのような森になったのです。
いつ頃から現在の姿になったのかという点については、わかりやすい資料が見つかりませんでしたスミマセン。

しかし、実は昭和天皇は植物を専門とした研究者ではありませんでした。標本採集や他の学者達との共同で発表した本はありますが、ご本人の専門分野は粘菌及び”ヒドロ虫類”というパッと聞いた感じよくわからない生き物=つまり動物です。
以前ご紹介した南方熊楠を訪れたのも、この分野に詳しいからという理由でした。
南方熊楠についてはこちらをご参照ください→キテレツな大天才!南方熊楠(みなかたくまぐす)先生の面白人生【その日、歴史が動いた】

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地味だからこそ研究しやすかった?

今でも一般人には「???」としか思えないヒドロ虫類ですが、当時も「それは研究する価値があるんですか?(汗)」と言われるほど未知の存在でした。そもそも動物なのか植物なのかすらわかっていなかったそうです。
しかし、お立場上一挙手一投足がどんな方面に影響を与えるかわからない昭和天皇としては、かえって研究対象にしやすかったのかもしれません。分類学というこれまた一般人には馴染みのない学問を選んだのも同様の理由だったようです。

分類学とは書いて字の如く、生物を体系的に分類して他の研究に役立てようとする学問で、ものすごく大雑把に言えば「仕分け作業」のようなもの。本で言えば目次にあたるでしょうか。
郵便物の仕分けや本の目次って、なくても何とかならないことはないですけど、あればずっと便利ですよね。そういう感じです。多分。
昭和天皇が生き物に興味をお持ちになったのは、多くの生物学者同様「子供の頃に貝や昆虫採集をしていた」のがきっかけだったそうです。戦後の全国巡幸の際、整備されていない山道を自ら歩いていったという話もありますが、実は案外虫や植物を見ながら楽しんでいらしたかもしれませんね。

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昔はパトロンだけでよかったけど、自らお勉強の時代

この流れは今上陛下のハゼ研究や、秋篠宮殿下のナマズや鶏に関する研究にも受け継がれているようです。皇太子殿下のみ歴史を専門にされていますが、これは似ているかどうかという話ではありません。
というのも、昭和天皇や今上陛下がお若かった頃は「(過去のアレコレを見ちゃうと政治家が困るから)皇族が歴史を学ぶのは好ましくない」という理由で止められていたことがあったので、良い方向に時代が変わったと見るべきではないでしょうか。
もしかすると「皇室って忙しいんじゃないの?研究なんてしてるヒマあるの?」と疑問をお持ちの方もいらっしゃるかもしれませんね。
もちろん公務の合間を縫ってということになりますが、これにはお立場上の理由もあります。ヨーロッパの王侯貴族=いわゆる上流階級とのお付き合いの中で、学問に関する話題は必須だからです。

政治や宗教に関することだと国にどのような影響が出るかわからないので好ましくないのですが、学問についての話であればそうした心配が少ないので、教養を示しつつ話を膨らませるにはもってこいといえます。
他の国の例で言えば、イギリスのチャールズ皇太子が建築物に詳しかったり、タイのシリントーン王女が言語学や教育分野のスペシャリストだったりします。その他、スポーツや音楽がお得意な方も多いですね。

かつてはエライ人というと学者や芸術家にお金の融通をしてくれるだけでしたが、現在では上記のような理由で自ら学んだりスキルを身につけることが必須になってきています。
下々の者には想像もつきませんが、雲の上の世界もいろいろと大変なんですねえ。

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