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徳川家綱/wikipediaより引用

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その日、歴史が動いた 江戸時代

徳川家綱って実は名君? 濃いキャラに挟まれた4代将軍の実力

更新日:

幼い主君がトップに立った場合、だいたいその後の経過は二つのパターンに分かれます。
主が成長するまで無事家臣が支えるか、ここぞとばかりに他国に攻められて瓦解するか。
が、江戸時代にどちらにも当てはまらなかった将軍がいました。

寛永十八年(1641年)8月3日に誕生した、江戸幕府四代将軍・徳川家綱です。

 

幼い頃に「大岡裁きw」で家光大喜び

いろんな意味で強烈な三代・家光と五代・綱吉に挟まれているので「影の薄い徳川将軍」のトップバッターになっていますが、幼少期のエピソードからするとなかなか聡明な少年だったことがうかがえます。
徳川家の嫡男を示す幼名である”竹千代”と呼ばれていた頃、罪人の処遇に関する話を聞いていたときのことでした。

詳細が伝わっていないのですが、当時の刑罰では「最も重いのが死刑、次が流罪(島流し)」とされていたのでその辺の話と思われます。
家綱はふと、「流罪になった者はどうやって暮らしているのだ?食べるものはあるのか」と近臣たちに尋ねました。が、誰も知らなかったため答えられません。知っていて答えなかった人も多かったでしょう。
答えがない=罪人を流してそのまま放置していると理解した家綱、次に「それでは命を助けた意味がないではないか」と言いました。ごもっともです。
これが家光の耳に入ると、トーチャン大喜び。「これを竹千代の仕置(仕事)始めにせよ」=「竹千代の言う通り、流罪先に食料を送ってやるように」と命じ、罪人の扱いが改善された……という話です。
どうでもいいですが、千代姫(過去記事:生まれついてのプリンセス 家光の三女千代姫 ふわふわ人生【その日、歴史が動いた】)といい家綱といい、さすがの家光も子供は可愛かったんですねえ。

この話は実に嘘くさiもといデキ過ぎているような気もしますけども、家綱という人はこの手の慈悲深さをうかがわせるエピソードが多いので、性根の優しい人物であったことは間違いないと思われます。
逸話そのものが本当かどうかというよりも「家綱様は優しい人だったから、こういう言動をしたに違いない」という当時の人の願望や理想が現れているのかもしれません。

 

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「左様せい将軍」なバカ殿と言われているがそこに隠された地味戦略

だからなのか、戦国時代よりは血生臭さが減っても生々しいことには変わりない政治の話については興味関心がなく、重臣の報告や許可を求める声に「左様せい」と頷くだけだったともいわれています。

ただし、「私は幼年だが、父祖の偉業によってこの地位にある」とも言っていたそうなので、「能力がない自分が口を出すよりは、海千山千の家臣に任せたほうがいい」と考えていた可能性もありますよね。こういう判断ができていたとしたら、地味ではありますが”名君”といってもいいのではないでしょうか。

江戸の出来杉君こと保科正之春日局の孫・稲葉正則、家光が「我が右手」とまで称した酒井忠勝など、血筋的にも能力的にも頼れる重臣がいたからこその判断ですね。

家光の代までで江戸幕府は概ね安定していましたが、反乱やお家騒動で揺れることもありましたし、それでも覆されなかったのは功績に値するでしょう。地味だけど。
この姿勢は家光までの「アヤシイ奴と家は断固処断!!」な武断政治から、「話を聞いた上で公正に処罰しよう」という文治政治への転換でもありました。
歴史ファン的には「地味になった」、学生的には「覚えることが増えた」感じであまり好まれる変化ではありませんが、文明的には進んでますのであまり嫌わないようにしたいものです。地味でややこしいけど。

 

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 ところで8月3日は伊達政宗のお誕生日でござる

ところで、旧暦8月3日は戦国のネタ王・伊達政宗のお誕生日でもあります(永禄十年=1567年)
他にも豊臣秀頼が文禄二年(1593年)の同じ日に生まれていたりします。なんて日だ。

誕生日占いがアテにならないことを実証できそうですね。旧暦だとズレるから関係ないんでしょうか。

長月 七紀・記

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参考:http://ja.wikipedia.org/wiki/徳川家綱

 





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