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マッターホルンなど山の遭難の歴史を振り返る 帰宅するまでが遠足デス!

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美しい景色を見て神の存在を感じるというのは、人種や民族問わずほぼ共通の感覚のようです。
インカ(現在のペルー)では太陽の神殿を含んだ都市を高山マチュ・ピチュに立てていますし、日本では富士山が長く信仰の対象とされてきました。(参考「天空の城マチュピチュには「相方」の遺跡があった!」

富士山にいろいろしてくれやがったオールコックの出身地・イギリスでも、大多数の人はあれほどの暴挙は働かず、各国の山を「美しい」と評価しています。
イギリスから見て一番近場にある高山地帯・アルプス山脈も、そうした対象になっていました。

とんがり帽子すぎてイモトでなくても登るの大変そうな霊峰

昭和四十年(1965年)の8月6日、アルプス山脈No3の高さを持つマッターホルンの最難関ルート”北壁”を使った日本人として初めて登頂が成功しました。
マッターホルンはその美しさゆえか厳しい気候ゆえか、地元の人や登山家が「霊峰」と崇めていたため登山対象となっている山の中では比較的歴史が浅く、ヨーロッパの人で初登頂を成し遂げたのも1865年(日本は幕末・慶応元年)のことでしたので、ちょうど100年目に日本人が追いついたような形になります。
形といえばマッターホルンのシルエット、見ている分にはやはり美しいのですが、登ることを考えると「ふざけんな」としか思えません。百聞は一見にしかずですので、多分ここに編集部さんが写真を入れてくださるでしょう。


自然の造形美といえばそれもそうですけども、なんであんな「途中で(え)グレたけど大人になったら真っ直ぐになりました」みたいな形になったんですかね。プレート移動の産物だということを知っていてもツッコミたくなります。
まあそれはさておき、登るからには下りなくてはいけないので、「登頂しました!はい終わり」というわけにはいきません。「お家に帰るまでが遠足」ならぬ「お家に帰るまでが登山」といっても過言ではないでしょう。
しかし哀しいかな、登頂困難な山ほど登頂を果たした後=帰路での死亡率が非常に高くなっています。このときマッターホルンを登頂した二人のうち一人も、山頂付近で亡くなりました。

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エベレストで有名なデスゾーンより怖いのは「過疎」

登頂が難しい山=エベレストを想像した方もいらっしゃるかもしれませんが、むしろエベレストは死亡率が低いほうといえます。
なんでかというと、挑戦する人が多い+地元の案内人(シェルパ族)がいる=攻略方法がある程度はっきりしているからです。
それでも遭難する人は少ないわけではないので、「登頂または帰還に失敗した先人の遺体が後人の目印になっている」という状態になっているのですが……。

このため、世間では全く知られていない山のほうが実は死亡率が高かったりします。
代表的なのは世界で二番目に高い山・K2。パキスタンと中国・新彊ウイグル自治区との国境にある山です。

K2(Wikipediaより)

中国側では登山どころじゃないアレコレが起きているため、パキスタン側から登ることになるのですが、こちらはこちらで問題があります。
周辺に拠点にできる村もなく気候が厳しく、さらに雪崩が頻発しやすい形状であるため、登頂者はエベレストの約1/17という激減ぶりなのです。
遭難・死亡者の数も当然多く、「四人に一人が死ぬ」とさえいわれています。期間によっては40%もの人が命を落としたこともあるくらいです。
「二番じゃダメなんですか!?」とは某元大臣の発言ですが、やっぱり二番はいろんな意味で良くないですね。

が、こんな恐ろしいK2登頂を史上初めて果たしたのはイタリア人だったりします。しかも1954年=第二次大戦後のこと。戦中は数々の都市?伝説によってヘタレの見本扱いされていた国の人とは思えません。

ちなみに大戦中には「捕まった牢屋から毎日山を眺めていたらどうしても登りたくなり、登頂した後、牢に戻ってきた」イタリア兵の話もあります。嘘くさいといえば嘘くさいんですけども、高い山はイタリア人の何を目覚めさせるんでしょうか。
というかその根性と体力を戦場で発揮していれば(ry

最高齢エベレスト登頂の三浦さんも帰りに死にそうになっていたなぁ

閑話休題。
エベレストを含むヒマラヤ山脈と、K2のあるカラコルム山脈は”8000メートル峰”と呼ばれており、こうした死亡率の高い山が多く存在しています。
代表的なところでいうと標高世界No3のカンチェンジュンガ、No7のダウラギリ、No10のアンナプルナ(第1峰)あたりは軒並み死亡率20%を超える超難関です。
これでは登山技術のなかった時代に「高山=霊峰=神がいるから、みだりに立ち入ると殺される」と思われたのも無理はありません。

流石にこれほどの山に挑む人はそうそういないでしょうけれど、山で恐ろしいのは、「まだ大丈夫」と思っていても体に相当のダメージを与えていることです。
空気の薄さなどによってプレッシャーが高まり、平地では発症しなかった病気が表に出てくることも珍しくないとか。
特に40代以上の場合、登山中に体調不良を起こしたという人の割合が一気に上がるので、「学生時代登山部だったから大丈夫」といったような過信は禁物。もちろん日本国内の山でも同じことですので、くれぐれも準備を万全にした上で、気分が悪くなったら引き返すことが大事です。
「前人未踏の地を制覇した」とか「最高齢・最年少記録に挑戦した」というような偉業が成し遂げられれば「我が人生に一片の悔いなし!」かもしれませんけども、ちょっとした油断が元で命を落とした上に全国ネットでpgrされたら元も子もないですからね。
何だかお説教臭くなってしまいましたが、ワタクシも小学生までは家族で毎年キャンプに行っていたので、山の楽しさはいくらか知っております。素足で川に入ると気持ちいいんですよねー。
特に都市圏だとできないようなことがたくさんできるのが山・海の魅力、そして夏休みというタイミングですので、皆様安全第一でお出かけください。

 

長月 七紀・記

 




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参考:http://ja.wikipedia.org/wiki/マッターホルン
http://ja.wikipedia.org/wiki/8000M級の山




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