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ローマ その日、歴史が動いた

カエサルが変えた戦術の革命!ファルサルスの戦いは騎兵攻略がポイント

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人類の歴史は戦争の歴史であり、同時に開発の歴史でもあります。

しかし黎明期においては、今あるものを最大限に活用することのほうが多く、それは戦争も日常も同じでした。本日は、先日のアレクサンドロスに並んで有名な、古代におけるあの英雄が大勝利を収めた戦術のお話です。

 

三頭政治の一角として絶大な支持を得るも

紀元前48年の8月9日、ファルサルスの戦いでユリウス・カエサルが元老院軍に勝利しました。ローマ帝国の例によって経緯を事細かに書くととんでもない量になるので、大幅に省略してお話しますね。

カエサルはローマ帝国の貴族の生まれで、順調に行けばそのままお偉いさんになるはずでした。

が、血縁関係のドタバタで危うく処刑されかけ亡命。疑いが晴れて中央に戻ったものの、クーデター未遂の片棒を担いだとしてまたも法廷に呼び出されるなど、お坊ちゃんの割にはてんやわんやの前半生でした。

その苦労が報われてか、三頭政治(三人のお偉いさんが主導する政治)の一角・民衆派として絶大な支持を得るに至るのですが、ガリア(現在のフランスとその周辺)へ遠征に行くと、あまりにも戦果が大きかったため「アイツやっぱり国を乗っ取るつもりなんじゃね?」と国元のお偉いさん達にまた疑われることになります。心がやましいのはどっちだか。

カエサル/Wikipediaより引用

カエサル/Wikipediaより引用

 

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「賽は投げられた」

そんな中で三頭政治エントリーNo2のクラッススが別の戦争で死んでしまったため、パワーバランスが崩れてあら大変。ここで元からカエサルのことが嫌いだった三頭政治No3のポンペイウス、元老院(議会)と結託して「カエサルブッコロ!!」の兵を挙げます。

ガリア方面から帰ってきたカエサル、この知らせを聞いて「もうアイツら人の話聞く気がないわけね」と理解し、「よろしい、ならば戦争だ!!」……ではなく、「賽は投げられた」という有名な発言をします。

これはルビコン川というローマとの国境になっていた川を渡ったときの言葉とされていますが、現代ではどこの川を指していたのかわからなくなってしまったとか。まあ、イタリアもローマ帝国崩壊以後、ずっとスッタモンダが続いてたので仕方がない。(過去記事:19世紀までバラバラだったイタリア【その日、歴史が動いた】

日本でさえ、「春の小川」の小川が渋谷区にあった川だというのが忘れられているくらいですし、2000年以上経てばわからなくなるのは至極当然といえばその通りです。

 

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槍を投げずに騎兵を直接刺せ

こうしてカエサルvsポンペイウスの間で、後々「ローマ内戦」と呼ばれることになる一連の戦いが起きます。

この内戦は大ざっぱに前半と後半に分けることができ、ファルサルスの戦いは前半のクライマックスにあたる戦いで、ここでカエサルが勝ったためポンペイウスは逃亡→暗殺されています。

後半戦はプトレマイオス朝エジプトが相手ですが、そちらのお話はまたそのうち。ちなみにこの王朝、アレクサンドロスの部下だったプトレマイオスという人が初代だったりします。こういうとこで繋がるのが歴史のロマンですね。

結果を先にお話してしまいましたので、カエサルがなぜここで勝利を収めることができたのかという点に絞っていきましょう。

当時の戦術として「投槍」というものがありました。文字通り投げて使う槍のことで、ローマには専用の兵隊も組織されており、メジャーな存在でした。

が、敵兵(特に騎兵)から見れば「あいつらの槍を避けちまえばなんてことないぜ!こっちのほうが早いし楽勝wwww」というのが常識。しかしカエサルは、この常識を打ち破ったのです。

どうしたかというと、投槍兵に「槍を投げずに騎兵を直接刺せ」と命じた、たったこれだけのことでした。

単純な話ですが、投げてしまったら後は逃げるしかないですけども、直接刺せば効果的に敵兵を減らすことができますよね。もしかしたら、馬を奪うことも考えていたかもしれません。

中国風に言えば「将を射んと欲すればまず馬を射よ」ですかね。余談ですが、英語で似たような意味のことわざに「娘を欲しいと思うならまず母親を」というものがあるそうです。「母親を説得しろ」なのか「母親を(青少年の健全な育成のため削除)」なのかどっちなんでしょうね。

また、馬は前方に何らかの障害物があると足を止めるという性質があります。カエサルは投槍兵の集団を「障害物」に見立てて、馬の進軍速度を落とさせた上で騎兵を狙ったのでした。

ごくごく単純な作戦ではありますが、動物と騎兵両方の性質を同時に打ち破る奇策はまさに”英雄”ならではですね。

 

砂漠地帯では馬の代わりにラクダ しかも現役

もう少し軍事と動物のお話をしておきましょう。

まず馬。紀元前の時点で上記の通りですから、馬は各国で最も長く軍用に使われた動物といえます。当初は戦車や物資を引いていた=後方支援的な役割のほうが強かったのですが、そのうち騎兵が登場して陣頭に立つようになりました。

生身の人間よりずっと早く移動できること、乗り手の疲労が減ることなどメリットが大きく、乗用兵器が発達するまで何千年も使われています。歴史上騎馬軍の錬度が高い国、元から騎馬民族の国が覇権を得たのはこのためです。

ちなみに砂漠地帯などでは馬の代わりにラクダが使われていたとか。ラクダは元々乾燥した地域で生きていけるように進化した生き物ですから、水の補給が危ういときでも使えるというのが大きなメリットでした。馬よりバランスを取るのが難しそうですが、やっぱり勝手は違うんですかね。

現在ではほとんどの国で儀礼用の騎兵として残るのみですが、自動車やバイクが走れないような地形の国では現役だそうですよ。

 

4000年前から家畜化を試みていたゾ~

また、武器といえば大きく重いものほど威力が高いものです。というわけで、地上最大の動物・象も軍事利用されていたことがありました。

象は4000年前くらいから家畜化の試みがされていて、その後軍用にも転化していきました。紀元前12世紀ごろには「戦う象さんカッコイイ!」(超訳)という記録があるので、それなりに実用的とされていたようです。

が、当然のことながら目立ちまくる上、火計や銃火器を使われると手も足も出なくなるため意外に早く廃れました。大きくて重いものは扱いが難しいということでしょうか。

現在各地の象が激減しているのは主に象牙目的の乱獲・密漁が原因ですけども、もし軍事利用が続いていたら今頃は絶滅してしまっていたのかもしれません。廃れてよかったよかった。

 

ソ連→犬に爆弾を背負わせ戦車の下へ

象と同様、他の動物兵器も兵器の発達と入れ替わるように姿を消していきましたが、ちょうど境目の20世紀には別の目的で動物の軍事利用を試みた国もあります。

ソ連軍が考えた”対戦車犬”がその一つです。

これは「爆弾を背負った犬を敵の戦車に向かって走らせ、戦車の下に潜り込んだところで爆弾のレバーが倒れて爆発する」という外道にも程がある兵器。

しかし訓練に手間取る上、他の犬が爆死するのを見て恐慌状態に陥る→自陣に戻ってから爆発するというような事故が多発したとか。
犬に限らず、動物が火や大きな音を恐れるというのは世界共通の常識じゃないかと思うのですが、ソ連では誰も動物を飼ったことがなかったんでしょうか。

 

猫は足音をたてないから尾行に向いてるよね!by CIA

一方、笑い話にもならないシュールなエピソードを生んだのが”アコースティック・キティー”です。

アメリカ・CIA考案のスパイ用猫のことで、詳細について公開されていないのですが、「体に発信機やマイクをしかけた猫を用意し、ターゲットを尾行させる」というものだったようです。

確かに猫はほとんど足音を立てませんが、目標のすぐ近くまで猫を連れて行かなければならないため、結局実用性はほぼゼロでした。猫を抱えた状態でターゲットに見つからないように尾行するくらいなら、最初から人間がやったほうが早いですしおすし。

このうち犬だけは訓練がしやすく実用性も高いため、今でも多くの国で軍事や警察に使われています。災害救助犬の活躍もよく知られていますね。

自衛隊の場合は階級があったり、アメリカ軍では戦死した軍用犬の葬儀を営んだりと、正式に組織の一員として扱われているとのことです。専用の保険とかあるんですかね?

いずれにせよ、人間も動物も命がむやみに失われることのないよう、ドンパチはやめていただきたいものです。

 

今年も1年よろしくです!

初めての方には「何のこっちゃ」なお話ですが、最後にちょっとご挨拶を。

当コーナー、ワタクシ長月七紀が担当させていただくようになってから丸一年を迎えることができました。ドンドンパフパフ!
いつも読んでくださっている方、今回たまたまページを開いてくださった方、どうもありがとうございます。

無節操に独断と好みでネタを選んでいたおかげか、偶然にも富岡製糸場や田中正造など、ときのニュースのおかげでバズれた記事もあり、何とか一年やってこられました。

編集部さんに「続けてもいいですか?」と確認したところ「いいとも!!」(超訳)というお返事をいただきましたので、これからもどうぞよろしくお願いいたします。m(_ _)m

 

長月 七紀・記

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参考:ファルサルスの戦い/Wikipedia
動物兵器/Wikipedia
アコースティック・キティ/Wikipedia

 





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