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藤原広嗣/Wikipediaより引用

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飛鳥・奈良・平安時代 その日、歴史が動いた

藤原広嗣の乱……奈良時代の革命児、九州王に俺はなる!

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歴史上有名な人の子孫のことって、案外話題にならないですよね。

時代が近いこともあって、江戸時代の大名家だったところはたまに歴史系のイベントなどに参加されていることもありますが、それ以前となるとほぼ行方不明状態なことも多いです。
中には、大本は同じ家なのに一方は権力の中枢にい続け、もう一方は細々と血を繋げていくが精一杯なんて例もあります。
今回はそんなお話です。

天平十二年(740年)9月3日、藤原広嗣の乱が勃発しました。

名字からわかる通り、あの藤原氏の一員が起こした反乱です。
本来なら朝廷で左うちわになっていてもおかしくなかった人のはずなのに、なぜこんな物騒なことをやったのでしょうか?

 

高級貴族はなぜ反乱を起こしたのか

藤原氏というのは、とても大きな一族です。
初代の中臣鎌足(大化の改新で中大兄皇子に協力した人)がこの姓を賜ったことにはじまり、その息子・不比等(ふひと)の子供である四兄弟がそれぞれ独自の家を起こしました。
姓はみんな「藤原」ですが、概ね屋敷のあった場所や役職などに由来する通称がついていて、初代の兄弟順に上から南家・北家・式家・京家と呼ばれています。
これがそれぞれ枝分かれしたり別の名字を名乗ったりして、数多の公家になっていきました。つまり式家は三男坊。

有名どころでいえば、藤原道長は北家の嫡流です。北家は一番政治的に成功していた系統で、他にも有名人が多くいます。
南家も北家ほどではありませんが、歴史に名を残している人が多いです。主に歌人や詩人・学者など、文化方面で名前が出てくることがあります。
さて残りの式家と京家はというと、残念ながらあまり目立った活躍をした人はいません。
京家は子供の数が少なく政略結婚に不利だったとか、他人の罪に連座させられてしまって失脚したとか不幸のオンパレードでした。

没落最初の理由は、不比等の息子たち藤原4兄弟が疫病にかかって同じ年に次々に死亡するという、西アフリカも真っ青な出来事が起きたことです。
3本の矢ならぬ4本の矢で鉄壁の守りだった藤原氏は、まさかの全員死亡という状況で、まだ若いその次の世代が重責を担います。

そんな一人が藤原広嗣だったわけですが、やっぱり追いつめられてムリしたんでしょうね……。

 

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本当は本流だった式家の2代目の没落

そして、式家が没落した最大の原因、藤原広嗣の乱を起こすのです。

広嗣は式家の二代目なわけですけども、そこで速攻ポシャってしまっては歴史上名を残した人が少ないのも無理はありません。本人は反乱者として伝わってますけど嬉しくねえ。
ちなみに乱を起こした理由としては、「元皇族の橘諸兄(たちばなのもろえ)に政争に負けて大宰府に左遷されたのが気に食わないので、むしゃくしゃしてやった。反省はしていない」(超訳)というものです。4兄弟絶滅のあとに諸兄さんが政権の中心を奪取したわけですね。
広嗣といい菅原道真といい、「大宰府に流すこと自体が不吉なんじゃね?」とツッコミたくなってきます。

この頃、都では疫病やら災害やらが頻繁に起きており、広嗣は反乱を起こすまでの間に天皇へ「諸兄が諸悪の根源ですよ! アイツどうにかしないと神様が鎮まりませんって!」(超訳)という献言もしているのですが、諸兄に握りつぶされてどうにもなりませんでした。
これでは「口で言ってもわからないなら殴る!」という考えになってしまうのも不自然ではありません。関心はできませんが。

藤原広嗣の乱(Wikipediaより)

藤原広嗣の乱/Wikipediaより引用

広嗣も「隼人(はやと)」と呼ばれる九州の人々を味方につけて奮戦したものの、あえなく鎮圧されてしまいました。
ちなみに征討軍の将軍大野東人は東北の多賀城にも赴任していたのですが、広嗣のお父さんの弟(つまり広嗣の叔父さん)が上司だったのです。なんだか因縁めいていますね。

そして、広嗣と直接関係した人物が罰されるだけでなく、式家全体が権力を取り戻すことはないまま時代が進んでいきます。
即座に血が絶えなかっただけまだマシかもしれませんけども、子孫達は「ご先祖様、もうちょっと温厚にやっといてくださいよ(´・ω・`)」と思っていたかもしれませんねえ。

長月 七紀・記

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参考:藤原広嗣の乱/Wikipedia 藤原広嗣/Wikipedia

 





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