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その日、歴史が動いた 学者・医師

「死に至る病」の哲学者キルケゴールの悩みと先進的な草食男子ぶり

更新日:

まだ完全に断定されてはいませんが、うつ病その他心の病には「頭が良い人ほどなりやすい」という仮説があります。
確かに、小説家や芸術家には一般の人と比べて人付き合いが極端に苦手だったり、自ら死を選んでしまう割合が高いですよね。
頭が良い=いろいろなことに気がつく分、悩みや問題が気になって仕方がなくなってしまうのかもしれません。
そしてそれは、常人には理解しがたいあの分野の人達も同じでした。

1855年(日本では江戸時代の嘉永七年)の11月11日、哲学者のセーレン・オービエ・キルケゴールが亡くなりました。「死に至る病」や「あれか、これか」を書いた人です。

お父ちゃんのゆがんだ生き様が哲学を生む

哲学という学問系統自体が非常に幅広く、また抽象的な概念を取り扱うものですけども、彼の性格もまた複雑怪奇なつくりをしていました。
が、それにはお父さんの影響が強かったようです。

セーレン・キルケゴールのお父さんであるミカエルはデンマークの貧しい農家に生まれたのですが、小さい頃からそれを神様のせいにして恨む日々を過ごしていたそうです。
成長した後は首都・コペンハーゲンでビジネスを始め、運よく成功を収めるのですが、なぜかそれを「神を信じなかったおかげで手に入れた栄光である」と思っていたそうで。

この時点でハテナが浮かんできますが、この人はもう一つ大きな思い込みをしていました。
それは、「自分の子供は、全員34歳までに死ぬだろう」ということです。これはイエス・キリストがはりつけに処された歳でもあります。
こちらについては、”セーレンたちの母親に対し、結婚前に手を出してしまった罪”が子供達に及んでいると考えていたようです。何がどうしてそうなった。
しかも末っ子のセーレンを含め七人の子供のうち、五人がその通りに亡くなったため、余計信じ込んでしまった節があります。
セーレンがこの二つを知ったのは二十代半ばくらいだったそうですが、おそらくはそれまでにも多少匂わせる節があったのでしょう。彼もまた「自分は罪深い存在だ」と考えるようになっていきます。

外から見てみると、神の罰を恐れている=信仰が篤いってことになるんじゃないかという気がするんですけどねえ。ホントに信じてないんだったら罰を恐れないどころか、神の存在を否定しそうなものですし。
ついでに言えば、キリスト教その他一神教の神様って怒ると容赦がないので、もし天罰を下すのなら、もっとえげつないことになっていたんじゃないでしょうか。
「聖書で人間を一番殺したのは神様だ」なんていわれていますから、ミカエルやセーレンがそれを知らなかったわけはないと思うんですけども。もしかして、ミカエルは聖書を読んでなかったんですかね? 神様を呪うくらいならそれもありえそうではありますが。

イケメンですね(Wikipediaより)

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謎の行動、草食男子の走り?

まあ神様と罰の云々はそこまでにしておきまして、セーレンはこうした経緯もあったためか、著作以外でも人に共感を得にくいような行動をすることがありました。
一番顕著なのは、レギーネ・オルセンという女性との関係です。
10歳も離れてはいましたが、セーレンは彼女にゾッコン(古い)だったらしく、プロポーズをしました。レギーネもまんざらではなかったらしく、一度OKを出しています。
が、なぜかセーレンのほうから婚約を破棄しているのです。どういうことだってばよ。
どちらかが他の異性を好きになったとか、浮気をしたとかそういうわけでもないようで、今も事の詳細ははっきりしていません。

しかもその後のセーレンの行動が謎に拍車をかけています。
婚約を破棄したのに、レギーネとずっと友人としての付き合いを続けたのです。恋人としてよりを戻そうというのではなく、あくまで友人として。しかも彼女が別の男性と結婚してからもそれは続きました。
レギーネからすれば、全く意味がわからなかったのでしょう。最初のうちは夫にセーレンの本を買ってくれるよう頼んだりしていますが、後には手紙を未開封で送り返したりもしています。余程嫌いになってないとやらないですよねこんなん。

これは完全に私見なのですけども、おそらくセーレンは父のアレコレを知ってしまった際、「自分は幸福な家庭を築くことはできない」あるいは「自分は不幸になるに決まっている」と思い込んだのではないでしょうか。
そして、レギーネを巻き込みたくないがためにプロポーズを取り消したものの、友人としてなら累は及ばないと考え、連絡を取っていたのでは……と。

レギーネがだんだん冷めた態度になっていったのは、彼女に「男女間の友情」という概念がなかったからではないでしょうか。現代でも意見が分かれるところですが、当時の一般人であれば「男と女は恋人か夫婦になるもの」という考えが強かったとしても不思議ではありません。
となると、セーレンの求めた「異性の友人」というものがそもそも理解できなかった可能性が微レ存。
そう考えると、一応つじつまが合うのです。

とはいえ人の心に完璧な理屈が通ることなどそうそうないでしょうから、神ならぬ本人達のみぞ知るというところですけどね。
「女の心は深い海」ならば、男性の心は未開の森といったところでしょうか。

長月 七紀・記

 

 

参考:http://ja.wikipedia.org/セーレン・キェルケゴール




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http://ja.wikipedia.org/wiki/死に至る病




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