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その日、歴史が動いた 明治・大正・昭和時代

明治時代の東京市が実施したネズミの買取はナゼ? →ペスト対策のため

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病気には日頃の生活習慣や体質から来るものと、体の外から細菌やウイルスが入ってきたことで起きるものがありますよね。
日本は衛生環境がいいほうですから、後者の割合は比較的少ないですが、それでも毎年お馴染みのインフルエンザやノロウイルスなど、脅威がなくなったわけではありません。
現代でもそうなのですから、昔は病気全般がもっと恐れられていました。
本日はその一例である、極端な行政の対応に関するお話です。
明治三十三年(1900年)1月15日は、東京市がネズミの買取を始めた日だそうです。
別に某ファーストフードのパティに使おうとかいうわけではありません。というかその会社はまだ本国でも生まれてません。
では何のためかというと、国際化に伴うとある問題があったのでした。
ヒントは……すぐわかっちゃうと面白くないので、少し遠回りしましょうか。「モンゴル帝国」あたりでいかがでしょう。

ペスト対策で1匹=カレーライス分の報酬

正解は「ペスト対策のため」です。
中世ヨーロッパで、モンゴル帝国の西進後にペストが大流行したのと同じように、急激に諸外国とのお付き合いを広げた日本にも、ネズミに寄生したノミを媒体としてペストがやってきていたのでした。ほら繋がった(ドヤァ)
20世紀にはそういう因果関係がはっきりわかっていましたから、即座にお役所が「ネズミを捕った人には賞金あげるよ!」と言い出したわけです。
現代で言えば、「この顔見たら110番」の人の情報を提供したら金一封が出るのと似たような感じですかね。

ちなみに賞金はいくらかというと、一匹ごとに五銭でした。当時としてはなかなかの金額です。この頃の物価だとだいたい外食のカレーライスと同じくらいですから、「ちょっと豪華な夕食を食べられるくらい」と考えると結構オトクですよね。熊みたいな大物でもないですし。
数匹で一家の食事代、あるいは晩酌つきにもなるのですから、これは食いつかないほうがおかしいというもの。

そんなわけで都内中、まさに猫の手を借りてまでのネズミ大捜索が始まりました。
が、皆が皆あまりにもガチでネズミを捕まえてきたため、役所の代わりに引き取り・換金を受け持っていた各地の交番がパンク状態になるという笑っていいのか悪いのか判断に困る状態になったそうです。交番の本来の役目は治安維持や道案内ですから、ネズミのお世話にかかりきりというわけにもいきません。
それに加えて、あまりにも多くの人がネズミを捕ってきたため、賞金で市の財政があばばばばばばなことになったそうです。なぜ誰も予測しなかった。

ペストのウイルス(Wikipediaより)

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秒速で稼ぎ秒速で終わった政策

ついでに言えば「ネズミ算」と言われる通り、ネズミの繁殖能力は動物の中でも随一。一度に生まれる数が多い上、妊娠期間も成長期間も極めて短いのですから、東京中の人間と猫を総出で捕まえたって追いつくわけがありません。
どこか一ヶ所に固まっていれば「汚物は消毒だー!!」作戦もできたでしょうが、それも不可能ですし。

というわけで、この庶民からすれば丸儲け大作戦だった制度はあっという間に廃止されました。
会社を辞めてネズミ捕りで荒稼ぎした人もいたそうですが、その後どうしたんですかね。一月で200万ほど稼いだとのことなので、再就職までご飯に困ることはなかったでしょうけども。

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ネズミ断絶は断念で裸足禁止礼

肝心のペストの方は結局根絶できず、翌年には「屋外での裸足禁止」というワケワカメなお達しが出ます。
一瞬「裸足で歩くのなんて公園か運動会の子供くらいだろw」と思ってしまいますが、当時は人力車の車夫さんなど、裸足で仕事をする人達もたくさんいました。つまり大迷惑です。
次善策として下駄を履いて対処したそうですが、勝手が違って仕事に支障が出たでしょうねえ。
そんなこんなはありましたが、衛生状況が改善したことにより、ペストは昭和五年(1930年)以降国内では発生していないということになっています。海外で罹患した人はいるかもしれませんが。
……あれ、ネズミを捕りまくった意味はどこに。

明治維新の「自由化」で拡大したのがコレラ

ちなみに、明治時代にはもう一つ恐れられていた伝染病がありました。コレラです。
こちらは空気感染ではなく経口感染なのですが、西日本から流行が始まったこと、そして最初のピークが幕末だったことで、「西洋人が持ってきた」という俗説が信じられてしまうほどでした。

それでも幕府がある間は各地の関所で感染者を止めることができたので、ある程度拡大を防ぐことができたようです。しかし、明治時代になって関所が廃止されると、ついに東京でも流行が広がりました。一気に数万人単位の患者が出たといいますから、関所の役人がマジメに仕事をしていたことがわかりますね。……そういう問題じゃないか。

コレラの報道(Wikipediaより)

コレラは簡単に言うと”極度の下痢による脱水症状で命を落とす”という病気で、幕末好きにはお馴染み?の坂本竜馬のお姉さん・乙女さん(過去記事:「最強の乙女は誰だ? 本命は坂本龍馬のあれ【その日、歴史が動いた】」)も恐れていました。彼女は感染元を野菜と信じ込んでいたらしく、コレラではなくビタミンC欠乏症である壊血病で亡くなってしまったんですけどね。思い込みって怖い。
現在ではどちらも事例が少ないですし、特にこの時期だとインフルエンザやノロウイルスに注目が集まるので忘れがちですが、まだ根絶されたわけではありません。
海外渡航暦のない人でも、川の水から感染することがごくごく稀にあるようですので、その辺の川には無闇に入らないほうがいいでしょう。
道○堀に飛び込むのがNGなのは、物理的な危険とこうした病気の予防でもあるんですね。もうちょっと厳しく言ったほうがいい気もするんですが、なかなか難しそうです。

長月 七紀・記

歴史と病気と言えば!馬淵まり先生の人気連載!

「米国発だったのに、なぜスペイン風邪? まり先生の歴史診察室♪ NOBUもRYOMAも診てア・ゲ・ル vol4」

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参考:http://indoor-mama.cocolog-nifty.com/turedure/2008/01/post_c418.html
wikipedia:ペスト wikipedia:コレラ

 





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