日本初の歴史・戦国ポータルサイト

BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン)

スポンサーリンク

その日、歴史が動いた アメリカ

川も緑色になる不思議なお祝い 3月17日がセントパトリックスデーになるまで

更新日:

聖職者というと、何となくか弱そうな人をイメージしませんか? 多分インドアの極地なお仕事だからだと思うのですけれども、ところがどっこい。ン百年単位の昔だとそうとも限りません。
神や仏の教えを広めるために、いくつもの国を渡り歩いたり海を越えた僧侶の話というのもよくあります。
今回は活動範囲としてはそう広くないものの、「よく考えたら身体能力ぱねえ」な、とある聖職者のお話。

3月17日は、欧米で「セントパトリックスデー」というキリスト教の聖人のお祭りをする日です。

そもそもの由来は、461年のこの日に聖パトリックが亡くなったからと言われております。ラテン語だと”パトリキウス”、アイルランドだと”ポーリク”などいろいろな読みがあるようですが、おそらく一番通りがいいであろう”パトリック”で統一させていただきます。

パトリキウスさん/wikipediaより引用

パトリックさん/wikipediaより引用

 

アイルランドの海賊に連れ去られ羊飼いに 

パトリックは、現在のイギリス・ウェールズ地方でクリスチャンの家庭に生まれました。
品行方正に暮らしていましたところ、16歳のときアイルランドの海賊に連れ去られ、アイルランドで羊飼いとしてこき使われるようになってしまいます。
羊飼いというと、どこかノンビリしたイメージがあるかもしれませんが、羊の群れを率いてあちこち旅するので、実は結構な重労働です。仕事の内容上独身男性に限られるため、農家の次男や三男がなることが多かったとか。
それでも足りないときは、おそらくパトリックのように無理やり連れてこられていたのでしょう。ひでえ話だ。

が、このハードな仕事で足腰が鍛えられたことにより、パトリックは重労働の日々を脱することができます。
あるとき彼に「お家に帰りなさい(´・ω・`)」という神のお告げが下り、パトリックは雇い主から逃げることに成功したのです。
一説には、300キロもの距離を歩いたともいわれています。アイルランドとウェールズの間には海がありますので、どこかで船に乗ったことは間違いないのですが、よく海賊に見つからなかったものですね。これが神のご加護か。

 

スポンサーリンク

大陸で神学を学んだかと思ったら再びアイルランドへ渡航 

無事我が家に帰ることができたパトリックは、神への信仰をより強めました。そりゃあ奴隷生活から逃げ出せたキッカケになったのですから信じますよね。そして神学の道に進もうと思い立ち、大陸へ渡って7年間学びます。

そこで普通の人ならそのまま地元で聖職者になるところでしょう。さすがに聖人となるほどの人は違いました。
なんと「アイルランドに神の教えを広めることが、私の使命だ」と考え、かつてこき使われまくったアイルランドへ再び向かったのです。どんだけドMっすか…。

今のアイルランドはカトリックが多数派になっていますが、パトリックの時代にはドルイド教という別の宗教が信仰されていました。これは自然を崇拝する多神教の一つで、ドルイドと呼ばれる聖職者を中心としたものです。ものすごく大雑把にいうと、仏教の輪廻転生と神道の自然観・多神をあわせたような感じになっています。
また、自然と関わることからドルイドは薬草などの知識=医学やや天文学にも通じており、大きな権力を持っていました。

 

スポンサーリンク

「処刑しろ!」だったのがナゼか「信じます」 

そのドルイド教を何とかしないとキリスト教を広めることはできなかったわけですが、パトリックはこれを比較的平和な手段で解決します。
ドルイド教で「火を使ってはならない」と決められた日に、丘の上という目立つにも程がある場所で焚き火をしてみせたのです。つまり「この日にこんなことしても罰は当たらないから大丈夫だよ!」と示したことになります。
神がついていると思えば怖くなかったのでしょうかね。とにかく、いい度胸してます。

もちろん、当時の王様は「俺たちの信仰をコケにしやがって! あいつを処刑しろ!」と怒ります。そこで不思議なことが起きます。パトリックと直に会って何故か怒りが収まり。キリスト教を信じる気になったとか。古代のこととはいえ展開がすげえ。
もしかしてパトリックの後ろで神様がスタンド状態になってたんでしょうか。なにそれこわい。

そんなわけで王様を味方につけることができたパトリックは、アイルランドの各地で布教を行い、信者を増やしていきます。
このとき三つ葉のクローバー(シャムロック)を手にしていたため、三つ葉のクローバーはパトリック及びアイルランドを象徴する植物になったとか。三つの葉をキリスト教の「三位一体」になぞらえていたそうですが、よくそれで皆納得したな。
また、今でもシャムロックはアイルランド全域に多く映えているため、緑色がアイルランドを象徴する色にもなりました。

 

まるでかき氷のメロンシロップ! シカゴ川が緑色に染まる

そして布教を成功させたパトリックは、12万人もの信者を得ることに成功した後、穏やかに息を引き取ったようです。聖人というと信仰を貫いてヒドイ目に遭って殺された人が多いので、平穏に最期を迎えられたというのも珍しい気がしますね。
教会を建てたり賛美歌を作ったりと、結構多才な人だったらしく、アイルランドの基盤を作った人という見方もできます。

そのためか、いつしかパトリックはアイルランドの守護聖人とみなされるようになりました。
そしてアイルランドでは彼の命日にお祭りをするようになりましたが、祝日になったのはごくごく最近の1903年。以来、地元アイルランドやアイルランド系の移民が多い国で盛大に祝われるようになっていきます。
一番有名なのはアメリカ・シカゴのシカゴ川を緑に染めてしまうというものでしょうか。画像で見ると、まるでかき氷のメロンシロップですが、毎年やってるあたり好評なようですね。
シカゴではアイルランド系の人が一番多いので、伝統化しているようです。

こちらはブエノスアイレスでの様子/wikipediaより引用

こちらはブエノスアイレスでの様子/wikipediaより引用

緑色の何かを身につけたり、飲食物を緑色に染めたりもします。
画像検索すると……うん、ダイエットに良さそうデスネー。食欲が失せる的な意味で。

日本でもセントパトリックデーにちなんだパレードを行ったり、アイリッシュパブで割引をするところもあるとか。
日本人の感覚としては、緑色の食べ物や飲み物よりは割引のほうがありがたいかもしれません。たとえ味が普通であっても、アレ染料ですし(´・ω・`)

今日外食や飲みに行かれる方は、アイリッシュ系のお店に行くとちょっと得をするかもしれませんね。

長月 七紀・記

スポンサーリンク

参考&TOP画像:聖パトリックの祝日/wikipedia パトリキウス/wikipedia

 

 





1位長篠の戦い 注目すべきは…


わろてんか伊能栞
(高橋一生さん)のモデル
小林一三とは?


2位 西郷隆盛49年の生涯!


3位 史実の真田幸村とは?


4位 最上義光 名将の証明


5位 ホントは熱い!徳川家康


6位 意外と優しい!? 織田信長さん


7位 直虎の後を継ぐ井伊直政とは?


8位 毛利元就の中国制覇物語


9位 伊達政宗さんは史実も最高!


10位 最期は切ない豊臣秀吉


注目! 史実の井伊直虎とは?





井伊家 井伊直虎 井伊直政 小野政次 龍雲丸
織田家 織田信長 濃姫 織田信忠 織田信雄 織田信孝 三法師 平手政秀
徳川家 徳川家康 結城秀康 徳川秀忠 松平信康 酒井忠次 榊原康政 本多正信 水野勝成
豊臣家 豊臣秀吉 豊臣秀長 豊臣秀次 福島正則 加藤清正 豊臣秀頼
伊達家 伊達政宗 伊達成実 義姫
最上家 最上義光 鮭延秀綱 山形城 大宝寺義氏 山野辺義忠
毛利家 毛利元就 毛利隆元 吉川元春 小早川隆景 毛利秀元 陶晴賢
島津家 島津義弘 島津の退き口
真田家 真田幸村 真田信之
立花&高橋家 立花宗茂 立花道雪 立花誾千代 吉弘統幸
浅井・朝倉家 朝倉宗滴 姉川の戦い 金ヶ崎の退き口
前田家 まつ 豪姫 前田利長 前田利常
黒田家 官兵衛が長政を叱責の真相
北条家 河越夜戦 小田原征伐 のぼうの城の真実
細川家
仙石家
長宗我部家
武田・上杉家
諸家 足利義輝
剣豪・武術・忍者 宮本武蔵
キリシタン ルイス・フロイス
合戦 桶狭間の戦い 長篠の戦い 手取川の戦い 厳島の戦い 月山冨田城の戦い

◆薩摩藩 西郷隆盛 島津斉彬 大久保利通 小松帯刀 西郷従道
◆長州藩 木戸孝允 木戸松子 高杉晋作 山県有朋


◆古代 安倍晴明
◆江戸 葛飾北斎
◆世界史 クレオパトラ ルイ16世 チェ・ゲバラ


わろてんか あらすじ&感想レビュー

-その日、歴史が動いた, アメリカ

Copyright© BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン) , 2017 AllRights Reserved.