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西郷どん特集 その日、歴史が動いた 幕末・維新

廃刀令で武力を奪ったハズなのに… 士族の不満爆発で最後は西南戦争へ

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廃刀令とは「大礼服着用者・軍人・警察官以外の者は帯刀を禁じる」

「人間、焦ると強引な手段に出がち」
これは最早テンプレを通り越して人の本能かもしれません。
しかし、政治や軍事においてこれをやってしまうとだいたいの場合ロクなことが起きません。それでも後を絶たないあたり、人の業が深いというか何というか……。本日はそんなお話です。

明治九年(1879年)3月28日は、通称「廃刀令」が発布された日です。

内容としてはごくごくシンプルで、「大礼服着用者・軍人・警察官以外の者は帯刀を禁じる。これを犯した者は直ちに刀を取り上げる」というものでした。
大礼服とは役人や軍人の最上級礼装のこと。ものすごく大雑把に言うと、天皇や皇族を含め、戦前までの政府のお偉いさんがやたら勲章をいっぱいつけてる服を着てたらだいたい大礼服です。
余談ですが、女性の大礼服にあたるものはマント・ド・クールといって、ドレスの上に長いマントをつけるというちょっと変わった服装でした。

刀を取り上げるというと豊臣秀吉がやった「刀狩」が思い浮かぶ人も多いかと思います。廃刀令もだいたい同じ理由ですが本質は少々異なります。
まず、建前としては「もう警察も軍も整えたんだから、一般人は帯刀なんかする必要ないだろ」というものです。秀吉のときは一般人から取り上げるだけであって、武士はそのままで良かったので、一揆を除けば割と穏便に済みました。

が、明治の廃刀令は、刀狩とは質が違います。
本来の目的が、「まだグダグダ言ってる士族たちから武器と力を取り上げる」ことだったからです。
「武器がなければ実力行使ができない」というのは理屈としては合っていますが、そうはいかないのが矜持というもの。特に士族達は、これを「侍の誇りを奪うための法律」と受け取りました。そりゃそうだ。

若かりし頃の大隈重信さん・やっぱり刀が目立ちますね/wikipediaより引用

 

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あっちこっちで反乱スタート

人間、貧乏だろうと健康を害していようと、何かしら支えになるものが気を取り直して頑張れますよね。ところが廃刀令は、物理的な力だけでなく士族達の心の拠り所を奪ってしまったわけです。

それまでにも徴兵令で一般人が軍に入ることにより、戦闘要員としての役割を否定されていた士族達にとって、刀は最後の誇りの証でした。
そこへきてアイデンティティにも等しい大切なものを奪われたのですから、力は弱まるどころか不平が募る一方。仮に、手元から刀がなくなったとしても、また手に入れれば済みますよね。

そんなわけで、政府に対して強い不満を持つ士族達は、武器と仲間を求め、あっちこっちで反乱を起こしました。
「萩の乱」や「神風連の乱」、そして「 秋月の乱」に「佐賀の乱」などですね。

 

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最終的に西南戦争へ発展 国家の損失がデカすぎ

これに対し政府の反応は「陛下を中心とした政治に逆らう不届きな奴らだ! 成敗!!」というだけで、何が原因でこうなったのか全く理解していないのですから、予防のしようがありません。
かつて家康が言った(ことになっている)ように、「生かさず殺さず」を心がけてうまく新政府に取り込めばよかったものを、誰一人このことに気付いた要人はいませんでした。あーあ。

そして前述のような士族反乱が特に西日本で相次いだ後、最終的に熊本城の戦いなどを経て西南戦争へと至ります。
その結果が西郷隆盛という傑物の喪失なのですから、国家の損失としてはデカいにも程があるでしょう。

廃刀令のもっと前から士族をうまく取り込んでいたら、維新の英傑たちだって次々に暗殺されずに済んだかもしれません。
確かに、急激な改革があったからこそ日本は西洋に追いつけた、という面もありましょう。しかし、後世から見ると、やはり「もうちょっと犠牲者の出ない方法はなかったものか……」と、つい愚痴りたくなってしまいます。

長月 七紀・記

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参考:廃刀令/Wikipedia

 





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