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イギリス その日、歴史が動いた 女性

旦那はバカ王だけど6人目の妻になったのが超デキる女!? 英国キャサリン・パー

更新日:

 

「白馬の王子様」なんて言葉がある通り、王様・王子様といえば小さな女の子の憧れですよね。
現代の成人女性ならアラブの石油王と答える人が多そうですが、いずれにせよ現実の王侯貴族については、知れば知るほど近寄りたくない話がゴロゴロ出てくるものです。
本日はその中でも、最もアレな王様に嫁いでしまった女性のお話。

1543年(日本では戦国時代・天文十二年)、イングランド王ヘンリー8世が最後の妻キャサリン・パーと結婚しました。「最後の妻」というと何だか純愛物のドラマのようですが、そんな美しい話ではありません。
というのも、ヘンリー8世はキャサリンの前に、5人もの妻にひどいことをしているからです。

本日はデキる女キャサリン・パーさんの登場です/Wikipediaより引用

 

えっ、そんな理由で離婚? ヘンリー8世の酷すぎる女性遍歴

主役の登場が後になってしまいますが、まずはその5人の女性についてさらっとご紹介しましょう。

キャサリン・オブ・アラゴン

現在のスペインにあった、カスティーリャ王国のお姫様です。
元々はヘンリー8世のお兄さんであるアーサー王太子の后としてやってきましたが、そのアーサーは結婚からわずか数ヶ月でなくなってしまいました。
しかし、キャサリンの巨額の持参金を惜しんだ父・ヘンリー7世が、「じゃあアーサーの弟と再婚してよ」と言い出したため、キリスト教的なすったもんだが起きます。
それはとりあえず何とかなったのですが、キャサリンはなかなか健康な子供を産めず、ようやく生まれたのが女の子(後のメアリー1世)だったため、ヘンリー8世のイライラがMAXに。
「跡継ぎを産めない妃なぞいらん!!」ということで、”結婚の無効”という屁理屈を突きつけられ、王妃の座から下ろされてしまいました。

当時のイングランドはカトリックだったので正式な離婚ができず、その代わりに「この結婚は最初から無効だったんだよ!」と主張することで(「ナ、ナンダッテー!?」と思われながらも)夫婦関係を解消することができたのです。ホント屁理屈やな。
その後はメアリーとの接触も禁じられ、ロンドンから約100kmほど離れたキンボルトン城へ押し込められてしまいました。
ただし、彼女に非がないことや、日頃周囲の人々に優しかったことは皆知っていたので、”無効”から二年後に彼女が亡くなったとき、棺に付き従う市民が500人もいたそうです。

 

アン・ブーリン

エリザベス1世のお母さんです。身分は高くなく、元は上記キャサリンの侍女でした。
イングランドを強国に押し上げた女王の母ですから、さぞかし権力を持っていたと思いますよね?
ところがどっこい、アンは娘の即位よりもずっと前に亡くなっています。男の子を産めなかったことに加え、ヘンリー8世の寵愛が後述のジェーンに移っていったからです。

ついでに「兄弟と(青少年の健全な成長のため自主規制)しただろう!」とでっち上げられ、死刑の象徴・ロンドン塔へ送られてしまいました。
アンはキャサリンから強引に王妃の座をもぎ取ったようなので、ある意味天罰というところですね。

 

ジェーン・シーモア

父親がヘンリー8世の侍従だったため、ジェーンも上記のキャサリンとアンに仕えていました。例によっていつしかヘンリー8世の目に留まり、三番目の王妃となります。これ幸い、とジェーンの兄弟たちは後宮政治に乗り出しました。

さらに、ジェーンは待望の男の子を生みます。が、産後の肥立ちが悪く、息子の洗礼式を見届けて間もなく、世を去りました。

ちなみに、ジェーンの産んだ王子が、後のエドワード6世(過去記事:堀北真希の先代の「悲劇の少年王」とは【その日、歴史が動いた】)です。息子のことを心配してか、彼のたどった道があまりにも悲惨だったからか、彼女の幽霊がロンドンのハンプトン・コート宮殿に出るそうです。特に、エドワード6世の誕生日である10月12日によく目撃されるのだとか。

 

アン・オブ・クレーヴズ

神聖ローマ帝国からはるばるやってきた女性です。
先にヘンリー8世のもとへ届けられた肖像が美人だったので、王はものすごく期待して実際にこっそり本人へ会いに行きました。
この時点で「それどうよ?」という気がしないでもないですが、ヘンリー8世は激怒して、この肖像画の依頼主だった政治家を後々斬首刑にしています。いや、これだけが原因じゃないですけども。

が、当人に非があるわけではなかったので、離婚はしたものの、アンは処刑されることはありませんでした。「王の妹」というよくわからない称号と、いくらかの城や領地を与えられています。
本人としてもその状態に不満はなかったのか、王室には行事のたびに顔を見せ、元夫や自分とは直接血が繋がっていない他の王妃の子供たちにも、プレゼントをしていたそうです。
一番長生きだったこともあり、他国から無理やり来させられたことを除けば、彼女が一番幸せだったかもしれません。

 

キャサリン・ハワード

イングランドの名門貴族に生まれましたが、実家が子沢山過ぎて生活はあまり楽ではなかったようです。
そのためか、早いうちから上記のアン・オブ・クレーヴズの侍女として働いており、そこでヘンリー8世の目に留まりました。
が、王の重臣に「あの女、陛下以外の男とイチャついてましたよ!」(超訳)とでっち上げられて、ブチキレたヘンリー8世に処刑されています。
ろくに調査がされないまま一方的に処刑が決まったため、それを恨んで、ハンプトン・コート宮殿に彼女の幽霊が出るそうです。ゴースト、またかよ。

 

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今回の主役、キャサリン・パーがやっと来た

さて、やっと本日の日付に関係のある人の登場です。
これだけ結婚とアレコレを繰り返していたので、ヘンリー8世もかなりの歳になっていました。このキャサリンとは21歳もの差があります。
しかも、当時彼女が付き合っていた男性を海外に左遷してまでの結婚でした。どんだけ強引なんだ(´・ω・`)

キャサリンもヘンリー8世の経歴を知っていたので戸惑いましたが、彼女自身もまた二回結婚して二回とも夫に先立たれているので、最終的に求婚を受けることになります。

彼女はかなりの人格者で、ヘンリー8世が冷遇し続けていたメアリーとエリザベスを宮中に呼び戻し、正式に王女としての地位に戻しています。メアリーとは元々友人でしたし、まだ幼かったエリザベスにも温かく接していたとか。
そのため、エリザベスにとっては彼女が初めての母親になりました。

 

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類まれな知識を持ち、王妃の椅子に興味はなかった!?

また、キャサリンは歳の離れた夫にも心から尽くしました。
この頃のヘンリー8世は肥満&脚の腫瘍&頻発する頭痛のため、より一層気難しくなっていたのですが、キャサリンは医師任せにせず、献身的に看護をしたのです。
自ら蒔いた種とはいえ、敵の多かったヘンリー8世にとって、キャサリンは聖母にも天使にも見えたことでしょう。その表れか、フランスへ遠征に行ったときには「後のことはキャサリンに任せた」と言って、彼女をエドワードの摂政に任じています。
これは彼女が当時の知識階級の女性として、異端とも言えるほどの読書家であり、知識も知性も十分に持ち合わせていたからでもありました。
ことここに至って、名実共に「王妃」にふさわしい人がその座についたわけですね。

しかし、キャサリンにとって、その椅子はあまり魅力的なものではなかったようです。
ヘンリー8世が崩御し、エドワード8世の戴冠式が終わった後、彼女は自ら宮廷を出ました。そして、かつての恋人と再会・結婚したのです。
その年の内に彼女は初めて女の子を産んだのですが、その直後に亡くなっています。

でも、女性として最高の栄誉を得て、後の女王を教育し、本当に好きな人との子供を残せたと考えると、彼女が一番幸せだったかもしれませんね。

こちらがハンプトン・コート宮殿です。あまり幽霊な雰囲気はないっすけどね、外観から見る限りですが/Wikipediaより引用

それにしてもハンプトン・コート宮殿は幽霊出すぎ。
度胸のある方は、一度エドワード6世の誕生日である10月12日に行ってみてもいいかもしれません。イギリスのお国柄的にその日はめちゃくちゃ混みそうですけども。

ちなみに、ここにはヘンリー8世の幽霊も出るそうです。ジェーン・シーモアとキャサリン・ハワードと、三人同時に出たらどうなるんでしょうね。
幽霊でも痴話げんかするもんなんでしょうか。確かめに行こうとは思いませんが。

長月 七紀・記

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参考:キャサリン・パー/Wikipedia ハンプトン・コート宮殿/Wikipedia

 

 





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