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明治・大正・昭和時代 その日、歴史が動いた

日本で初めて「食育」を説いた小説家・村井弦斎 が独特な偉人すぎてウ~ンと唸る

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趣味はあればあるほど良いものです。
ただし、「自分が楽しいから」と言って大金をつぎ込み、生活に支障が生じては元も子もない。何事もほどほどに楽しむものだ!
なんて書くと、「オマエに言われなくてもわかっとるわ」と言い返されてしまうがオチですよね。
斯くの如く、人様の趣味・遊びをたしなめるのは非常に難しいものでありますが、これを小説にして発表し、様々な教えを上手に説いた人物がおりました。

昭和二年(1927年)7月30日は、村井弦斎という作家が亡くなった日です。

写真からすると「斎」の字にふさわしい超然とした感じの人なのですが、生涯を追いかけてみるとまあ……なんというか一言では表せない人です。

 

言語能力が高く、12歳で東京外国語大学へ

彼の生まれは文久三年(1864年)。つまり幕末の人です。

武家出身ではありましたが、代々バリバリの武士というよりは儒学者といった感じで仕えていたので、戊辰戦争や明治維新には大きく関わっておりません。
特に父親は著述家でもあり、家庭教師をやれるような人で先見の明もあり、「これからは西洋の学問も早くから学ばなくてはならない」と考えました。そして息子に東西の学問を身につけさせるため、一家で上京したのです。思い切りいいな。

そんなわけで弦斎は幼い頃からロシア語や漢学を学びました。
そのガリ勉……もとい習得速度はすさまじく、当時入学資格が13歳以上だった東京外国語学校(現在の東京外国語大学)に12歳で入れられています。

おそらく、父や周囲の期待に応えようと猛勉強したのでしょう。
しかし根を詰めすぎて、弦斎は心身を壊して学校を中退してしまいました。

 

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報知新聞で様々な「道楽(をたしなめる)本」を上梓

とはいえ頭の回転は衰えず、また父譲りの文才もあったようで、新聞へ論文を応募して賞を取ったりもしています。

20歳のときには英字新聞の論文に入選、懸賞としてアメリカ旅行に出かけました。
元々ロシア語を学んでいたため、渡米してからはロシア系移民の家に住み込みで働きながら、英語とアメリカ社会について学んでいます。

環境が変わったことや自活したこと、何より全くの異国に対する知的好奇心が良かったのか、帰国してからの弦斎は活動の場を文壇に移します。
報知新聞の客員となり、「食道楽(しょくどうらく)」などの小説を書いています。他にも「女道楽」「釣道楽」「酒道楽」などがありますが、これはただ楽しみ遊びほうける話ではなく、飲酒や異性関係をたしなめる話でした。

一番有名だと思われる「食道楽」には「子供にはまず食育」とも書いていて、食育という単語を初めて使った人でもあります。
また、「娘の結婚相手は親がきっちり見定めないといけませんよね! イギリスでもそうらしいですよ!」なんて話も出てきます。いつの時代も年頃の子供を持つ親は大変ですねえ。
ちなみに弦斎自身もこの頃結婚し、子宝にも恵まれました。

 

竪穴式住居に住んだり、生きた虫を食べたり!?

他にも数十編の小説を書いて収入が安定したため、1904年からはJR平塚駅の南側に1万6千坪もの屋敷と畑を購入し、果樹の栽培や家畜の飼育をしていたそうです。
そこで当時珍しかったイチゴやアスパラガスといった野菜も育て、美食を楽しみつつ健康にも気を使っていました。が、晩年は脚気にかかってしまい、その養生のためと称して奇行が目立つようになっていきます。

竪穴式住居に住んだり、生きたままの虫を食べたりと、荒療治どころか先祖返りといったほうが正しそうな様子だったとか。
弦斎は玄米食で脚気が治るとも考えていて、それは合っていたのですけどね……。

また、弦斎の死因は動脈瘤だったそうなので、脚気は多少良くなっていたと思われます。もしこれが日露戦争までに政府に知られていたら、もうちょっと犠牲者が減ったかもしれません。

あれだけ「脚気の原因は細菌!」と主張していた森鴎外だって、弦斎の実証と理論つきで説明したらどうにか……ならないか……。

まあそれでも、玄米が体に良いということをいち早く発見したという点を考えれば、弦斎がスゴイ人であることは変わりませんね。

長月 七紀・記

※編集部注 9/27の午前10時から、平塚市で第16回「村井弦斎まつり」が実施されます。興味のある方は下記HPへ!

ひらつか広報

平塚市で地元の支持が厚い村井弦斎さん/平塚市の広報誌「ひらつか」より




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参考:村井弦斎/Wikipedia 肥田春充師と日本人の精神性を橋渡しした巨人達 食道楽/青空文庫

 



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