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徳川家綱/Wikipediaより引用

その日、歴史が動いた 江戸時代

メンタルイケメン徳川家綱のちょっとイイ話 日光大猷院「手植えの槙」

更新日:

 

歴史は勝者のものであるのと同時に、有名人のものでもあります。もしくは教科書に載っている人とか。
しかし、マイナーな人ほど意外性や人間味があって面白いということも多々あります。
本日はその筆頭、知っているようで知らないあの人の話をいたしましょう。

寛永十八年(1641年)8月3日は、江戸幕府四代将軍・徳川家綱が誕生した日です。

「去年と同じネタじゃねーか! ネタ切れかwww」と思った方はむしろ覚えていてくださってありがとうございます。ネタの数については否定しきれませんがw

てなわけで、今回は家綱に関する別のエピソードをご紹介したいと思います。

tomorroweye24

【TOP画像】徳川家綱/wikipediaより引用

 

貞観政要を政治の参考にしていた

昨年もお話した通り、家綱は徳川将軍の中では幼君かつ地味な存在です。
しかし、それは本人もしっかりわかっていました。
同時代の人ではないのでどこまで信用できるかという面はありますが、新井白石が「家綱は貞観政要を読んで政治の参考にしていた」と書いています。

貞観政要というのは、中国・唐王朝の二代皇帝・太宗の言動をまとめた本です。この人は唐王朝の基盤を作った人で、今でも「ベストオブチャイニーズエンペラー」とされています。
当時の感覚で言えば、おそらく世界で一番優れた君主とみられていたでしょう。
そういう人のことを見習おうとしていたあたり、家綱に「自分には足りないところがある。過去の偉人から学ばなければ」という向上心があったことは間違いないですよね。

それは他の行動にも現れていて、もうひとつこんな記録もあります。
当時はまだ江戸城の天守閣が健在でしたので、最上部に登れば江戸市中を見渡すことができました。
多分、某コメディアンさんの白塗りな殿様を思い浮かべていただくとイメージしやすいのではないかと思います。そういうシーンから町人に化けて町に繰り出していくのが定番でしたよね。

 

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「こんなもんで見下されたらきっと不快でしょう?」

あるとき天守閣に登った家綱に対し、お側役の人が「上様、これを使えばもっとよく見えますので、どうぞお使いください」と、望遠鏡を差し出してきました。
しかし家綱は断ります。理由は「もし将軍がこれを使って四方を見下ろしていると世の人が知ったら、きっと不快に思うだろう。いくら私が子供であっても」ということでした。
何このイケメンショタ。

そんな家綱の性格をうかがえそうなものが今もとある場所に残っています。
これです。
日光大猷院槙の木

家光のお墓である、日光の大猷院(たいゆういん)の敷地内にある槙(まき)の木です。
右下の看板に「家綱手植えの槙」と書かれていますよね。
それ以外の詳細は全く触れられていないので、ここからは推測になるのですが……。

 

父・家光のお墓を守りたかったのでは

他の多くの植物同様、槙という木にはたくさんの種類が存在しますが、代表的なのはイヌマキとコウヤマキの二種類。
残念ながら家綱の植えたものがどちらなのかははっきりしないものの、どちらも高級建材として古くから親しまれてきた木だそうで。

また、イヌマキは防風林に用いられ、コウヤマキはその名の通り高野山で霊木とされてきたという特徴があります。
どちらも、「何かを守る」役割ですよね。

家綱は、「自分の手がすぐには届かない場所にある父の墓を守りたい」という意思をこめて、この槙の木を植えたのではないでしょうか。
もしかしたら、木の種類も自分で選んだかもしれません。

この辺を総合して考えると、家光と家綱は徳川将軍の中では珍しく、仲の良い親子だったんじゃないかなぁと思うのです。

 

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地味だと言われている人にも魅力的な逸話あり

手植えの槙については、お坊さんに詳しく聞いてみればよかったんですけどね。私が行ったときは家族旅行だった上、修学旅行生の応対でお忙しそうだったので話しかけられませんでした(´・ω・`)
看板にこれしか書いていないあたり、聞いてもわからなかったかもしれませんが。

大猷院に行かれた際は、ちょっと足を止めてこの木を見上げてみてください。ついでに詳細を聞いて教えていただけるととても嬉しいです。

_人人人人人人人人人_
> 突然のクレクレ <
 ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^ ̄

まあそんなわけで、地味だ地味だと言われている人でも、逸話を集めてみれば魅力的な面が見えてくるのではないかなぁと思います。
記録が残っていないと、そういう推測もできないのですけどね。
家綱には実子もいませんし、草食系将軍とでも言えばちょっとは知名度上がりますかね?w

長月 七紀・記




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参考:徳川家綱/wikipedia

 

 





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