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コーンウォリスが独立戦争で惨敗したワケは? 負けてもめげないボク貴族

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何事も、プラス面があればマイナス面もありますよね。
一見完璧な人だってひとつくらい苦手なものや弱点がありますし、その逆もまたしかり。ある意味「学歴バカ」なんていうのもそのくくりに入るのかもしれません。
本日は19世紀のそんな感じの人のお話です。

1805年(日本では江戸時代・文化二年)10月5日は、アメリカ独立戦争時のイギリス軍チャールズ・コーンウォリスが亡くなった日です。
先日もヨークタウンの戦い(過去記事:アメリカ独立戦争を決定づけた「ヨークタウンの戦い」 この地名が今も輝く理由 【その日、歴史が動いた】)のお話で、少しだけ彼の名前が出てきましたね。

……ところで、彼の肖像画を見ていると何か見覚えがあると思うのはワタクシだけでしょうか。ググる先生にお尋ねしたら、梅○辰夫さんとか大殺界で有名な某占い師さんが出てきたのですが、皆さんはどう思われます?w

チャールズ・コーンウォリスGoogle画像検索

画像検索するとこんな感じで出てきます/Google画像検索より引用

まあそれはどうでもいいとして、本人がどんな人だったのか見ていきましょう。

 

22才で国会議員 24才で家督継承 バッリバリの貴族です

コーンウォリスについて一言でまとめるとすれば「生粋の貴族」だと思います。
なんでかというと、生まれも育ちも行く末も何もかも「ザ・貴族」だからです。

父も母も貴族の上、彼の家は300年間も議員を出し続けた家柄で、弟や親戚も要職の人ばかり。となると、もはや貴族以外になるべき仕事や立場や必要性がないですよね。
19歳のとき軍務につき、22歳で国会議員を兼ね、24歳のときに家督を継ぐという、まさに絵に描いたような出世振りでした。

そんな感じだったので、独立戦争における指揮官の一人になるのも、ごく当然の流れだったのでしょう。イギリスから見た戦況と同様、前半戦ではコーンウォリスもいい調子で戦果を挙げています。

が、戦争が長引くと不利になるのは、いつの時代も出兵してきている側です。独立戦争でいえばイギリスですね。
独立を防ぐというより物資を奪い合うための小競り合いが始まり、はたから見ると「これアカンやつや」としか思えない状況になっていきました。

ちなみに、この頃は世界的な寒冷期(小氷期)だったので、そういう意味でも厳しかったと思われます。マンハッタン島の周辺では海が凍って氷の上を歩けるほどだったといいますから、どう見てもやっぱりアカンやつですね。
日本でいえば、天明の大飢饉の原因となる冷害が起きていたころにあたります。その辺は以前こちらでまとめていますので、よろしければどうぞ→過去記事:ヨーロッパの火山と浅間山のダブル噴火が江戸時代の天明の大飢饉をうんだ【その日、歴史が動いた】

 

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奥さんを亡くした影響で作戦に変化が?

コーンウォリスはこの戦いの間に奥さんを亡くし、妻の葬儀その他のためか、数ヶ月イギリスに戻っています。
そのせいなのか何なのか、コーンウォリスは他の指揮官たちよりも、もっと華々しい作戦を取りたいと思うようになりました。フラグが乱立していきますね。
現場の指揮官たちの間で仲間割れすると、だいたいロクなことがありません。いわゆる「船頭多くして船山に登る」というやつで、英語にも「コックが多すぎるとスープがまずくなる」ってことわざがあるんですよね……(´・ω・`) 彼の時代にはまだなかったんでしょうか。

しかもコーンウォリスの場合、即座に失敗したのではなく、その直後に大勝利を収めてしまったものですから始末に終えません。
そこで勢いづいたところに、今度はまるっきり取り返されるかのような大敗北もしています。実に高度なブリティッシュジョークです。

さらに、損失が出たところへ行軍を急いでしまったものですから、士気はダダ下がり。もう\(^o^)/コースまっしぐらです。急ぐのはいいけど焦るとロクなことが(ry

味方との連絡がスムーズに行かなかった上、頼りにしていた親友もいつの間にか陣没。そんなタイミングで海戦でも陸戦でも敗れてしまったものですから、もはやコーンウォリスには降伏以外に道はありませんでした。
この海戦が「チェサピークの海戦」、そして陸戦のほうが先日お話した「ヨークタウンの戦い」です。

そしてコーンウォリスは降伏、その後も戦闘はいくらかあったものの、最終的にイギリスは近場&広大な植民地を手放すことになってしまったのでした。

コーンウォリスの降伏。それでも堂々とした姿は、さすが貴族なんですかね/Wikipediaより引用

 

国王のお気に入りだったため、その後もいい感じで総督を歴任

こんなgdgdな経過で広大な植民地を失うことになったのですから、当然本国からクビにされると思いますよね?
ところが、ときの国王・ジョージ3世がコーンウォリスを気に入っていたため、大きくお咎めを受けることはありませんでした。
そればかりか、ガーター勲章(イギリスで一番権威ある勲章)をもらい、インド総督やアイルランド総督を歴任しています。どういうことだってばよ。

インドでもアイルランドでも温厚とはいい難い政策を採ったので、現地ではあまり好ましくは思われていないようですが……まあ、当時の支配者なんて民衆の評判を気にするよりも「オレが正義!!」という主張の割合がだいぶ多いですからね。彼や当時に限ったことではないのですけれども。

ついでにいうと現在のマレーシア・ペナン島(当時はイギリス領)に彼の名を冠した「コーンウォリス要塞」というところがあるのですが、第二次世界大戦のときに戦わずしてイギリスの軍も民も撤退し、その後旧日本軍が占領していたことがあります。被害が少ないのはいいにしても、それでいいんかい。

なんか、ここまでくると「この名前自体が縁起悪いんじゃ……?」という気がしてきますね。彼のファンと同姓の方すみません。

長月 七紀・記




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参考:チャールズ・コーンウォリス/Wikipedia ペナンの歴史/Wikipedia

 

 




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