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その日、歴史が動いた 江戸時代

日本の歴史は西洋と違い庶民文化も面白い! たまには有名狂歌を嗜んでみよう

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日本と他の国の歴史を比べる上で、大きなポイントになるのが庶民の存在です。
特に西洋の場合、「庶民は教会で聖職者の話だけ聞けばいい」という考えだったので、彼等が文化や芸術に触れることはあまりありませんでした。

ところが、日本では万葉集の時代から庶民が文学に触れていますよね。防人の歌とか。
ということは、時代が下ればさらに高度な文学にも庶民が関わることになるわけで……本日はその一端であるアレのお話です。

寛保三年(1743年)12月4日は、唐衣 橘洲(からごろも きっしゅう)という狂歌師が誕生した日です。

こちらは同じく狂歌師として知られる大田南畝さん/wikipediaより引用

 

田沼政治を懐かしむこの一首が代表作!?

狂歌というのは、短歌の中でも皮肉や洒落を利かせて社会をおちょくったもののことです。この辺が有名ですかね。

白河の 清きに魚(うお)の すみかねて もとの濁りの 田沼こひしき

田沼意次が失策や賄賂疑惑などで失脚した後、白河藩主である松平定信がやってきたものの、今度は厳しすぎて一般市民が音を上げた……という有名な狂歌ですね。
基本的に下々の者がお偉いさんの名前をそのまま呼ぶことはなかったということと、狂歌としての体裁、両方の問題をクリアしている点が実に素晴らしい作品でもあります。

お次はコチラ。

泰平の 眠りを覚ます 上喜撰 たった四杯(しはい)で 夜も眠れず

上喜撰=蒸気船とかけ、ペリーがやってきた際のドタバタな世情を表した狂歌として有名ですね。
上喜撰とは緑茶の銘柄である「喜撰」の上等なもののことです。喜撰法師という六歌仙に数えられる歌人の名からきています。
緑茶はカフェインを豊富に含んでいる……というのは近年になってからわかったことですから、この場合は「あんな高いもの四杯も飲んで、この先生活大丈夫かなgkbr」みたいな感じでしょうか。なぜそんなにガバガバ飲む必要があるのかわかりませんが、まあもののたとえですから。

 

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橘洲・南畝・菅江の三大狂歌師

この二つは誰が詠んだのかわかっていませんけれども、だからといって狂歌全てが詠み人知らずというわけでもありません。
橘洲もその一人で、こんな歌を詠んでいます。

「とれば又 とるほど損の 行く年を くるるくるると 思うおろかさ」

意味としては「年を取ればとるほど損なのに、年の暮れや明けを祝っても仕方ないだろうよ」というところでしょうか。一休宗純作といわれている「門松は 冥土の旅の 一里塚 めでたくもあり めでたくもなし」にも似た感じがしますね。

幕末に向かう世の中で、この狂歌という文学は一般にも文人にもウケたらしく、狂歌会などが頻繁に開かれていたようです。
特に、橘洲と大田南畝(なんぽ)、朱楽菅江(あけら・かんこう)という三人の狂歌師が三大家といわれていました。ちなみに、この三人の他に狂歌四天王と呼ばれた人たちもいました。もう七本槍でいいんじゃないかな。

こんな感じだとなんかまともじゃない人のように思えますが、菅江は御先手与力という皇宮警察の幕府版みたいな仕事をやっていたバリバリの幕臣、南畝は幕府の登用試験で主席を取った超秀才、橘洲に至っては田安徳川家(御三卿の一つ)の家臣という、それなりに身分のある人だったりします。他にも商家や宿屋など、商売を営んでいた人もいました。
だからこそ、世情に対して的確に対処できない幕閣がもどかしかったのかもしれませんね。

菅江の「いつ見ても さてお若いと 口々に ほめそやさるる 年ぞくやしき」という歌は、一般人にも突き刺さりますが。
「若い」と言われる事自体が年をとった証であると……(グサグサッ)

 

「落書(らくしょ)」もお忘れなきよう

まあ心の傷は放っておくとして、こんな感じで世間を皮肉ったものは、狂歌以外にも「落書(らくしょ)」という形式があります。
建武の新政の頃に書かれた「二条河原の落書」が有名ですね。仮名交じりではありますが、七五調を守りつつ批判を繰り返すあたりに教養がうかがえるため、漢詩・和歌など文学的素養を持った人物の作といわれています。

また、教科書だと「建武の新政についてディスったもの」(超訳)という扱いになっていますが、実はその他の点についても批判しているので、そうとも限りません。流行りものに対して眉をひそめている感じもありますし、保守的な人というのは間違いないでしょうね。

一番有名なのは冒頭の「此頃都ニハヤル物 夜討 強盗 謀(にせ)綸旨」ですが、「タソカレ時ニ成ヌレハ ウカレテアリク色好(いろごのみ)」=「日が暮れれば好色な奴らが浮かれ歩く有様」など、他のことに対してもなかなかどぎつい書きぶりです。
全文載せると長すぎるので、ご興味のある向きはぜひウィキペディア先生で。
ものすごく乱暴に言うと、狂歌も落書も三面記事のような内容ですけれども、文学的になると一個の作品として成り立つものなのですね。
口汚く罵るよりは品が良いですし。

長月 七紀・記




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参考:唐衣橘洲/wikipedia 大田南畝/wikipedia 朱楽菅江/wikipedia 狂歌/wikipedia 二条河原の落書/wikipedia

 





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