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wikipediaより引用

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飛鳥・奈良・平安時代 その日、歴史が動いた

1月6日は「いろ(色)の日」なので冠位十二階の制から「色の歴史」を振り返ってみた

更新日:

1月6日は「色の日」だそうです。
これほどしっくりくるのに知られていない語呂合わせも珍し……くないですかね。
というわけで、本日は歴史にまつわる「色」のお話です。

おそらく「歴史」と「色」ときたら、日本人がまず真っ先に思い浮かべるのは冠位十二階ではないでしょうか?

これにならいまして、まずは冠位十二階に含まれている色の話から始めますと……いきなりですが六色【紫・青・赤・黄・白・黒】を用いています。
さらに、同じ色でも濃いほうが上の位とされておりましたので、六色×二段階ずつ=十二段階になったんですね。

それでは、それぞれの色にまつわる歴史ネタについて、東西織り交ぜて振り返ってみたいと思います。

 

 紫 

古代、紫色を出すには特定の貝の内臓や紫根(しこん)などを使っていました。
が、美しく定着させるのが難しかったため、非常に値段が張るもの=エライ人しか使えない色でもありました。
だからこそ紫や青には「ロイヤルパープル」という色名があるわけですね。

日本では、平安時代あたりから貴族の間で大変好まれるようになりました。着物の色目(カラーコーディネートみたいなもの)でも重要な役割を果たしていますし、源氏物語の通称のひとつに「紫のゆかりの物語」なんてものもあります。
歴史上のできごとでいうと、「紫衣事件」という割と緊迫した事件もありますが。

 

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 青 

日本では、「青」という言葉は非常に幅広い意味を持ちます。今でいう緑も「青」のうちに含まれるからです。
よく緑色の野菜のことを「青物」といいますものね。

また、深い青=藍色の一つに「褐(かち)色」という色があります。これは「勝色」とされ、縁起がいいということで武家に広く好まれました。武士の鎧というと「赤備え」=赤のイメージが強い方も多いかと思いますが、この勝色を使ったものもあります。旗にもよく使われました。
現在海軍のことを「ネイビー」と呼ぶのと通じているような、いないような。

また、キリスト教圏では青は聖母マリアの服の色とされていますが、それでいてR18な映像のことを「ブルーフィルム」なんていったりもします。神聖なものほど貶めたくなるのでしょうかゲフンゴホン。
西洋では貴族のことを「青い血」と表現することもありました。これは、ほとんど日にあたらない生活をしているエライ人達は、静脈が浮き出て青く見えるようになるからだそうで。
フランス貴族の宵っ張りぶりも、もしかしたらこの「青」を保つために始まったのかもしれませんね。逆だったらスイマセン。

ちなみに、世界中で一番好まれている色は青なんだそうですよ。
地球のどこから見ても、基本的に空は青いからでしょうか……クサすぎて恥ずかしくなってきたので、次行きましょう。

 

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 赤 

太陽・炎・血液を連想させることから、多くの国で好まれる色です。国旗に赤・白・青のどれかを用いている国がほとんどですしね。
赤の染料は比較的古くから豊富で、当初は赤根という植物が使われていました。「茜色」の語源になったものですが、染色技術の発展により、紅花や蘇芳などに取って代わられています。紅も蘇芳も色名にありますね。

また、時代によっては朱華(はねず)という薄い赤が親王以上の皇族の色とされていました。他に「唐棣花」「翼酢」という表記で同じく「はねず」と読むため、どの植物のことを指しているのか、どのくらいの濃さだったのかははっきりしていません。薄ければ桜色と混同されるでしょうし、濃ければ朱色や鴇色と区別がつかなくなってしまいますし。
「朱華色は美しく保つのが難しい」(意訳)と詠んだ歌があるので、かなり繊細な色だったのでしょう。
これはまたしてもワタクシの個人的な想像なのですけれども、岩塩のような色だったのかもしれませんね。

西洋に目を向けてみると、カトリック教会のお偉いさんの一つ・枢機卿の法衣の色が「カーディナル・レッド」と呼ばれる真紅です。日本ではコンクラーヴェ(教皇選挙)の中継で見る機会があるかどうかというところですが、目に痛いくらい真っ赤な色をしています。
こんな色の服を着た人が数十~百人超集まるのかと思うと、想像するだけで視力が落ちそうです。綺麗な色なんですけどね。

それでいて、髪の毛の色としての「赤」、つまり赤毛になると一転して嫌われます。
これはイスカリオテのユダ(イエス・キリストを裏切った人)が赤毛だったからだといわれています。また、赤毛の人はメラニン色素が少なく、青白い肌とそばかすができやすいという性質があるため、昔の人は「赤毛の人は病弱で役に立たない」と思っていたのでしょう。現代では差別が薄まってきているようで何よりです。

 

 黄 

時代や場所によって、大きくイメージが変わる色です。
冠位十二階の時代にはさほど身分が高くない人の色でしたが、時代が進むと天皇や皇太子専用の黄色が現れ始めます。もちろんただの黄色ではありません。天皇の場合、黄櫨染御袍(こうろぜんのごほう)という最も重要な儀式のときに着る服があるのですが、この「黄櫨染」は天皇以外の物は使ってはならない禁色でした。
もちろん、染めるにも非常に手間がかかっているので、一般人や貴族が真似できるものではありません。時代によっても染め方が違うので、言葉で表すのが難しいのですが、現代では少し暗く・マットにした金色といえば何となくわかるでしょうか。
ちなみに、カラーコードだと#d99502だそうです。

皇太子専用の黄色は「黄丹」といい、「おうに」「おうだん」二つの読み方があります。これもやはり深みのある黄色です。
「黄櫨染」と「黄丹」はどこかで写真を見た覚えがあるのですが、スイマセン思い出せませんでした(´・ω・`)

この黄櫨染や黄丹に「ちょっとでも似ていたら恐れ多い」「誤解を招くといけない」ということで、日本ではあまり黄色のバリエーションが広がりませんでした。薄い黄色の名前はいくつかありますが、黄土色などのほうが好まれたようです。

これは中国でも同じでした。
風水などがお好きな方はご存知だと思いますが、「五黄土星」や方位の「中央」は黄色と結び付けられ、やはり皇帝の色とされていたのです。

ところが、これがキリスト教圏になるとこれまた「イスカリオテのユダが最後の晩餐のときに着ていた服の色」といわれ、一気に嫌われてしまうのですから面白いものです。
このため、黄色はユダヤ人迫害に使われた色でもあります。
これまた私見ですが、おそらくは「黄色と金色は似ている」=「お金を連想させる」=「金融業」=「ユダヤ人」という連想が働いたのでしょうね。

それでも19世紀のイギリスで上演された「ミカド」という歌劇では、きちんと「黄櫨染」をミカドしか使えない神聖な色として扱っているのが不思議なものです。もちろん完全に再現していたわけではないようですが、英語でもそのまんま「ミカドイエロー」と呼ばれていたとか。
「ミカド」のヒットにより、ミカドイエローは一時流行色になっていたそうですよ。街中に黄色い服の人がいるのかと思うとちょっとコワい黄……じゃない、気もしますね。

 

 白 

古代には「純白」を作り出すことが非常に難しかったので、やはり高貴な色とされていました。上記の「黄櫨」が生まれる前は、純白が天皇の色とされていたようです。
が、純白以外、つまり黄みがかっていたり黒みがかった白色も「白」と呼んでいたため、冠位十二階では下の方の序列になっています。
染めていない糸などの色を「生成り色」というように、ごくごくわずかに色がついていますものね。

江戸時代に「四十八茶・百鼠」といわれるさまざまな茶色やねずみ色があったように、昔の日本人は「ちょっとでも白っぽかったら白扱いしておk」としていたのかもしれません。

 

 黒 

「魏志倭人伝」に「東の島国の人は入れ墨をしている」という記述があるのですが、黒・赤・青の三色が使われていたそうです。古代の日本人は、こういった色を魔除けや病気快癒のおまじないとして扱っていたようです。
冠位十二階では一番低い位の人が着るものだったということからわかるように、時代が下ってからは庶民にも使える色として親しまれました。冠位十二階の時代は冠もそれぞれの位と同じ色だったそうですが、少し時代が下ってから「冠は皆黒で統一」ということになっています。
多分、「汚れが目立たないから」という実用的な理由でしょうね。

薄墨色や鈍色などの濃いグレーは、現代同様喪の色。あるいは出家した人の色とされていました。

さて、それでは次に冠位十二階には使われていなかった色も見ていきましょう。

 

 緑 

青との明確な区別がされていなかったので、今日我々が思い浮かべるような緑はごく限られています。
「緑」と表現するよりも、翡翠や萌黄、柳、松葉など、緑色のものの名前をそのまま色名として呼んでいることが多かったようです。
歴史にはあまり関係ありませんが、英語では嫉妬深い人のことを「緑の目」なんて表現をしますね。

 

 茶 

お茶が伝わる前は、現代のようにブラウンを「茶」とは表現していなかった時代もあります。しかし、庶民にも使える色として多くの階層に好まれました。
緑と同じく植物に多い色ですが、茶色の場合は樹の皮や種子など、花以外のものを染料としていたため、色名にもその名残があります。ぶどうで染めた「葡萄(えび)茶」、くるみの実の渋皮で染めた「胡桃色」など、何となく美味しそうな名前が多いような……。

特定の色に限らない話でいうと、どの時代・どの国であっても鮮明な色ほど身分の高い人のもの、少しくすんだような色は庶民のものという傾向がありました。
これはどの色でも、明度の高い状態に染めるのに手間がかかるからです。江戸幕府が「庶民が着ていいのは茶色かねずみ色だけ」とお触れを出したのも、恐らく「染めるのに手間がかかる」=「高い着物」=「ぜいたく」だからでしょう。
最近は日本や外国の伝統色に関する本もよく出ていますので、機会があったら手にとってみてはいかがでしょうか。

「初詣に彼女が着物を着てきた! でもどこを褒めていいのかわからない!!」なんてときに、「それって○○色って言うらしいよ」なんて風に、話のタネにできる……かもしれません。

……え? もう行った? サーセン(´・ω・`) 浴衣デートででも使ってくださいw

長月 七紀・記

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参考:色/wikipedia

 





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