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その日、歴史が動いた 災害・事故

ハレー彗星が正しく認知されるまで 紀元前から存在が確認されていた「凶兆」「人類滅亡の星」

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たまに星や月を眺めてみると、なんとも言えない気分になりますよね。
手が届かないことを惜しがる人もいれば、美しさをただ賞賛する人もいますし、眼精疲労の予防として義務的に眺める人もいるでしょう。私です。
本日はその中でも、数十年に一度しか見られない特殊な星のお話です。

1742年(日本では江戸時代・寛保二年)1月14日は、ハレー彗星の発見者であるエドモンド・ハレーが亡くなった日です。

今ではほぼ彗星とセットでしか語られない名前ですが、実は結構スゴイ人だったりします。
天文学を学ぶ=国でトップクラスの学者の証明みたいなものですしね。かなりザックリですが。

1986年に撮影されたハレー彗星/wikipediaより引用

 

頭が良くてフットワークも軽く弁も立つ!?

ハレーは、オックスフォード大学を卒業してます。その時点で充分スゴイかもしれませんが、その後、恒星を観察するためにセントヘレナ島(ナポレオンが二度目の流刑にされたあの島)に渡るというアグレッシブな学者さんでありました。

ニュートンとも議論を行って、まだ未発表だった証明をすぐにでも発表するよう説得したともいわれています。他人との衝突が多かったニュートンが、ハレーの説得を受けてその証明を本に著しているのですから、両者共に優れた頭脳の持ち主だったことがうかがえますね。
頭が良くて、フットワークが軽くて、弁も立つ……って、おい、チートじゃねーか!

そんなハレーだったので、彗星の発見についても、他の人から見れば「予言」としか思えないような経緯でした。
ハレーは複数の彗星を自身で観測し、さらに過去の観察記録と比較した結果、とある彗星だけが規則性のあることに気付いたのです。

エドモンド・ハレーさん/wikipediaより引用

 

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最古の記録は実に紀元前240年5月のもの!

彼自身が観察したのは1682年、同一のものと考えたのは1531年と1607年に観測されていた彗星でした。
この事から、この彗星の飛来周期を76年と計算したハレーは、「次にこの彗星が現れるのは、1757年だろう」と予測。
上記の通り、それよりも前に彼自身は亡くなりましたが、他の学者によってハレーの計算が正しかったことが確認され、今日も「ハレー彗星」と呼ばれることになったのです。

正確にいえば、約一年ほどのズレがあったのですが、これは他の惑星の動きがズレたことによるものだそうで、さすがにそこまでは予測できなかったでしょう。

かくして各国の歴史書や伝承に残されている「大きな流れ星」の中に、ハレー彗星の回帰と思われるものが出てきました。

実は紀元前から、それらしき観測記録があるのです。
特に中国歴代王朝の歴史書には、周期から見てもほぼ確実にハレー彗星だと考えられる記録が多く、もちろんずれているものもありますが、最古の記録は実に紀元前240年5月のもの!
こういうときって「中国スゲー!」って思いますよね。

 

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凶兆の前触れや失政に対する天の怒りと思われていた……

ただし、彗星はどこの国でも凶兆の前触れ、もしくは失政に対する天の怒りと受け止められました。要するに、彗星が来て一番ビビっていたのは君主や為政者たちだったわけです。
そのため、彗星が観測されると、天の怒りを鎮めるために大赦(罪人を刑期前に釈放すること)や免税などを実施。
……普段から天に恥じない政治を行えばいいと思うんですけど、政治家が後ろ暗いのはいつの時代も同じなんでしょうね。
また、キリスト教の「ベツレヘムの星」というエピソードの「星」がハレー彗星だったのでは? という説もありました。

この話は、”東方の国でそれまで見たことのない星が登るのを見た三人の博士が、星の動いていく方向へ旅をし、イエス・キリストのところにたどり着いた”というものです。
現在の研究では「ハレー彗星の周期とキリスト誕生のタイミングは合わないだろう」といわれているのですけども、ロマンということで。

まぁ、キリストが生まれた年も季節も、今では西暦1年でもなければ12月でもなさそうだという方向になっていますしね。
ハレー彗星が来るたびに救世主が現れていたら、戦争なんてとっくになくなっているはずデスヨネー。

 

地球滅亡を信じて全財産を使い切ってしまう者も

どうでもいい話ですが、現在彗星の「尾」と表現しているあの部分を、昔は「髪」や「毛」と表現することが多々あったようです。何でわざわざそんな気持ち悪い連想をしたんでしょうか。
たなびく部分が髪の毛だとすれば、本体の部分は頭や顔ということになりますが……上空をデカイ顔が横切って行くってホラーにも程があるやろ。
だから皆怖がったんですかね?

むろん、天体現象でそんな大げさな話になるのは、中世までの話だと思いますよね? 現代では、そんなバカな、アッハッハ( ゚∀゚)と思いきや……。

実は20世紀に入ってから、ハレー彗星が原因で文字通り世界中で大騒ぎになったことがありました。
1910年の飛来のときのことです。

この頃になると科学もだいぶ進展していて、彗星の尾に含まれる成分なども研究されていました。が、それが公表されたことにより、世界は大パニックに陥ります。

「彗星の尾には、シアン化合物という猛毒が入っている」

確かにそれは真実でしたが、実際にはごく薄いガスだったため、地表に届くことはありません。
しかし、「致死性の毒」というところからどんどん話がエスカレートしていき、ついには「次のハレー彗星が来たら、地球上の生物は全て死滅する」とまでいわれるようになってしまいます。

いつの時代も、強烈な話ほど光よりも早く伝わるものです。

「地球滅亡」のニュースはあっという間もなく広まり、酸素ボンベを買い求める者や地下室を作って逃げようとする者、「もうおしまいだー!」と絶望して全財産を使い果たす者も……。
挙句の果てには、教皇庁が免罪符を発行して荒稼ぎをするという、「オマエは中世か!」な一件まで起きたそうで。おいおいおい。

こちらは1910年に撮影されたもの。猛毒は振ってきませんでした/wikipediaより引用

 

次の飛来は2061年……見れそうにない……(´・ω・`)

1986年の飛来のときにはそもそも観測に向かない天候だったこと、さらに科学が発展していたことで、ここまでのパニックにはなりませんでした。
実際に猛毒で生物が絶滅するようなこともなかったですしね。全財産を使ってしまった人はどうなったのでしょう(´・ω・`)

まぁそれはさておき、ハレー彗星の次の飛来は、2061年だと予測されています。

超高齢化社会とはいえ、書いている私を含め、今この記事を読んでいる人のほとんどは、おそらく見ることができないでしょう。

まあ、今後医学が発展して、人類の生物的な限界である(といわれている)120歳まで生きられるのが当たり前になれば、もうちょっと多くの人が見られるかもしれませんが。

今は、そこにロマンを感じておきましょうか。

長月 七紀・記

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参考:エドモンド・ハレー/wikipedia ハレー彗星/wikipedia

 





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