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その日、歴史が動いた 明治・大正・昭和時代

文化勲章の知られざる由来 そして平安京「右近の橘」はシンボルになった

更新日:

一般人にとってはそうとも限りませんが、エラい人には「富と名誉、どちらを選ぶか?」という選択を迫られることがあります。もしくは「実利と誇り」とかですかね。
多くの人は二つとも前者を選ぶでしょうけれども、自らの信念のもとに後者を選ぶ人もいます。
本日はそうした価値観が現れるものの一つに関するお話です。

1937年(昭和十二年)2月11日は、文化勲章が制定された日です。

現在は毎年11月3日に授賞式が行われているので、この時期に制定されているのは不思議な感じがしますね。ちなみに、1946年(昭和二十一年)までは発令日がけっこうバラけていました。
まあ、戦争が始まってしまったので仕方がありません。

受章者の初代中村吉右衛門(1951年(昭和26年)受章)/Wikipediaより引用

 

日本に古くから自生していた橘をモチーフに

太平洋戦争まっただ中で、このような制度を決めるとは少々ノンキな気もしますが、そこそこ関係するようなエピソードもありまして。
例えば、文化勲章のデザインです。

文化勲章

よーく見ると、リボンの下に何やら丸いものが描かれた緑&金色の部分がありますよね。
これ、何だと思いますか?

焦らしてもあんまり意味が無いのであっさり紹介しますと、橘(たちばな)の木です。
その下の花の部分も、橘の花をモデルにしています。

そもそも橘とは、日本に古くから自生していた柑橘類の植物。といっても生えているのは主に西日本で、北限が静岡県ですので、東日本の方にはあまり馴染みがないかもしれませんね。
外見はほとんどみかんと一緒ですが、酸味が強いので生食よりも加工品向きだというのも馴染みがない理由の一つでしょう。

 

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当初モチーフにしていた「桜」は武家の象徴だったため

というわけであまりお茶の間には登場しない果物ながら、日本文化的にはとても重要なものだったりします。
平安京の紫宸殿(皇居の儀式場)の南側に、「左近の桜、右近の橘」として植えられていたのです。

実は、文化勲章のデザインは当初「桜」をモチーフにしておりました。
しかし、制定の翌年に「桜は古来から武家の象徴だから、対応する文の象徴としては橘が良いのではないか」と昭和天皇が仰ったため、変更されたのです。
この裏には「文も武も国家にとって大切なものである」というお考えがあったのかもしれません。

残念ながら、学徒動員の際には文系の学生が優先されましたけれども……個人的に、日本人の理系コンプレックスはこの辺に由来する気がしています。

まあそれはさておき、そんな経緯があって、文化勲章は橘をモチーフとしたデザインになりました。
文化は長い時間をかけて「実を結ぶ」ものですし、そういう意味でもマッチしますね。
さて、それでは文化勲章を受賞した人をほんの一部だけご紹介しましょう。

 

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カテゴリー別 主な受章者一覧

分野ごと・カテゴリ内受賞年順(同年の場合はさらに五十音順)に並べております。
また、カテゴリについては文科省のページに準じました。ペンネームや芸名がある場合は、そちらを優先しています。

【理系】
・原子物理学
湯川秀樹

・細菌学
志賀潔

【文系】
・和歌、和歌史、歌学史
佐々木信綱

・民俗学
柳田国男

・文学
志賀直哉、谷崎潤一郎、武者小路実篤、司馬遼太郎、遠藤周作

・小説
吉川英治、川端康成、井伏鱒二、井上靖

・短歌
斉藤茂吉

・アイヌ文学
金田一京助

【芸術系】
・日本画
横山大観、川合玉堂

・音楽
山田耕筰

・舞台俳優
森光子

受賞者がとても多いので、ここでは特に名前が知られている方や、当コーナーで以前取り上げたことがある方を優先させていただきました。
他にも、インド哲学や刑法、能楽などで受賞されている方もいます。カテゴライズが結構細かいんですよね。
それもまた、文化を称えることに繋がっている……のかもしれません。

 

アームストロングにも特例で授与

「文化」勲章の割に理系の方もいらっしゃいますが、これは文系・理系という枠組みではなく、「文明」に近い、広い意味合いで使われているからです。内閣府のホームページには「文化の発達に関し特に顕著な功績のある方」(原文ママ)としか書いてないのでわかりづらいのですけれども。

厳密に言えば文化と文明は違うのですが、他にわかりやすそうな例えが思いつきませんでしたスイマセン。

また、特別に授与された例として、アポロ11号で月面着陸を果たしたニール・アームストロングらがいます。これは、既に彼らが訪れた先の国々で、最高またはそれに準ずる勲章を受けていたからです。
しかし、日本では政府や軍のお偉いさん、もしくは各国の王侯でなければ序列の高い勲章を授与することができませんでした。
そこで、失礼に当たらないレベルの権威を持ち、意味合いとしてもマッチした文化勲章が授与されたのです。

花の部分の赤色が太陽と受け取れなくもないですし、月に行った彼らが受ける勲章としては、なかなか洒落た感じになったのではないでしょうか。アメリカ人に通じるかはわかりませんが。

他の勲章については、「日章(太陽を意味する印)に○○を配し……」って書いてあるんですが、文化勲章には書いてないんですよね……教えてエ□い人。

ちなみに、受章は強制ではないので、辞退した方もいます。
理由は「名利はいらん」「来客が増えたら困る」「勲章なんてくだらん(意訳)」「戦時中に亡くなった同業者に申し訳ない」などなど、個々人によってさまざまです。
まあ、それこそ個人の自由ですしね。

長月 七紀・記

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参考:文化勲章/Wikipedia 文化勲章受章者の一覧/Wikipedia 勲章の種類(文化勲章)/内閣府 文化勲章受章者一覧/文部科学省

 





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