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その日、歴史が動いた

「恐竜の化石」はいかにして発見されていったか 巨大生物に憧れた男たちのロマン

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「男のロマン」という表現がありますよね。

何を指すかは人によってそれぞれでしょうが、特に幼い少年の場合、憧れるのは「乗り物」か「巨大なもの」ではないでしょうか。
車やバイク、はたまたガンダムなど、男性ファンが多いもののほとんどはどちらかに当てはまるでしょう。
本日はそうした例によく挙げられる、とある生き物のお話です。

1923年(大正十二年)4月17日は、アメリカの博物学者ロイ・チャップマン・アンドリュースがゴビ砂漠へ出発した日です。

「それのどこが歴史的な日なんだ」というツッコミが聞こえてくる気がしますが、まあお待ち下さい。彼はこのときの調査で、とあるものを史上初めて発見したのです。

それは、恐竜の”卵の”化石でした。

さすが恐竜の化石にハマることだけはあるのが明確なロイ・チャップマン・アンドリュースの画像/Wikipediaより引用

【TOP画像】フタバスズキリュウ/Wikipediaより引用

 

クジラ調査のため日本に来たこともあったアンドリュース

恐竜とは、「約2億5100万年前~約6600万年前に地上で生きていた、直立歩行できる大型爬虫類」のことなので、卵生であろうという見当はついていたのですが、このときまで物的な証拠が見つかっていません。
それを発見したのですから、アンドリュースは十二分に歴史に名を残す功績を挙げたことになるわけです。

ちなみに、彼は鯨の調査のために日本や朝鮮半島にもやってきたことがあります。

恐竜の研究を始めたのも、鯨のような大きな生き物に興味を惹かれたのがきっかけだったそうで。どこの国でもいつの時代でも、「大きな生き物」は男性のロマンをかきたてるのでしょうね。

というわけで(どういう)本日は恐竜とその研究の歴史を見ていきましょう。
「歴史じゃなくて生物じゃん」と言いたい方もおられるでしょうけれども、こまけえこたあいいんだよ。
国内でも海外でも、大きな博物館では恐竜の化石が目玉になっていることが多いので、ちょっと頭に入れておくと、より楽しめると思いますし。

恐竜といえばやはりこの方でしょう、ティラノサウルスさん/Wikipediaより引用

 

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三畳紀・ジュラ紀・白亜紀に生息

上記の通り、恐竜という生物が生きていたのは約2億5100万年前~約6600万年前というとんでもない昔のことです。人類の歴史が最高で600万年前からなので、生物としては彼らのほうが大先輩です。
人類、ひいては全ての哺乳類の祖先にあたる生き物は恐竜の時代にもいたのですが、小さなネズミくらいのものでした。それも大多数は恐竜のご飯でしたから、もし輪廻転生があるならその時代に美味しくいただかれたネズミから生まれ変わった人がいるのかもしれませんね。
人間が恐竜とともに生きていたかのような壁画や像が見つかっていますが、偽物や学者先生の勘違いであっていただきたいものです。

こんなにも長い間反映していた生物なので、時代によってその生態も大きく異なります。
地質時代で分けると、だいたい三畳紀・ジュラ紀・白亜紀の三つの時代です。三畳紀の恐竜はまだ比較的小ぶりだったが、時代が進むにつれて巨大化していきました。

ティラノサウルスやトリケラトプスなど、特に有名な恐竜は白亜紀のものであることが多いですね。もちろん、「ジュラ紀後期~白亜紀前期」というように、時代をまたがって生きていた種類もいます。
時代区分はあくまで人間が後からつけたものですからね。

 

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中国では「龍の骨」と間違われて漢方薬に……

恐竜の化石は世界中で見つかっていますが、これは当時の地球の姿が、現在とは大きく異なるものだったからです。
恐竜がこの世に存在していた頃、現在の陸地のほぼすべては「パンゲア」という一つの大陸だったといわれています。そして、恐竜が誕生してからしばらく経って、パンゲアはローラシア大陸とゴンドワナ大陸という二つの大きなに分かれました。
ローラシア大陸は現在のユーラシア大陸と北アメリカ大陸、ゴンドワナ大陸は南アメリカ大陸・オーストラリア大陸・インド亜大陸にあたります。でかい(確信)。

その後、恐竜が絶滅してからさらに長い時間をかけて、現在のような大陸に分かれていきました。そんなわけで、世界各地で恐竜の化石が見つかることになったのですが、大陸の移動によって細かく断裂・分解されてしまったものも多く、一定の条件が整った場所でないと見つけることができません。
よく話題に上るのは、アメリカや中国、モンゴルあたりですね。

その割に「中国で恐竜の化石が見つかりました!」というニュースは少ない気がしますが、これは中国ン千年の文化が悪い方向に働いてしまったことが大きな理由と思われます。
というのも、昔は「こんな巨大な骨は、龍の骨に違いない!」と思われて、漢方薬の材料にされてしまうことが多かったのです。これにより、相当数の恐竜や巨大生物の化石が、漢方薬として人々のお腹の中で消化されてしまったと思われます。まあ、昔はそんなのわかりませんからね。
現代は……ノーコメントで。薬にしてしまうより、保存して観光客をおびき寄せ……ゲフンゴホン、観光の目玉にしたほうが儲かりそうですけれども。

 

19世紀のアメリカで起きた化石戦争

また、化石というと動物や植物そのものを思い浮かべることが多いですが、足跡の化石もあります。恐竜の体重や歩き方・走り方を知る重要な手がかりとなるので、それはそれで面白いものです。
恐竜の研究がいつ頃始まったかは定かではないのですが、だいたい17世紀の後半くらいには「かつて存在した巨大な生物の骨」が見つかっていたことがわかっています。
恐竜の化石ではよくある話なのですが、この当時は大腿骨や顎の一部など、部分的な化石しか見つかっていなかったので、「とりあえずデカイのはわかるが、全体像がサッパリわからん」という状態だったのです。

19世紀にはオスニエル・チャールズ・マーシュとエドワード・ドリンカー・コープという二人の研究者によって、主にアメリカで「化石戦争」と呼ばれる発見競争が起きました。

この二人、元は友人だったので、競争もエスカレートしたのでしょうね。足を引っ張り合うどころか、銃撃戦までやってのけています。もちつけ。
その分、この頃発見された恐竜の数は段違いに多くなっているのですけどね。

また、「鉄鋼王」アンドリュー・カーネギーのように、資産家が恐竜の化石発掘に投資するということもありました。
世の中何はなくとも銭ですからね。資金不足で保存や修理ができない文物は山程ありますし。

 

日本のフタバスズキリュウは高校生・鈴木クンが発見した

こうなると「恐竜の化石はお金のある専門家でなければ発見できない」ような気がしますが、実は一般人が偶然見つけたものもたまにあります。
日本で発見された「フタバスズキリュウ」がその典型例です。厳密には「首長竜」という海棲の巨大爬虫類で、「恐竜」の定義からは外れるのですが……恐竜展などでもほぼ同じ扱いになっていますので、細かいことは気にしないことにしましょう。
ちなみに、翼のある「翼竜」や、サメとカジキマグロの中間のような姿の「魚竜」も、狭義では「恐竜」に含まれません。へぇへぇへぇ。

フタバスズキリュウの化石は、福島県いわき市の大久川で見つかりました。たまたまここを通りがかった鈴木直(ただし)氏が発見したものです。鈴木氏は当時高校生でしたが、元々化石に興味があり、大久川にもよく通っていて、鮫の歯の化石なども見つけていました
だからこそ、フタバスズキリュウの存在にも気づけたのでしょうね。

さっそく専門家の手で調査が始められ、鈴木氏が発見したポイントから、ほぼ完全な成体の化石1体分と、子供を含めた6頭分の部分的な化石が見つかりました。
上野の国立科学博物館に、この成体の化石が発見された状況が復元されていますので、ご覧になった方もいらっしゃるでしょうか。
「スズキ」はもちろん鈴木氏のお名前から、「フタバ」は地層の名前から来ています。
日本語名がカタカナでつくと何だかちょっと異様な気もしますが、人名をつけられた恐竜というのはちょくちょくいるので、これだけが例外というわけでもありません。

フタバスズキリュウ/Wikipediaより引用

 

草食恐竜と肉食恐竜が戦っている「闘争化石」

全身骨格も珍しいのですが、さらにまれなケースとして、特殊な状況下の化石が見つかることもあります。
中でも有名なのは、「プロトケラトプスとヴェロキラプトルの格闘の化石」(ウィキペディア先生の項目名ママ)と呼ばれるものです。「闘争化石」なんて呼ばれ方もありますね。
発見場所は、アンドリューが卵の化石を発見したのと同じ、ゴビ砂漠でした。
草食恐竜のプロトケラトプスと、肉食恐竜のヴェロキラプトルが争っている状態で二体とも死に、化石になったとみられているものdす。

プロトケラトプス(左)とヴェロキラプトル(右)の格闘の化石/Wikipediaより引用

が、「そんなことホントに起こるんかいな(´・ω・`)」という疑念も当然ながらあります。
「死んだ後にたまたま同じ場所へ流されて、争った後のような体勢で発見されたのではないか」「プロトケラトプスが死んだ後にヴェロキラプトルがやってきて、食べているときに砂嵐か何かで死んで化石になったのでは」といった仮説が立てられていますが、まだ決定打はないようです。

大人になっても恐竜を追いかけ続ける人が多いのは、こうしたロマンに満ち溢れた生物だからなのでしょうね。最近は「一部の恐竜には羽が生えていた」という説も強くなってきましたし。

いくら研究や技術が進んだとしても、某名作映画のように復活させるのは勘弁してほしいです。復元するのは骨格だけにしておいてもらって、安全に見たいものです。

長月 七紀・記

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参考:ロイ・チャップマン・アンドリュース/Wikipedia オヴィラプトル/Wikipedia フタバスズキリュウ/Wikipedia ヴェロキラプトル/Wikipedia プロトケラトプスとヴェロキラプトルの格闘の化石/Wikipedia

 

 





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