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エドワード・モース/wikipediaより引用

日本史オモシロ参考書 明治・大正・昭和時代 その日、歴史が動いた

モースは大森貝塚だけでなく日本評が面白い!日記『日本その日その日』より

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明治時代の外国人学者で、最も有名な一人がエドワード・モースでしょう。

大森貝塚を発見したことは小学生の歴史でも習う常識の一つ。
ゆえに、いかにも学者然とした印象を受けますし、事実、肖像写真についてもそんな雰囲気マンマンなのですが、一方で日記を残していて、その中の日本・日本人評が今読み返しても興味深いものであります。

本日は、モースさんの足跡ならびに、日記に書かれていたことを振り返ってみたいと思います。

 

アメリカには種類の少ない腕足動物を追ってきた

エドワード・モースは、アメリカの動物学者です。
東京都大田区にある「大森貝塚」の発見者としても有名ですね。

彼はもともと1877年に「腕足動物」の標本採集のため来日しました。
腕足動物とは二枚貝に似て非なる動物であり、日本には非常に数多く生息していたのです。

モースの弁によると「アメリカには1種類しかいないが、日本には3~40種類いる」そうで。そりゃ、学者魂がうずくってもんですよね。

江ノ島に実験所を作り、かつてミシガン大学でモースの公開講義を受けたという日本人から「東大教授になって欲しい」と依頼され、一定期間ごとに日本とアメリカを往復するようになりました。

彼が残した詳細なスケッチ付きの日記が『日本その日その日』(原題:Japan day by day)です。

モースはこの中で、当時の日本の自然や人々に対する感動を大小問わず多く書き残しました。
学者らしい好奇心や観察眼もうかがえますし、モースが素直な人だったのだろうと思わせる点も多く、微笑ましく感じる部分もあります。

「研究や採集で忙しいのに、よくこんなに書けたな」と思うほどですが、実は彼は“両手で同時に文字や絵を書(描)ける”という、とんでもない特技の持ち主でもありました。なにそれうらやましい。

 

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○日本・日本人の美点

では、彼が当時の日本で生活した中で感じた美点や欠点について、いくつかご紹介していきましょう。

一般人でも、外国人に礼儀正しい

農民が頭にかぶった布をいちいち外してから挨拶してくれたり、初めて外国人を見るであろう人でも侮蔑や嘲笑を向けないという点に、モースは繰り返し感動しています。

「もしアメリカで日本人が出歩いていたら、全く違った反応をされるだろう。私はそれが恥ずかしい」
そんな風に書いておりますので、これはいい意味でかなりのカルチャーショックだったようです。

当時の人種間における価値観からすると仕方のないことですけれどね。

・駕籠かきや車夫の体力と知性

当時の日本人は、欧米人より際立って小柄でしたから、力仕事をほんの数人でこなしてしまうことに対し、モースは非常に驚いたようです。
また、こうした職業の人々はいわゆるブルーカラーであり、当時の欧米では【その仕事しかできない・やらせない】ことがほとんどでした。

しかし、「日本では、車夫や雑用の下男でも、きちんと説明すれば採集や分類の手伝いをこなすことができた」とのことで、そのためモースは非常に多くの標本を集めることに成功したとか。

・日本人が自然を愛すること

モースが播磨のあたりを旅していたとき、松の木に大きな鷲が止まるのを見たことがありました。

すると、前を歩いていた日本人の旅人たちが、こぞってその鷲を写生しようと筆記具を取り出して描き始めたのだそうです。
モースは「西洋人なら猟銃を欲しがっただろう」と思い、文化の違いを改めて感じたとか。

・生徒たちが真面目で熱心である

東大に赴任した初日から、ほとんどの生徒が講義に対して熱心に取り組んでいたので、大きなやりがいを感じていたようです。
45人のクラスを二つ受け持っていたため、同じ講義を二回しなければいけないことだけは難儀したようですが。

ダーウィンの進化論の講義をしたときも、ほとんどの生徒が熱心にノートを取り、終わった後に大きな拍手をしたことについて、「頬が熱くなった」と感動しています。

その他、植替えなどの造園技術や、町の清潔さなどは折に触れて書いており、感心していたであろうことが伝わってきます。

 

○日本・日本人の欠点

もちろん、手放しで褒めるばかりではありません。
彼の目から見て異様に感じたことなども、素直に書いています。

・虫の多さ

モースは日光への旅行などで、民家や宿に泊まっているのですが、そのたびに虫刺されに難儀したと書いています。ときには何十ヶ所も刺されてしまうこともあったそうで。
潔癖な人だったら、その時点で日本を嫌いになっていたかもしれませんね。モースの文章は非常に冷静なので、嫌悪感を抱いていたかどうかはわからないのですが。

・動作が緩慢である

おそらくはまだ慣れていなかったからなのでしょうけれども、当時の日本人には、馬車や人力車を「避ける」という概念がなく、轢かれそうになることが多かったそうです。
モースのような外国人が避けようとすると、その動きの機敏さに驚く人もいたとか。

他にも、日常の全てがゆっくりだと感じていたようです。

しかし、「礼儀正しくて優しい人ばかりなので、癇癪を起こす気にはなれない」とも書いています。

・夜の物音について

「障子や襖の開閉音、宴会のどんちゃん騒ぎなどで、近隣住民や同居人の睡眠を妨げてしまう」という視点がないようだ、とモースは感じたようです。

その理由は「日本の家屋が開放的で音が伝わりやすいこと」と、「迷惑に思っても抗議しようとしない日本人の性質によるのでは」と考えたようで、やはり激怒はしていません。少なくとも文章上は。

その他、中国人と日本人の比較もたびたびしています。優劣をつけるというよりは、「モースが気付いた日本人と中国人の違い」という感じでしょうか。

 

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・日本と中国の違いについて

例えば、
「横浜居留地ではだいたいの仕事を日本人が行っているが、為替取引などの金銭が絡む場では中国人が多い」
「世界中で、銭勘定の速さや偽硬貨の選別に最も長けているのは中国人だ」
としています。

この頃の清は既にアレな感じでしたが、アメリカに渡って新しい生活を始めたり、日本の外国人居留地で仕事を見つけたりして、たくましく生活している中国人がたくさんいました。
現代でも世界各国にチャイナタウンを作っていたり、経済的に成功を収めている中国人が多いあたり、モースの言は正しい気がしますね。

もう一つ、言語的な面で日本と中国を比較した箇所もあります。
モースいわく、
「日本語には"L"の音がなく、中国語には"R"の音がない。そのため彼らは英語を苦手としている」
とか。
現代の我々も、LとRの発音を使い分けるのはなかなか難しいですよね。中国の方はどうなんでしょうか。

 

旅先で感じたことや和食のことなど

この他、モースが滞在した都市部や漁村、日本での旅先の生活風景が事細かに書かれています。

政府が
「西洋に追いつけ追い越せ!」
「西洋の真似をして文明国になるんだ!」
と躍起になっていたかたわらで、「古き良き日本」を感じて評価し、書き残してくれたモースのような人もいたわけです。
もちろん、他国に学んで良いところを取り入れていくのも大事ですが、日本の良さも残していきたいですね。

最後に、彼自身のちょっとおちゃめなところを少しご紹介しましょうか。

モースにとって、貝やその他の海中生物は「研究対象」でした。
しかし、日本にやってきてそれが「庶民の食べ物」であることを聞き、彼はモノの試しに、と自ら口にしています。

「味は悪くない」と感じたようで、その後も度々日本食に挑戦していたようです。
この時代の西洋人としては、結構珍しいタイプだったでしょうね。

「ここ二週間、米とさつまいもと茄子と魚ばかり食べている」
と、食傷気味に陥っていたらしき時期も見受けられますが、アメリカへ帰る前に、日本の教授たちがモースのために開いた送別会では、再び日本食を積極的に口にしていました。

このときは鯛や百合根、抹茶が気に入ったようです。
特に百合根については「じゃがいもの素晴らしい代用品になる」とまで絶賛しています。
現代のものとは少し違うかとは思いますが、じゃがいもと百合根って……似てますかね……? 根菜という意味では近いでしょうけれど。

もちろん、彼も日本食の全てを受け入れられたわけではありません。
この送別会で出されたものの中では、「銀杏は嫌だった」とハッキリ記しています。
まぁ、これは日本人でも好き嫌いが分かれますよね。

別の日の送別会では、食事の後に葉巻やコーヒー、お酒をたしなみながら、お互いの国の手遊びを教え合ったそうです。
相撲と思しき遊びに興じたり、二人三脚をして遊んだり……と、実に微笑ましい遊びの風景が綴られています。

モースを含め、その場にいたのがほぼ全て大学教授であるということを考えると、余計に。
皆、いい意味で少年の心を持ち続けていたんでしょうね。

他には、西南戦争から帰ってきた政府軍の兵を見かけたり、明治天皇の誕生日式典で初めて花火を見て感動したり、時代をうかがわせるエピソードもたくさんあります。

『日本その日その日』は「”お勉強”っぽくない歴史モノを読みたい」という方に、ピッタリな本です。

文庫版が出ていますので、ご興味のある方はぜひ。

長月 七紀・記




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【参考】

織田信長 武田信玄 真田幸村(信繁) 伊達政宗 徳川家康 豊臣秀吉 毛利元就 




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