飛鳥・奈良・平安時代 日本史オモシロ参考書 その日、歴史が動いた

令外官を知れば日本史全体が見えてくる! 関白・中納言・検非違使等々の役職

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検非違使(けびいし)

日本史受験ではお馴染みの言葉ですね。
最近ではゲームにも登場していて、より一層身近な存在になっているかもしれません。

文字を分解してみますと、「非違」を「検(あらた)める」使いの者。
訳すと「法律に背くこと(=犯罪)を詳しく調べる仕事」であり、要は警察官のような仕事です。
主に活動範囲は京都の市中でした。

桓武天皇の治世で軍事力を排除する政策をすすめた結果、警察力が低下(=治安が悪化)したため設置されたものです。
犯罪に手を染めるような者を取り押さえるには武力が必要となるため、時代が進むにつれて「武士の登竜門」とみなされるようになっていきました。

歴史的には、源義経後白河法皇から勝手にこの仕事をもらって源頼朝に怒られ、兄弟の溝がより深まった……という逸話でも有名ですね。

これは検非違使だから、というのではなく、頼朝からすると
「これから武家は全員俺の部下として振る舞うべきなのに、俺を飛び越えて朝廷から官位をもらうなんて、敵対するつもりなんだな?^^」
というものなので、別の仕事でも同じような経緯になっていたでしょうね。

とはいえ、源平の対立が起きるよりも前、院政が定着した辺りからは、北面の武士が似たような仕事をしていました。
そのため、検非違使の権限や実務の量はさほどでもなかったでしょう。後白河法皇も、義経をとりあえずなだめるために検非違使にしておき、実務はさせないつもりだったのでしょうか。

義経は京で人気が高かったので、頼朝との仲が修復できたとしても、北面の武士と揉めていた可能性が高そうですね。
それはそれでいずれ頼朝の不興を買いそうです。

 

押領使(おうりょうし)

地方における警察組織です。
「押領」というと物騒な響きに感じますが、この場合は「兵を統率する」という意味になります。
現代では押領使と同じ意味で使うことがほぼないので、ややこしいですね。

国や郡などの地方自治体単位で置かれることもあれば、「東海道全部」という超アバウトかつ広範囲を担当することもあったそうです。ひでえ。

国司など、地方に任命された貴族が兼任することが多かった役職でもあります。
平将門の乱を治めた藤原秀郷が代表例です。

余談ですが、秀郷は将門を討ったときかなりの高齢だったと考えられており、歴史から姿を消してしまっています。
もしも若年~壮年くらいの世代だったら、「将門の怨念で殺された」的な伝説が残っていたかもしれません。

 

追捕使(ついぶし)

元々は、南海道の海賊や山賊を相当する役職です。

こちらは、海賊を率いた藤原純友の乱を鎮圧した小野好古(おののよしふる)が代表例とされます。
彼は、政治をディスって島流しになった小野篁の孫にあたる人物です。

初代遣隋使の小野妹子の末裔でもあり、「三跡」と呼ばれる能書家の一人・小野道風とも同族です。
小野小町も血縁だという説がありますが、真偽の程は不明とされています。
どっちにしろ小野氏はキャラ濃すぎ。

小野篁は平安時代の出来杉君? 天才すぎるがゆえ島流しの刑に……

 

按察使(あぜち)

地方行政の監督役として設けられました。
が、次第に大納言などと兼任されるようになったため、この役職特有の仕事はなくなりました。

源氏物語ではメインヒロイン・紫の上の母方の祖父を始めとして、数名登場しています。その辺で聞き覚えのある人もいるかもしれませんね。
明治時代にも設置されましたが、たった三年で廃止されてしまっています。なぜ作る前にもっとよく検討を……(´・ω・`)

令外官はまだ他にもあります。
たとえば征夷大将軍なんかもその一例で、いかに後の歴史にまで影響を及ぼしているか実感できるでしょう。

こんな感じで後世の人名やエピソードなどと関連づけていくと、印象が強まって記憶に残りやすいかと思います。

長月 七紀・記

【参考】
国史大辞典「律令制」「令外官」

 



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