勧進帳の弁慶(五代目市川海老蔵時代)/wikipediaより引用

江戸時代 その日、歴史が動いた

歌舞伎『勧進帳』をスッキリ要約!七代目市川團十郎が魅せた「飛び六方」とは

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天保十一年(1840年)の3月5日は、七代目市川團十郎が歌舞伎勧進帳』を初演した日です。

本当は初代團十郎(元禄年間=綱吉時代あたり)の作った演目でしたが、当時の脚本が散逸してしまったために七代目が作り直したのだそうで、根性ありますなぁ。

話自体もドラマチックなので、初演からずっと人気を保っており【歌舞伎十八番】にも入っています。

歌舞伎十八番とは市川家のお家芸として代々受け継がれてきた十八個の演目のことで、それが転じて得意なものを表す【十八番】という慣用句になったとか。

ただ、その割に、当時ですら内容がわからなくなっていた演目もあるそうで……なぜ選定したし。

 

勧進帳のストーリーをザックリ解説!

まずは「勧進帳」のストーリーをざっとお話しましょう。

ときは源平の合戦が終わり、源義経が、兄・源頼朝の不興を買って京都から落ち延びていこうとする時期のことです。
かねてから縁のある奥州藤原氏を頼ろうとした義経一行は、北陸を通って奥州へ向かおうとしていました。

武士の姿そのままではすぐに見つかってしまうので、山伏に扮装して一路北を目指します。
しかし、それは頼朝から各地の関所にお達し済みでした。

そのため、途中にあった安宅の関(現・石川県小松市)で義経一行は足止めをくらってしまいます。

東大寺再建のための寄付金集めを称する

詳しく調べられればバレて捕まるのは必死。

そこで弁慶はとっさに「怪しい者ではない、東大寺再建のための勧進(募金)をするため旅をしているのだ」と言い訳をしました。
ところが、関所の役人・富樫はこれをすぐには信じず「ならば勧進帳(募金の目的などを書いたノートのようなもの)を読み上げてみろ」と言いました。
弁慶はたまたま持っていた関係ない巻物をいかにもそれらしく読み上げ、潔白を証明しようとします。

しかし、これでも富樫には信じてもらえず、なおも弁慶はいろいろな質問をされました。主に山伏の心得などに関することでしたが、弁慶はこれも堂々と受け答えて疑いを晴らします。

『勧進帳』七代目松本幸四郎の弁慶/wikipediaより引用

富樫はその返答振りを信用して通そうとしますが、ここで他の役人が「こいつの連れの中に、義経そっくりな奴がいる」と言い出して再びピンチ。似ているというか本人なのですから、バレるのは時間の問題です。

そこで弁慶は心を鬼にし、わざと主君である義経を杖でしたたかに殴りつけました。
「お前が義経と似ているせいで疑われたじゃないか!」
というわけです。

後の時代ならともかく、この時代に主君を殴るような家臣がいるわけはなく、その”常識”のおかげで義経一行は無事安宅の関を通ることができました。

歌舞伎といえば「飛び六方」となった見せ場

関所を少し離れてから、弁慶は「通るためとはいえ、とんだ無礼をして申し訳ございません」と泣きながら義経に詫びます。
心の狭い主だったらここで弁慶を殴り返すところですが、義経はそうはせず「お前は平家との戦でもよく頑張ってくれたし、忠節を尽くしてくれたのだから気にするな」と許します。

そこへ富樫が再び現れ、「失礼なことをしたお詫びに」と酒を勧めてきました。
さらに弁慶は返礼として舞を披露し、一件落着……と見せかけて義経たちを先に逃がします。
そして舞が終わった後、急いで追いかけながら舞台を去り――物語はおしまいというわけです。

ものすごく省略すると「部下が主を助けるために、常識の裏をかいて頑張った話」というわけですね。

特に有名な「飛び六方(とびろっぽう)」は最後のシーンで、先に逃がした義経を追いかける弁慶の急ぎ振りを示しています。

「飛び六方」 (二代目市川猿之助の弁慶)/wikipediaより引用

「六方」自体は他の演目にもあります。

しかし、あまりにもストーリーとハマっていたため、
【歌舞伎といえば勧進帳、勧進帳といえば飛び六方】
というイメージがつくほどの見せ場になりました。

オリジナルは能の「安宅」

「勧進帳」は能の「安宅」という演目を元にしています。

歌舞伎でも能でも、義経を題材とした「義経物」あるいは「判官物」と呼ばれるカテゴリが人気だったことがうかがえます。
以前取り上げた「義経千本桜」も江戸時代に作られた歌舞伎です。

ついでですので、次は能の義経物の一部をざっくりご紹介しておきましょう。

 

【能で見る義経物】

・船弁慶

勧進帳と同時期、つまり平家討伐後、義経が頼朝とケンカした後の話です。
静御前と平知盛を同じ人が演じるという無茶振りな演目でもあります。作者が観世小次郎信光という人で、ダイナミックな構成を得意としたからだと思われますが、どっちかというとエキセントリックに近いようなゲフンゴホン。

・鞍馬天狗

義経は天狗に武術を教わった、という伝説を元にした演目。
天狗と幼き日の義経(牛若丸)のハートフルストーリー(超訳)です。

・烏帽子折

東北への旅の最中、義経が元服した頃の話。
といっても烏帽子親はおらず、この話では自ら烏帽子を被って義経と名乗ったことになっている。ナポレオンか(※ナポレオンは教皇から授かるのではなく、自ら冠を被って即位した話があるので)
その後盗賊に教われそうになったところをご先祖様が夢に出て危機一髪、という話。

時系列順にすると、鞍馬天狗→烏帽子折→(源平の合戦)→船弁慶という感じになります。
さすがにこんな順で演じられることはないですし、連日違う演目を……というのもできなさそうですけどね。見てみたい気はしますが。

 

能に怖いお面が用いられる理由

さて、ここから先は余談です。

能といえば面というイメージが強いですが、実は面をつけるのは”既に生きてはいない者・神仏・女性のどれか”という前提があります。

これは女性蔑視というより、昔は女性が舞台に上がることができなかったので、女性の役をやるのに男の顔のままだと観客が「役名は美女なのに(´・ω・`)」という気分になってしまうからかもしれません。
能に限らず、演技やフィクションの世界では観客や読者が話の雰囲気に浸れないといけませんからね。

ある意味ネタバレですが、そもそも能にはそういう人外と人間の話をベースにしたものが多いので、いないと面を被った役がない=能らしくないということになってしまいます。

戦後の昭和二十三年(1948年)に女性も能楽師になることが正式に認められたのですが、声域の違いから苦戦することもあるようで。

今後、女性が演じることを前提とした演目が作られたり、既存の曲でも女性が演じやすいように編纂されるかもしれませんね。

長月 七紀・記

【参考】
国史大辞典
勧進帳/wikipedia
船弁慶/wikipedia
the能.com

 



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