ナポレオン/wikipediaより引用

その日、歴史が動いた

ナポレオンの死因は主に4つも説がある~絶海の孤島で迎えた最期

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1821年(文政四年)5月5日、ナポレオン1世ことナポレオン・ボナパルトが亡くなりました。

彼の人生(戦歴・逸話)やご子孫に注目するとキリがなく、以下の記事をご参照いただければ幸いですが。

ナポレオン1世2世3世4世の生涯をスッキリ整理!歴史に翻弄された皇帝たち

ナポレオン1世の出生地と終焉の地に着目してみるとちょっと興味深い事実がわかります。

イタリア・コルシカ島に生まれ、大陸で覇を唱えたナポレオンが最期を迎えたのは、セントヘレナ島という絶海の孤島なのです。

セントヘレナ=聖へレナとはコンスタンティヌス1世の母親のことで、キリスト教の聖女の一人。
何となくキレイな想像をしてしまいますが、場所が場所ですからヨーロッパに生まれ育ったナポレオンにとって、暑さと湿気で地獄にも等しい所だったことは想像に難くありません。

セントヘレナ島はイギリスの二番目に古い植民地ということなので、決してただの流刑地ではないんですけどね。
欧州の大国で頂点を極めて人の最期としてはいかにも寂しいものがありましょう。

では、ナポレオン1世はいかなる最期だったのか。
複数の死因が囁かれております。

 

一般的な死因は胃がん・胃潰瘍だけど

一般的に彼の死因は、当時の解剖結果から胃がん・胃潰瘍とされています。

胃下垂の病歴があるので不自然ではないのですが、あれだけヨーロッパの多方面に影響を及ぼした人ですので、実は今でも暗殺説やその他新説が絶えません。

ナポレオンが最期を迎えたセントヘレナ島のロングウッド・ハウス/photo by Isaac Newton wikipediaより引用

根拠と共に一つずつご紹介します。
ちょっとグロい話も入りますので、お食事中の方やその手の話題が苦手な方はスルーしてくださいね。

 

・暗殺説

もはや有名人にはつきものの説。
ナポレオンの場合はいくつか根拠が存在します。

一つは、彼自身が臨終間際に「私はイギリスに暗殺されたのだ」と言ったらしいということ。
もう一つは、遺体をフランスへ送り返す際に全く腐敗していなかったこと。
さらに、遺体からヒ素が検出されたことです。

この三点をまとめて、「ワインか何かでヒ素を飲まされ、暗殺されたのではないか?」といわれています。
セントヘレナ島の総督であったイギリス人ハドソン・ローが「ナポレオン(笑)」的な態度を取り続けていたため、いやがらせの果てに毒殺したのでは?というわけです。
これが事実だったら史上稀に見る最低ぶりですが。

 

・ヒ素中毒説

一つめの説と似ていますが、こちらは「故意に飲まされたのではなく、周囲に漂っていたヒ素を摂取し続けたための中毒死では?」というものです。

当時は壁紙などにヒ素が使われていたこと、ナポレオンがほぼ監禁状態にあったことから、他の人よりもヒ素の摂取量が増えた結果死に至ったのではないか?とされています。
でも、これだったらナポレオンに随行した人々も同じようにヒ素中毒で亡くなるはずですから、ちょっと根拠は弱いかなという気もします。

随行したからといって必ずしも四六時中一緒にいたとは限りませんが、中にはナポレオンに代わって回想録を書いた人もいますので、生活の大部分を共にしていた人がいるのは確実ですからね。

実際、これら「ヒ素が原因」とする説については「サンプルに使った髪の毛や遺体を保存するためにヒ素を使っただけで、元から体に同量のヒ素があったかどうかはわからない」ということになり、否定されています。
とはいえ、他にも痕跡を残さない毒物は存在するので、カムフラージュのためにヒ素を使ったなんてことも考えられますから、ヒ素以外の毒物による暗殺・中毒の可能性はなくなっていないようですが。
このためか、最近はもう一つ新説が唱えられているようです。

 

・腎疾患説

近年になってデンマークの元医師が唱えた説です。
「睡眠時間が三時間だった」と言われるほど多忙を極めたナポレオンですが、体のほうにはかなりの負担を強いていました。

上記の胃下垂に加え、長時間の乗馬による痔など、いくつか病気を持っていたといわれています。

しかも夜遅くまで酒を飲むわ、朝風呂にシャンパンを使うわ、脂肪の多い料理が好きだわで、本人の意識としては良くても臓器からすれば「やめてえええええええ」と言いたくなるような生活習慣ばかりだったそうで。だから肖像画のお腹が出てるのかな……。

ともかく、そんな生活を続けていたために腎臓がやられてしまい、何らかの腎疾患となって死に至ったのでは?というわけです。
ナポレオン本人が排尿痛らしき症状を訴えた記録があるそうで、もしこれが本当であれば、上記の二説よりも信憑性が高いかもしれません。

他に「当時薬と思っていたものが劇物だったから」説などもあります。
死の直前病状が急変したことからこちらも信憑性が高いとされているのですが、やはりはっきりしたことがわからないので、今もフランス政府的なナポレオンの死因は「胃がん」ということになっています。

胃がんだけが解剖結果から確実にわかることだから、という理由だそうで。

現在ナポレオンの遺体はパリのオテル・ザ・アンヴァリッド(邦訳名”廃兵院”。フランス軍の傷病兵や傷痍軍人が住んでいる施設)というところにあるので、解剖をやり直そうと思えばできるような気も。

それとも遺体の保存にヒ素が使われているという時点で、解剖しても意味がないという見解なのでしょうか。
はてさて真相やいかに。

長月七紀・記

【参考】
ナポレオン・ボナパルト/wikipedia
ナポレオンの死因は腎疾患、デンマークの元医師が新説を発表(AFP

 



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