江戸時代 その日、歴史が動いた

現代人が親しみやすい江戸時代のNo.1作家は? ずばり井原西鶴でしょう!

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元禄六年(1693年)8月10日は、作家の井原西鶴が亡くなった日です。

江戸時代の文化史というと「多すぎてワケワカメ」「覚える気がしない」分野の代表格みたいな感じがしますが、細かく見ていくと、意外に作家本人のキャラが立ってたりします。

本日はその辺を中心に見ていきましょう。

 

一日で23,500の俳句を詠み「二万翁」と自称

西鶴は、寛永十九年(1642年)生まれといわれています。

微妙な言い回しになってしまうのも、幼い頃の記録があまり残っていないのです。
商家に生まれたという説もありますが、判然としません。

少なくとも15歳くらいで俳諧の道に入り、作家デビューするまではその筋で有名だった……ということはわかっているのですが。

江戸時代には優れた俳諧師が多々いますけれども、西鶴の句で一番特徴的なのは、その作数の多さです。

34歳の時には、妻を弔うために1,000句を詠み、その二年後には丸一日かけて1,600句、さらに39歳の時には大坂の生國魂神社で4,000句を詠んだとされているのです。

また、作家デビューを果たした後、43歳のときには同じく大坂の住吉神社で、やはり丸一日かけて23,500句を詠みました。
ここから「二万翁」と自称したこともあるくらいです。

しかし、記録を取ることに執着しなかったのか。
あまり西鶴作の俳句は伝わっていません。

これだけ詠めば質にバラつきが出るのも仕方ありませんし、後世に残したくなかったんですかね?
詠むだけ詠んで書き留めなかったなんてそんなアホな。

余談ですが、西鶴と同じ神社で、張り合うかのように「一日で何句詠めるか」というよくわからんチャレンジをした俳諧師が何人かいたそうです。
ご祭神も「この人間どもはいったい何をしとるんじゃ?」なんて思ってたりして。

 

浮世草子で当時は斬新だった市井の人々を描く

まあそんなこんなで珍妙な記録を成し遂げた西鶴。
40代に入ってからいよいよ歴史に名を残す作品を生み出していきます。

受験生にとっては暗記で困るあの辺の話です。
できるだけ簡略化して参りましょう。

まず、西鶴の小説はその多くが「浮世草子」と呼ばれる、当時斬新なスタイルでした。

これは、今日でいう月9や朝ドラ、昼ドラのように、市井の人々の
【日常生活=浮世】
を描いたものです。

それまでの本というと、いわゆる昔話である「御伽草子」などが中心でした。
英雄の妖怪退治や、武家・公家を題材にした、多くの一般人とは縁遠い世界の物語がメジャーだったのです。

ここを押さえた上で、西鶴の作品は大きく四つに分けることができます。

代表作のあらすじをそれぞれまとめてみましたので、一つずつザックリと見ていきましょうか。

 

 

好色物~今日でいう恋愛モノ・ただしR18

・好色一代男 天和二年(1682年)

西鶴の作家デビュー作です。
7歳で夜のデビュー(意味深)を果たした、というとんでもない男の物語です。

しかも両刀です。
当時は珍しくはないとはいえ、相手の数が文字通りケタ違いでツッコむのに疲れます。

オチは女だらけの島・女護が島を目指して船出していくという果てしないものです。
いっそ好色すぎて清々しい。

・好色五人女 貞享三年(1686年)

こちらは実際にあったとされる五つの話をまとめたもので、一つの話につき一人の女性が主人公です。

「一代男」は完全にR18な意味の好色です。
が、こちらは「道を誤るほどの色恋」といった感じでしょうか。

八百屋お七の話も入っています。

 

町人物~市井の人々=町人の日常生活

・日本永代蔵 貞享五年(1688年)発行

富を築いた町人たちのノンフィクション短編集です。

ただし金持ちになった後、転がり落ちた人の話もちらほら。
世の中そんなに甘くないですね。

 

武家物~武家の人々を主役に据え

・武道伝来記 貞享四年(1687年)発行

「武士の敵討ち」をテーマにした短編集です。

全部で32話あるのですが、よくこんな限定されたネタの話をたくさん書けたものです。

ミステリー小説のトリック考えるより難しいんじゃないでしょうか。

 

雑話物~他のカテゴリよりも大きなテーマ

・本朝二十不孝 貞享三年(1686年)発行

親不孝を題材とした短編を二十話まとめたものです。

青空文庫で一部だけ読めるので、西鶴の入門にいいかもしれません。

 

古文苦手な人は西鶴から入るのがオススメです

短編集が多いからか。
西鶴の手がよほど早かったのか。
発表の間隔が非常に短いのも彼の特徴かもしれません。

亡くなる直前まで執筆を続けていたようで、亡くなった次の年以降に刊行された作品もありました。

しかし、他の作家が現れたり、浄瑠璃や歌舞伎などでもヒット作が多数出たためか、江戸時代のうちに西鶴の名は埋もれていってしまいます。

再び西鶴が注目されるのは、亡くなってから200年ほど経った、明治三十年代のことでした。
まさに流行作家だったんですね。

最近では好色一代男のマンガ版も出版され、おまけに電子書籍でスマホで読めてしまいます。
むろん他の作品も現代語訳がたくさん出ております(→amazon link)。

『好色一代男─まんがで読破─』(→amazon link

なお、井原西鶴の生涯そのものをもう少し詳しく知りたい!という方は、以下の記事も併せてご覧いただければ幸いです。

井原西鶴52年の生涯をスッキリ解説!一日に4,000句も詠んだ俳人がナゼ小説家に?

問 ...

続きを見る

長月 七紀・記

【参考】
国史大辞典
井原西鶴/wikipedia
浮世草子/wikipedia

 



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