日本初の歴史・戦国ポータルサイト

BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン)

スポンサーリンク

歴史ウォーカー

北陸新幹線で大注目の金沢城と兼六園に母娘で行ってみた!

投稿日:

 

春まだ遠い3月某日、北陸新幹線開通前に、娘と金沢に行って参りました。

私は子供時代を金沢で過ごしまして、今は東京に住んでいます。娘に金沢を見せたいという想いは以前からありましたが、やっと念願叶っての母娘二人旅。金沢は女子旅でも大人気ですから、娘もかわいい和風小物や和菓子スウィーツなどを楽しみにしておりました。

日本三名園の兼六園からスタート

まずはテッパンの兼六園。

娘もちゃんと美しいものを美しいと感じる心が育っていたことに、私も嬉しくなりましたが、兼六園の美しさには感嘆の声を上げておりました。「今まで見た他の日本庭園とは別世界、別次元!」とさえ言っておりました。

金沢image001
金沢image002
金沢image003

 

兼六園も金沢城も、石垣が素晴らしい。

 

これは私も同感で、兼六園の美しさをどう表現したらいいのか…言葉が見つからないくらいなのですが…。

 

木々の配置や剪定による樹形、小道の配置や小川の流れ、様々に趣向を凝らした橋、高低差を利用した山や池、日本最古の噴水や、高台から眺める卯辰山、などなど、歩くたびに景色が変わり、四季ごとに見所がある名園です。

 

全体的にも部分的にも計算し尽くされた黄金比のデザイン。日本文化の粋を集めた集大成。兼六園に入った時の、感性にも脳にも迫る圧倒的な“美”は圧巻です。

 

この体験を、是非すべての日本文化に興味をお持ちの方々に体験して頂きたいものです。この伝統美を、江戸幕府崩壊から150年たった今も伝えている金沢の方々には、本当に敬意を表します。

 

さて、この怒涛のような感動に打ち震えながら、兼六園の茶店通りから金沢城へと向かいました。

スポンサーリンク

 台地をうがつ180㍍の堀をこえて行くは金沢城

 

見えて参りました!金沢城のシンボル、石川門。

手前が兼六園。右が堀(現在はふつうの車道)をこえる橋

小規模なお城くらいある石川門。手前が兼六園側

2層2階建ての石川門の前にかかっているのが『石川橋』。

金沢初めての娘も、このスケールの大きさに「スゲー!」と言っておりました。

金沢image005

もんげー!と叫んだとか、叫ばないとか

 

『石川橋』から見下ろした『百閒堀通り』。

その名の通り、ここは昔『百閒堀』と呼ばれる幅180mもある大きなお堀でした。

金沢image006

 

明治20年頃の『石川門』と『百閒堀』。

金沢image007

『20世紀の照像 :石川写真百年・追想の図譜改編版』より

 

 

『百閒堀通り』は、今はバスや自動車の走る大きな幅の道路ですが、以前はこの写真のような満々と水をたたえたお堀でした。堀を道路にする工事は明治43年から始まり、市電も昭和42年に廃止されるまでここを走っていました。

 

…そういえば小学生の頃、担任の先生がこの話をしていたような?「金沢は城下町だったので細い道が多くてごちゃごちゃしている。『百閒堀』を埋め立てて市街地の交通渋滞を緩和するための道路にしたんだよ」というような…。

スポンサーリンク

 織田軍と渡り合った一向宗の拠点「尾山御坊」だった金沢城

元々この地は加賀一向一揆の拠点で、浄土真宗の寺院、『尾山御坊(おやまごぼう)』がありました。寺といっても『石山本願寺』のような石垣を巡らせた要塞で、朝倉氏や上杉謙信と対立し、織田信長によって攻め落とされたそうです。

 

戦国武将でも最強の部類の武将達と、堂々渡り合っていたなんて、加賀一向一揆、強すぎ!

 

金沢城は天正11年(1583年)、前田利家が金沢に入った頃から本格的な築城が始まりました。しかし慶長7年(1602年)に落雷により天守閣が焼失、寛永8年(1631年)、宝暦9年(1759年)にも火災があり、城のほとんどを焼失してしまいました。

『石川門』はこの後天命8年(1788年)に再建、現在に至っています。

 

金沢城は、明治時代にはいってからは軍の施設が置かれ、第二次世界大戦の後は国立金沢大学が置かれました。金沢城の石川門を校門にしていたなんて、なんて贅沢な金沢大学!

 

しかし平成7年(1995年)に金沢大学が郊外に移転。平成8年(1996年)から石川県によって整備が始められ、平成13年(2001年)に菱櫓・橋爪門・橋爪門続櫓・五十間長屋が復元、平成22年(2011年)に河北門といもり堀が復元、平成25年(2013年)に石川門改修工事完成、平成26年(2014年)に橋爪門と玉泉院丸跡の暫定的整備が完了しました。2015年3月14日の北陸新幹線開通前に間に合いましたね!

 

さて、20年前まで金沢大学の校門だった、天命8年(1788年)再建の『石川門』をくぐり、内側から『石川門』を見た写真がこちらです。

金沢image008

 

娘が「あれ、何?」というので、喜んで説明した加賀前田家の家紋の『梅鉢紋』。金沢市内の小学校の校章も、梅鉢を採用している学校が多いですよね。

金沢image009

Japanese crest Umebachi

梅鉢紋(Wikimediaより)

石川門に入れた!

そして何と!運よくこの日は『石川門』の中を見学できると聞き、さっそく中に入ってみました。

金沢image010

 

入ってすぐはこんな感じです。

観光客は入れませんが、きっと櫓の二階に上がれるんでしょうね。

石川門の窓から石川門が見えます。

金沢image011

 

右側通行で、奥まで行って帰ってきます。

金沢image012

 

また外が見えます。

金沢image013

昔のお侍さんもここに詰めてお仕事していたんでしょうね。

出入り口から見える風景です。三の丸広場とその向こうの『橋爪門続櫓』が見えます。

金沢image014

 そして金沢城内に!

ここが復元整備された金沢城公園の中です。

金沢image015 金沢image016

そして冬枯れの木々の間から見えるのは三段の立派な石垣。ちょっとビックリするほどの大きさです。この石垣の上に金沢城の天守閣がありました。この石垣の規模から考えると、かなり大きい天守閣だったのではないかなあ…。

金沢image017

金沢城の天守閣は、慶長7年(1602年)、落雷による火事で焼失しましたが、その後は徳川家への配慮もあって再建されなかったようです。

金沢城の天守閣、いったいどのくらいの規模だったのでしょうか?

前田利家公は豊臣政権での五大老の一人。太閤秀吉から秀頼公の後見を託されるなど、一番信頼されていました。そしてあの家康も逆らえなかったほど、諸大名達から別格扱いされていました。

金沢城天守閣は五層六階ほどの規模があったのではないかと言われています。現在の大阪城の天守閣が五層七階なので、やはりかなり大規模な天守閣だったのですね。

復元事業はいつまで続くのでしょうか?もっと発掘や復元が進むと、もしかすると姫路城くらいの規模の金沢城の姿が浮かび上がってくるのでは?と、私は勝手に想像しております。

重久直子・文と写真

参照:

◇兼六園のサイト(石川県)

http://www.pref.ishikawa.jp/siro-niwa/kenrokuen/

 

◇金沢城と兼六園のサイト(石川県)

http://www.pref.ishikawa.jp/siro-niwa/japanese/top.html

 

◇金沢城公園(石川県)

スポンサーリンク

http://www.pref.ishikawa.jp/siro-niwa/kanazawajou/index.html





1位長篠の戦い 注目すべきは…


わろてんか伊能栞
(高橋一生さん)のモデル
小林一三とは?


2位 西郷隆盛49年の生涯!


3位 史実の真田幸村とは?


4位 最上義光 名将の証明


5位 ホントは熱い!徳川家康


6位 意外と優しい!? 織田信長さん


7位 直虎の後を継ぐ井伊直政とは?


8位 毛利元就の中国制覇物語


9位 伊達政宗さんは史実も最高!


10位 最期は切ない豊臣秀吉


注目! 史実の井伊直虎とは?





井伊家 井伊直虎 井伊直政 小野政次 龍雲丸
織田家 織田信長 濃姫 織田信忠 織田信雄 織田信孝 三法師 平手政秀
徳川家 徳川家康 結城秀康 徳川秀忠 松平信康 酒井忠次 榊原康政 本多正信 水野勝成
豊臣家 豊臣秀吉 豊臣秀長 豊臣秀次 福島正則 加藤清正 豊臣秀頼
伊達家 伊達政宗 伊達成実 義姫
最上家 最上義光 鮭延秀綱 山形城 大宝寺義氏 山野辺義忠
毛利家 毛利元就 毛利隆元 吉川元春 小早川隆景 毛利秀元 陶晴賢
島津家 島津義弘 島津の退き口
真田家 真田幸村 真田信之
立花&高橋家 立花宗茂 立花道雪 立花誾千代 吉弘統幸
浅井・朝倉家 朝倉宗滴 姉川の戦い 金ヶ崎の退き口
前田家 まつ 豪姫 前田利長 前田利常
黒田家 官兵衛が長政を叱責の真相
北条家 河越夜戦 小田原征伐 のぼうの城の真実
細川家
仙石家
長宗我部家
武田・上杉家
諸家 足利義輝
剣豪・武術・忍者 宮本武蔵
キリシタン ルイス・フロイス
合戦 桶狭間の戦い 長篠の戦い 手取川の戦い 厳島の戦い 月山冨田城の戦い

◆薩摩藩 西郷隆盛 島津斉彬 大久保利通 小松帯刀 西郷従道
◆長州藩 木戸孝允 木戸松子 高杉晋作 山県有朋


◆古代 安倍晴明
◆江戸 葛飾北斎
◆世界史 クレオパトラ ルイ16世 チェ・ゲバラ


わろてんか あらすじ&感想レビュー

-歴史ウォーカー

Copyright© BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン) , 2017 AllRights Reserved.