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桶狭間の戦い「正面奇襲説」がよくわかる現地リポート!【マンガ解説付き】

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今、有力とされている「正面奇襲説」を歩いて感じる

マンガや映画で「現代人が昔にタイムスリップして大活躍する」系のフィクションって、人気がありますよね。
時空を移動できるのか?という大問題はさておき、そもそもの基本設定にかなり無理があるのではないか、と私は思ってしまいます。

というのも、まず現代人には、体力や乗馬スキル、自然から方角を読み取る力が欠けております。
歴史学者級の頭脳や仁-JIN-のような専門知識、あるいはアスリート・登山家レベルの肉体を備えているのならば別ですが、普通のサラリーマンや高校生が戦国時代に飛んでしまったら、スマホがない時点でソク詰み――。

なんて唐突に切りだしたのは他でもありません。
実際に古戦場となった場所を歩いた結果そう痛感したのです。

山アリ、坂アリ、凹凸アリ。
そんな場所を兵糧から装備を担いでエッホエッホと歩くなんて無理! と心から思いまして。しかもそこは、山城でもなく、標高も高くもなく、海に近い桶狭間でのこと……そう、今回私は桶狭間の古戦場を実際に歩いてきたのです。

色々と謎が多い同合戦で、最近、有力とされている「正面奇襲説」。これを、小久ヒロさんの漫画と共にご報告させていただきます!

【協力】天下人の城・応援団ブログ

 

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近っ! 織田の善照寺砦と今川の鳴海城は徒歩10分

そもそも「桶狭間の戦い」とは何か。
結果は誰もが知っているし、フィクションでも描かれるけれども、肝心の過程が結構すっとばされるんですよね。
織田信長が『敦盛』を舞っていたと思ったら、次の場面転換では今川義元が突然の死を迎えていたりする。

いったい、どういう流れだったの?
という考察記事は、すでに以下にまとめられておりまして。

【関連記事】
桶狭間の戦い、そのリアルに迫る! 定説の「義元上洛&信長奇襲説」はもう古い!

現地の地形や、実際の砦の位置、そして人がその場に立ったときの実感など。今回は「生々しい目線」から迫ってみたいと思います。

案内は「おいでよ天下人の城展」のマスコットキャラ、通称・おい天ちゃんです。

「皆さんに桶狭間の舞台を案内します! まずこちらが今川方の鳴海城、このあと織田方の善照寺砦に行きますよ!」

おい天ちゃんの案内で、最初に訪れたのは、鳴海城跡の鳴海城跡公園と、善照寺砦です。
現在ではごく普通の公園となっており、訪れているのは我々と近所の子供たちだけでした。それもそのはず、この日は7月、気温は既に30度を超えています。

まず鳴海城と善照寺砦の距離ですが、Googleマップで徒歩10分。
わずか800メートル程度の距離で、実際に近い……無茶苦茶に近い!

こんなに近くて、敵に知られず工事できるんでしょうか。
いや、できたということはできたんでしょうね。
自分だったら怖いなぁ。

善照寺砦の案内板

 

近くても互いに見えない善照寺砦と鳴海城

善照寺砦と鳴海城を実際に訪れて驚いたのは、近すぎる距離だけではありません。
「両砦は互いに見えにくい」そんな地形になっておりまして。

これは気づきませんでした。
地図だけで見ていると絶対にわからないッ!
現地を踏破してこそのリアルがあるのです。

たしかに織田方の善照砦から鳴海城は見えませんが、反対側は別。
上記マンガのように鳴海城ではなく、今川のいる東側、そう、沓掛城方面に広がる一帯を注視できるのです。

おい天ちゃんさんは言います。

「まず善照寺砦から見て東側。こちらの方角は、今川義元が尾張を目指して進んでくる、大高丘陵のルートです。信長はここから進軍を確認して、敵に突っ込んだんですよ!」
「でも、それって変ですよね。今川だって周囲に警戒して動きますよね? 事前に情報がキャッチされてしまいません?」
「ダイジョーブ! 一帯と言っても周囲は山がちで、両軍の間に挟まる山が、うまく遮蔽物になるんですよ! カーテンの役目を果たします!」

確かに、織田と今川の軍勢の間には(あたかも善照寺砦と鳴海城のように)山があり、それが遮蔽物となって両者からは直接見えません。
信長が義元目指して突っ込むには最適な地形でしょう……と言いたいですが、やっぱり怖いハズ!
というか、今川だって周囲に見張りぐらい置くでしょうに。

「そうですよね、そこが難しい点なんだけど……」

今川が山の向こうを知るために、見張りを置いていたら、織田勢の接近は相手にわかってしまいます。

「一番のネックはそこですよね! でも、これも大丈夫。信長の行動をたどってみると、彼が敵を欺くために味方をも騙していることがわかるんだな!」

桶狭間前夜、味方から救援要請があったにも関わらず、信長はこれを無視。軍議を終わらせると重臣を帰しました。
この状況をみれば、信長の味方も敵も「出撃せずに清須で迎撃だな……」と思うわけです。
信長はそんな中、僅か数騎を連れてコッソリ出撃、だんだんと味方と合流し増やし、義元のいる戦場へ近づくのでした。

要は「敵を油断させ、斥候すら出さなくても良いと思わせた」というワケです。

それでも絶対に敵を騙し切れているかどうかはわからない。
もしかすると相手も一枚上手でそのくらい読んでいるかもしれない。
今川の伏兵の中に、勢いよく突っ込むことになるとしたら……想像するだけで胃が痛くなりそうです!

「織田にとっても、相当にプレッシャーのかかる、辛くギリギリの戦いだったんですね」
「そうなんですよね。実際のところ、信長の家臣の中にも、相手にバレる前に引き返すよう進言した者もいたようです」

この状況は現地を実際に訪れてみないとわかりません。
やはり来た甲斐がありました。信長の戦術も凄いけれども、度胸がともかく凄い!!

 

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馬や徒歩で桶狭間近辺を行軍するとバラツキやすい!?

新説を繰り出し、絶口調のおい天ちゃん。更に続けます。

「このあたりって、海が近い割に“起伏に富んだ地形”だって気づきました? 行軍スピードにばらつきが出て、部隊が分散してしまいかねないんです」
「確かに、こういう場所を自転車で走るとなると嫌な地形だなぁ……って思いました。馬や徒歩での行軍だったら、なおさら体力消耗しますよねえ」

ポコポコとした山を登って、降りる。小さな坂道でも結構体力を消耗します。
山の上にある城、たとえば岐阜城などは登ることが辛いというのはよくわかります。

しかし、このような海に近く、今や大都市圏にある場所において「坂道が辛い」と主張したところで「あなたはきっと運動不足なんですよ」と言われて理解されないかもしれません……私も現地を踏みしめるまで気づかなかったしピンと来なかった!

つまりこの地形を理解していた信長は、ここを行軍すれば大軍であってもバラバラになると予測していた……?

「そうでしょうね。普段ここを馬で駆け巡っていた信長は、そのことを理解していたとしてもおかしくはないでしょう」

これぞまさに地の利。地元で戦う、いわばホームゲームの有利な点というわけです。

今回、桶狭間を歩くにあたり、起動の記憶が一度もないスマホの「標高計測アプリ」を利用してみました。

目で見るだけではなく、実際に高さがわかるのでこれは便利。登山やサイクリング用GPSロガーアプリと一緒に、行軍ルートのログを取りながら踏破すれば、説得力のあるデータ収集ができそうです。

「ツール・ド・桶狭間」とか「信長ペダル」とか、そういうイベントがあれば面白いかも。

善照砦跡・鳴海城は見えない

 

まさか本隊同士が激突するとは思ってなかった!

桶狭間の関連史跡には、キラキラ輝く織田木瓜(もっこう)紋プレートが飾られています。

「人生大逆転街道」
そう書かれたプレートは「験のいい道を歩いてキミも輝いてみよう!」という、そういうテンションをあげようという意図を感じます。

今川軍の死者を弔った長福寺にも織田木瓜のプレートがある

しかし私は、それとは裏腹に胃痛がしてきました。

敵を騙しているから突っ込める。しかもアップダウンの多い地形で分散もしているだろう。勝機は確かにあります。
とはいえ、これはかなりの綱渡りでもある。それなのに突っ込むってかなり怖い。怖すぎるんですよ、信長さん。いきなり義元を狙うだんたんて、下手すりゃ自軍が壊滅では……。

「そうですね、実は信長自身も今川の本隊に突っ込むとは思っていまでんでした」
「ええっ、そうなんですか?!」

おい天ちゃんは言います。信長が兵を出し、敵陣へ突っ込もうとした時点で、そこにいる敵が誰かはハッキリ特定できるワケじゃない。特に当日は悪天候であったから、よりわかりにくい。

もちろん悪天候だからこそ敵に見つかるリスクも低くなるワケで。その辺はプラマイゼロと言ったところでしょうか。

おい天ちゃんは続けます。

「信長としては、進軍ペースからして、戦い疲れた“徳川家康の部隊”と当たると思っていたんです。スタミナが切れた敵に突っ込めばさぞや快勝できるだろう、と。しかしそこには、割とピチピチした、スタミナほぼ満タンの今川本隊がおりました」
「やばっ! 奇襲でもそれは大いに危険ですね」
「えぇ」

やっぱり怖いぜ、桶狭間!!
これがフィクション作品であれば、両軍激突の瞬間に「計算通りとニヤける信長&戸惑う義元」が描かれるわけですが、実は両者ともに「なんだこりゃああああああ!?」と驚いていたわけですね。

ただでさえ被害が甚大になる遭遇戦。そういう両者予想外の状況だからこそ、総大将、しかも大軍の義元が討ち死にだなんてトンデモナイ事態になってしまったのでしょう。
付城を作り、味方をも騙し、敵の進軍ルートを把握したうえで突撃した信長。綿密な計算をしながら、実は最後にふったサイコロは別の目が出てしまったわけです。

結果的にそれが奇跡的な大勝利につながったとはいえ、シナリオとしては「完璧」ではなかった――。

「今まで桶狭間合戦とは、完璧な勝利だったと思っていました。そして実際に現地を歩いて、確かに見事な戦略だと感じましたけど、肝心の総大将を討ち取るという点においては、運があったんですね」
「ええ、そうなんです。信長自身がそれを理解していました。彼は桶狭間のような奇跡は、二度とは起きないものだとわかっていたのです」
「そこが凄味だなあ。あのラッキーをもう一度、と絶対思わないところが信長の偉大さですね」

「守株」という故事成語があります。ウサギが切り株にぶつかるのを見た男が、もう一度その幸運が繰り返されるのではないかと期待し、笑いものになったという話です。

信長にとっての桶狭間とは、まさに「切り株にウサギが衝突した」幸運です。その幸運を、信長は二度と頼ることはありませんでした。幸運に頼ることなく、自らの実力で邁進したのです。

戦場を歩くことで、紙の上からではわかりにくい高低差、信長の感じていたであろうプレッシャー、緊張感。じっくりと味わうことができました。古戦場、史跡をめぐる楽しさ、再発見の喜び。桶狭間で歴史の面白さを改めて感じることができました。皆様も是非、標高を測りながら桶狭間ウォークを楽しんでみてはいかがでしょうか。

文:小檜山青
漫画:小久ヒロ

参考:千田嘉博『信長の城』(岩波新書)など

桶狭間古戦場は公園として整備されている




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【参考】
桶狭間の戦い・桶狭間古戦場保存会




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