タイタニック生存者の「その後」

沈没するタイタニックを描いたWillyStöwerの絵/wikipediaより引用

世界史

タイタニック号実話~ある生存者たち三名の悲劇的な「その後」とは

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もう1人の生き残りも…映画では分からぬ結末

他の生き残り2人はジャック・セイヤーⅢ世と、お母様のマリアンさんという方です。

家族3人で乗船しました。

Ⅲ世君の父親であるジョン・B・ジャックセ イヤーだけが帰らぬ人となっています(享年49)。

この父親、レキシントンでは中々の有力者で、ペンシルバニア鉄道の副社長を務め、「社交界やサッカーのサークル」で人気のある方だったそうです。

今回、リーダー 紙が再調査したところ、実際にはクリケットの方に熱を上げていた人だったようですが。

息子さんのジャック君は事件当時17歳で、後にこう振り返っています。

「私の心は1912年4月15日に覚醒した」

また、事故の語り部として、【船体の衝突と折れる様子】を生々しく描写して有名になり、この人もまた悲劇的な最期を遂げます。

自殺したのです。

1945年、息子のエドワードさんが第二次世界大戦で戦死し、その悲しみに耐えきれず、狂乱状態になった末に命を絶ったと記事にはあります。

よくよく家族運の薄い人だったのでしょう。それにしても、余りにも残酷な話ですね。

なお、子孫のジョン「ジャック」セイヤーⅤ世という方が、アルバカーキの自宅近くでのタイタニック追悼展に最近出席し、話題を集めたそうです。

何と言いましょうか。

簡単に断ずる事は出来ないにせよ、生き残って幸せだったんだろうかと思わされてしまいました。

他の人は一体どうだったのでしょうね。

ちなみに事故後、最も長く生きたアメリカ人乗客のリリアン・アスプルンドさん(→link)という方(2006年5月7日死去・享年99)は、日常に戻ってからは生命保険会社に勤務したそうです。

これもまた、色々と考えさせられますね。

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