中国

ディズニー映画『ムーラン』の元ネタ・中国女戦士「木蘭」が強く支持された理由

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ムーラン(木蘭)
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彼女の生きた時代は『三国志』の終結後、魏晋南北朝です。

漢の時代から中国の気候は寒冷化しました。

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政治不安や群雄割拠があり、おなじみの大乱世が起こるのです。

・気候変動

・農業生産性の低下

・北方の民族が南下する

・政治的混乱

・相次ぐ戦乱

屯田兵制度への反発

こういった様々な要素が重なり、人口は激減。さらには南下する突厥族とっけつぞくとの戦いに対処を迫られる――そんな時代に彼女は生きていたのです。

実は、この突厥族を敵とする点が中国共産党としては、悩ましい政治問題に突っ込みかねないところでありまして……。

中国共産党の掲げる「少数民族」には、突厥の子孫にあたる人々も含まれています。

同じ中国人なのに、争うことにするとなると、実にややこしい。火種になりかねない。異民族と戦ったことで英雄視された人物を、どうするべきなのか?

これはしばしば俎上にあがる問題です。

南宋の名将・岳飛がくひはその典型例とされています。

彼が戦い抜いた相手とは女真族です。

2010年代の中国を代表する映画といえば『戦狼 ウルフ・オブ・ウォー』があります。

 

この主演・呉京(ウージン)は満洲族出身。女真族の後身が満洲族なのです。

漢民族の英雄を讃えると、女真族が悪役になる。それは満洲族を悪役にするということになる。どうしたらよいものか?

そこで……
「そんな政治的な話はともかく、岳飛は素晴らしいでしょう!」
という声は出てくるわけです。

中国共産党としては実に悩ましいものがあります。映画『グレートウォール』では、いっそのこと敵をUMAにするという解決策を見出しております。

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国境を跨ぐだけに、扱いが楽な民族もおりまして。

はい、日本です。

複雑な心境になるかとは思いますが、1970年代、ブルース・リー時代の中国語圏映画の方が遥かにえげつないものがありました。

1978年『少林寺VS忍者』あたりは、今見るとどういう顔をしたらよいのかわかりません。

こうした日本描写も、実は近年気遣いがあり、かつ時代考証が進化しております。

対倭寇に活躍した明の名将・戚継光は、対抗策として日本の剣術を導入しました。これは「戚家刀法」と呼ばれております。かつてよりも日本刀への対抗やルーツが出てきており、描写として進歩が見られます。

※戚家刀法の使い手が出てくる『黒衣の反逆』

日本人武術家との戦いにおいても、相手の高潔さが描かれるようになってきました。

1970年あたりの悪役日本人武術家は、本当にただひたすらゲスな描かれ方でしたから……。

 

話がムーランとずれてしまいましたが、中国映画にはその国ならではの悩みがあるとご理解いただければと思います。

ディズニーがギリギリを攻める一方、中国本土のものはUMAや妖怪と戦い続ける。

そういう流れをこれからも見守ってゆきましょう。

 

竜から鳳凰へ――ディズニーの進歩

アニメ版『ムーラン』はちょっと惜しいところもありました

 

アニメ版では、ムーランの守護キャラクターは龍のムーシュー(木須龍)でした。

それが実写版では、鳳凰(フェニックス)に変更されているのです。

鳳は雄であり、凰は雌。両方存在しますが、伝統的に男性である竜が皇帝、鳳凰が皇后の象徴です。

ヒロインには、竜より鳳凰。そんな中国伝統へのアプローチが、ディズニーには見られます。

竜から鳳凰への変更には、ディズニーが中国史を勉強しただけではない、そんなアプローチもあると推察できます。

悪役の魔女から、自分を偽っていると指摘されるムーラン。そんな彼女の頭上を飛ぶ鳳凰。そこからは、女性としてのまま、活躍を遂げる姿が感じられるのです。

木蘭は前述の通り「孝」が称賛された人物でした。

これもディズニーからすると、ちょっと悩ましいところではあるのです。

家に尽くす儒教道徳を強調されるとなると、これは女性の解放という視点と衝突します。

女性でも「ありのままに」生きてよい。そういうアプローチをしたいディズニーからすると、そこは衝突しかねないのです。

 

ここをどう処理するか?
だからこそ飛び立つ鳳凰なのか?

そこにも注目しましょう。

 

彼女の敵は、彼女――時代考証面での進化

ヒロインが戦う悪役にも、進化がみられます。

アニメ版は、男性のシャン・ユー(単于)です。

単于はただの君主号であり、固有名詞ではありません。

有名な例

冒頓単于(ぼくとつぜんう・固有名詞の冒頓+単于)

つまりアニメ版は「ラスボスの名前が“ラスボス”」というような、うっすらとした間抜けさがありました。

それが実写版では、魔女の仙狼(シェンニャン)に変更されています。

神秘的な力を持つ彼女は、異形のものに変身する能力を持ちます。それゆえ、故郷を追われてしまった悲しい存在でもあります。

“仙狼”(シェンニャン)の「仙」に悪い意味はありません。その能力にふさわしく、敬意を込めた名前がつけられたのです。

悪役でありながら、優れた能力や慈悲深さもある。そんな女性なのでしょう。

 

実写版ムーランはなぜ断髪しない?

アニメ版では、ムーランが男装のために断髪する場面が見どころでした。予告編にもあります。

ところが、実写版ではない。その理由は?

中国大陸を含めた東アジアでは、伝統的に【男女ともに長髪である】ことが当然であり、ジェンダーの差がないのです。

アニメ版も、実写版も、男性も長髪であり、髷を結い頭巾で包んでおります。

断髪とは……

・仏門に入ることを示す
・罰則で切られた

の象徴となることもあり、時代考証としては間違っているのです。

アニメ版の長さまで断髪すると、むしろ誤解を与えかねません。

伝統的には、男装ヒロインの特徴としては……

・化粧をしない(※時代と個人によっては男性もしましたが、あくまで例外扱い)

・裳(スカート)を履かない

・纒足しない(※魏晋南北朝にはまだない習慣)

・髪の毛は女性的な装飾品をつけずに、頭巾で包んでいる

といったものがあげらます。

伝統的に木蘭については、化粧をしたかったはずだ、眉を描きたかったはずだと思われることはあっても、髪の毛のことは触れられておりません。もとの詩でも、メイクをしてスカートを履いてやっと「女性だったんだ!」と驚かれております。

この面でも、ディズニーは進歩したようです。

※『少林サッカー』の男装選手は、中国文学伝統的存在、パロディと言えなくもありません

さて、ここであげられた頭巾をかぶるヒロイン像。これがなかなか重要な要素であり、これこそ木蘭最大の特徴と言える要素なのです。

 

木蘭こそ【巾幗英雄(きんかくえいゆう)】の祖

なんだかディズニーはがんばっているらしい。

だからといって、21世紀の価値観で中国の伝統をイジり回しててよいものか?

そういう疑念は湧いてくるかもしれません。

ご安心ください。
木蘭は、さんざん中国の歴史においてイジられて来ました。そこはきっと大丈夫です!

なんせ木蘭には、中国文学史においても重要な役割がありました。その点、ディズニーは、実によいところに目をつけたと思います。キャラクターとして最高の逸材であることを、中国文学史から見てみますと……。

戦う美少女・木蘭――彼女は、多くの人々の想像力を刺激しました。

「やはりこういう【孝】。これが泣かせるんですよね」

元々このような大義名分がありましたが、時代が降るにつれ、人々はもっと赤裸々に妄想を爆発させます。

「木蘭最高、もっとこういう戦う美少女が見たいです!」

「死なない程度に、女戦士におしおきされたい。そういう気持ちはありますよね!」

「そういうニーズに応えたい、それでこそ作家ですよ!!」

「美少女だけとか、レベル低いよ。強いお婆ちゃんも欲しいでしょ!」

ありのままに欲望を見せやがって……そう突っ込みたくなりますが、史実なので仕方ない。

中国文学史には【巾幗英雄(きんかくえいゆう)】という一大ジャンルがあります。

女性が【髪の毛をまとめる頭巾=巾幗をかぶった英雄】ということで、女戦士だとご理解ください。

木蘭は、このジャンルの元祖と言える存在なのです。

日本での知名度を踏まえますと『三国志演義』の弓腰姫・孫夫人、あるいは『水滸伝』の扈三娘あたりが有名でしょうかか。

ただ、活躍度からすると、彼女らでもまだまだ大人しいほう。

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