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ツヴィングリの肖像画(1531年)/wikipediaより引用

欧州 キリスト教

ツヴィングリに始まり、カルヴァンで極まる~スイスの【宗教改革五百年】

更新日:

1517年にドイツのルターから始まった宗教革命。

今年はその五百年目の節目にあたる2017年ということで、昨日までに
・イングランド(ヘンリー8世
・スコットランド(ジョン・ノックス
ドイツの宗教改革
オランダの宗教改革
の宗教改革事情をご報告させていただきました。

本稿はそのラストとなるスイス編。
ドイツと隣接しており、ドイツ語圏でもあるスイスは、そんな中でも早くから始まった地域にあたります。

中心となるのがツヴィングリカルヴァンでした。

 

ツヴィングリによる改革

スイスの宗教改革は、1519年から始まるとされています。
フリドリッヒ・ツヴィングリがグロースミュンスター教会にて、聖書読解を始めたことが端緒となりました。

ツヴィングリは村長の息子として生まれ、親戚には聖職者もいる家系。
鉱山労働者の子として生まれ、それを誇りとしたルターとは異なり、彼は幼い頃から神学にふれるエリートといえました。

なにせ14才でバーゼル大学にも入学しており、卒業後には従軍司祭として傭兵に同行。
戦火の悲惨さを目にし、戦争に反対するようになります。

そして同時代のエラスムス・フォン・ロッテルダムやルターの影響を受け、次第に改革に目覚め始めたのでした。

 

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内戦に巻き込まれて無念の戦死

ツヴィングリは、チューリヒにて「聖書主義」に基づいた改革を始めました。
1523年には、チューリヒ市参事会も彼の主張を認め、本格的な改革が進むことになります。

聖書主義とは、聖書に書いていないことはやらない主義のこと。
具体的に言いますと、以下のような点です。

・四旬節における肉食禁止廃止
・聖職者の結婚禁止解除
・修道院制度廃止
等々。

「宗教委改革ってえらそうなこと言うけど、結局は結婚したり、四旬節にソーセージを食べたりしたいだけじゃないの?」
そんなことを言われつつも、ツヴィングリは改革を進め、自ら結婚もします。

1529年、ツヴィングリはルターら他の改革者とも話し合い、ともに力を合わせようとしました。
しかし……。
「こんなミサの手順を考えたのは誰だあっ!」
「何を言うんですか。私の解釈でのミサの方が正しい。見せてやりますよ、ほんとうのミサをね!」
と、【ミサにおけるパンとワイン】の扱いで決裂してしまいます。

ただでさえわかりにくい宗教改革がさらにわかりにくくなるのは、このように考え型の違いで分裂するからなのです。

かくしてスイスの宗教改革をリードしてきたツヴィングリは、1531年、カトリックvsプロテスタントとの内戦で無念の戦死を遂げてしまいます。

カトリックの敵軍は、ツヴィングリの死体を探し出し、焚刑にしました。
しかし何故か心臓だけは燃え残った、と伝わります。

 

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フランスから逃れてやってきたカルヴァン

ツヴィングリの死後、カトリックとプロテスタントの派閥争いは現状凍結する和平が結ばれました(第二次カペルの和平)。

しかし、このままではいけないと考える者がいました。

「ツヴィングリは無念の死を遂げた……しかし、スイスの宗教改革は止まらないッ!」
まだ30前の、若き改革者ハインリヒ・ブリンガーです。

彼はチューリヒで改革を進め、もう一人重要な役割を果たしたのが、フランスからやってきたジャン・カルヴァンでした。

ジャン・カルヴァン/wikipediaより引用

カルヴァンは、ブリンガーと違い、当初はスイスで宗教改革をするつもりはありませんでした。

この時期のフランスに目をやりますと……。
宗教改革をともかく阻止すべく、流血と弾圧の激しい歴史が繰り広げてられている真っ最中。
そんなフランスから「教会を侮辱した檄文を記した罪」を問われ、火刑を逃れてジュネーヴにたどり着いたのが、カルヴァンだったのです。

要は、意図してジュネーヴに来たわけではないのでありまして。

そもそもは1535年に祖国を追われ、プロテスタントでも受け入れてくれそうな場所を転々とし、シュトラウビングを目指していました。
その途中、戦争を避ける為にやむなくルート変更し、前述の通りジュネーヴにたどり着いたのです。

 

熱意にほだされスイスに向かうも追い出され

1536年夏。
ジュネーヴ滞在中のカルヴァンの宿泊先に、ギョーム・ファレルという男がやって来ました。
カルヴァンは『キリスト教綱要』を出版しており、宗教改革の新たなる担い手として期待を集めていたところです。

「カルヴァンさん、あなたの著作を読みましたよ。お若いのにあなたは素晴らしい見識をお持ちのようで」
「光栄です」
「ところでジュネーヴにはどのくらい滞在するつもりですか?」
「旅の途中ですし、準備が出来次第出立する予定です」
「いやあ、それは残念。あなたほどの御方がいれば、ここでの改革も進むでしょうに」
「まあ、旅の途中ですから」
「なんとういうことだ! あなたほどの方がここに立ち寄ったのは奇跡のようなことであるのに、すぐに出立するとは! 私は自分のことよりも、キリストのことを寝ても覚めても考えています! なんとしてもジュネーヴで改革を実らせたい! 我々がこんなにも神に身を捧げているのに、カルヴァンさん、あなたは見捨てるという……」
「えっ、ええっ? わかりました。滞在しましょう」

ファレルは半分脅すようにカルヴァンを説得、そのまま留まらせました。

そしてカルヴァンはビシビシと改革を断行。
腐敗しきっていたジュネーヴ市民の生活を改めようとしました。

しかしカルヴァンの改革は厳格すぎて、次第に反発されるようになります。
結果、カルヴァンとファレルを快く思わない一派が選挙により台頭し、1538年にはついに説教禁止となり、さらには追放されてしまうのでした。

 

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帰ってきたカルヴァン

カルヴァンは、シュトラウビングへ向かいました。そもそもがジュネーヴ滞在は予定外のことでしたし、それも当然と言えます。
ところが……。

「やっぱりカルヴァン様が引き締めないとジュネーヴ市民は堕落します! 戻って来て下さい!」
「なんなんだよもう……」

カルヴァンは躊躇するものの、結局1541年にはジュネーヴに戻ることにしました。
帰還要請はジュネーヴ市民が身勝手だからというよりも、政治情勢の変化によるものでした。カルヴァン派が巻き返したわけです。

そんな助力を背景に「ジュネーヴ教会規則」を制定し、議会でも採択。
改革を進めると、フランスからユグノー(フランスのプロテスタント)たちが、カルヴァンを頼って逃げ込むようになります。

ジュネーヴ市民は「あの移民どもめ」と反発するのですが、彼らは勤勉で知識も豊富であったため、やがてジュネーヴでも受け入れられるようになります。

 

ツヴィングリに始まり、カルヴァンで極まる

カルヴァンは賞賛される一方で、敵も作りました。
彼が厳しく、狭量なことでも知られていたためです。

特に三位一体説を批判したミシェル・セルヴェを焚刑に処したことは、批判の対象になりました。

ミシェル・セルヴェ/wikipediaより引用

そんな風に敵を作りながらも、力強く宗教改革を進めたカルヴァン。
1555年頃までには盤石の体制をジュネーヴに築き上げます。

ツヴィングリに始まり、カルヴァンで極まる。それがスイスの宗教改革でした。
それにしてもカルヴァンがはじめはジュネーヴを通過するつもりであったのが面白いですね。
偶然が歴史を生むこともあるのです。

文:小檜山青




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