ちょっと想像して欲しい。
三英傑(信長・秀吉・家康)を描いたドラマで、織田信長がこんな台詞吐いたらどう思う?
「御仏のために、この地面に座って、天下人が死んだ悲しい物語。
どの戦いで斃れたか、戦争で討たれたのかを伝えようではないか。
幾人かは、自らが倒した敵の亡霊に憑依された。
他の者は妻によって一服盛られ、他の者は眠っているところを殺された。
結局、皆は殺されたのじゃ!」
なんだかテンション下がりません?
そりゃあ天下の道は遠いけど、信長自身も虚しい死を迎えるけど。
「だからってそんなこと言わんでも!」と思ってしまう。
しかし、イギリス人はそういう台詞が大好きなようです。
実はこの台詞、シェイクスピア作『リチャード二世』第二幕第三場の台詞のアレンジ版です。
台詞は、以下の動画からどうぞ。
21世紀現在。
英国王の興亡を描いたシェイクスピア歴史劇がBBCでドラマ化されまして。
タイトルが
『嘆きの王冠 ~ホロウ・クラウン~』。
まんま翻訳すると『空虚な王冠』です。
この時点でビックリ!
自国王の冠を「ハァ……、虚ろな冠だわ……」って宣言しますか!?
しかし!
このドラマは紛れもなく傑作です。
今回は、そんなドラマの元ネタとイギリス人王家への態度をちょっと扱ってみましょう。
目次
BBC『ゴッド・セイブ・ザ・クィーン』かけたるで〜
そもそもBBCはじめイギリス人は、王家をどれだけ尊敬しているのか?
まずはこのニュース。
「EU離脱も決まったし、国歌『ゴッド・セイブ・ザ・クィーン』をかけろや」と愛国政治家に迫られたBBC。
「せやな。ええ、かけますよ」
と堂々と続けたのが
「セックス・ピストルズ版をな」
というセリフでした。
◆「EU離脱を記念し、イギリスを取り戻すため放送終了時に国歌を流すべき」と保守政治家に要求されたBBCの返礼が最高にパンク | BUZZAP!(バザップ!)
この程度ならマシかも。いや、マジそうなんだってば!
BBC勤務経験もあるモータージャーナリストのジェームズ・メイは、『グランド・ツアー』という番組で女王役を救出するスタントで、その女優を射殺する動きを見せました。
で、メイ曰く。
「ぼくはアンチ王室、共和主義者だ」
ハハハハ、ブリティッシュ・ジョークだね――という番組の流れでしたが、見ているこちらは冷や汗ダラダラでした。
◆The Grand Tour presenters rescue 'the Queen' from hostage situation in episode two
こうした王室への態度温度差が、日英間で問題になったこともあります。
◆サルの名前は結局「シャーロット」、批判多数も英国王室の「お許し」が決め手に
2015年。
大分市の高崎山自然動物園が、誕生したばかりの赤ちゃんザルに「シャーロット」と命名。
それが英王室の王女にちなんだ名前だったので、日本人から「失礼な!」という声があがります。
https://en.wikipedia.org/wiki/Princess_Charlotte_of_Cambridge#/media/File:King%27s_Troop_Royal_Horse_Artillery_(16750107774).jpg
シャーロット王女誕生記念祝砲の写真
東洋では、皇帝や主君の諱を避けるものです(避諱)。
しかし、西洋、イギリスにはそんな風習はないわけです。
「え、むしろ日本の動物園、粋な計らいだよ」
あたりが、イギリス側の妥当な反応でしょうなぁ。
イギリス王室は、
「サルにどんな名前をつけるのかは、動物園の自由です」
とコメント。このコメントで問題は解決し、シャーロットと決まりました。
◆シャーロットちゃんのウワサ|スタッフブログ|高崎山自然動物園
無事に美女サルへと成長しております。
こういう【王室だからって別にタブーにしない感】を炸裂させているのが
『ホロウ・クラウン』
です。
見せ場をざっと紹介しましょう。
『リチャード二世』イケメンだけど、王は弱かった
リチャード2世は、百年戦争の伝説的英雄エドワード黒太子の子です。
ただ!
父譲りの強さはなく、華麗で軽薄。そういう人物でありました。
【関連記事】百年戦争
「イケメンだけど迂闊な王」は、政敵になりうる従兄弟のヘリフォード公ヘンリー・ボリングブルックに理不尽な処罰をしてしまい、ヘンリーが地位回復のため王冠まで奪ってしまう。そういうお話です。
正直なところ、このリチャード2世は迂闊です。そこは歴史通り。
ただ、圧倒的に優美で、王冠には青と赤の宝石、真珠がキラキラと輝いています。
※The Hollow Crown: Shakespeare's Richard II | Great Performances | PBS
ベン・ウィショー扮する圧倒的に美しい王。
これに対して勝負を仕掛けたヘンリーが、
「え、マジで俺、王冠簒奪しちゃうの? このイケメンから、こんなゴツい俺が?」
と戸惑う演技がみどころ。
王冠は美しく、被る王も美しすぎて、思わず引いてしまう――そんな美男のリチャード2世を、乗りに乗ったベン・ウィショーが演じているのですから、傑作に決まっています!
『ヘンリー四世第一部』うつけ王子、酔っ払いと遊ぶ
本作は、イケメンのリチャード2世から王位を奪ったヘンリー4世が主役。
生真面目な彼は、王位簒奪を未だに悩んでおります。
息子のヘンリー王子がうつけ。
遊び回ってどうしようもないのも、自分が王位を奪ったゆえの「罰」かと悩んでいるほどです。
貴族の反乱にも頭を抱えます。
※The Hollow Crown: Shakespeare's Henry IV, Part I | Great Performances | PBS
本作は、父より子のヘンリーが目立ちます。
ヘンリーは、シェイクスピア劇でも有名なコメディキャラ・フォールスタッフと飲んだくれては暴れている、うつけなのです。
※「みんな俺を馬鹿だと思っているけど、そのほうが覚醒してからスゴイんだよ」という有名なモノローグ
このうつけ王子が、反乱軍のホットスパーを撃破し、父王を感服させるまでが、本作です。
父王はジェレミー・アイアンズ。
息子王子はマーベル映画でロキを演じ、人気絶頂のトム・ヒドルストンです。
ホットスパー夫人は、『ダウントン・アビー』で人気のミシェル・ドッカリー。
うつけ王子が本気を出すプロットは、織田信長のようで日本人にもわかりやすく、受けるはず。
フォールスタッフのユニークな掛け合いも、かなり笑えます。
『ヘンリー四世第二部』うつけ王子、名将への道
本作は、
・父王が崩御し、
・王子が本気を出してフォールスタッフらを追い出し、
・即位するところが
クライマックスです。
しかし、これはある意味悲劇ではないでしょうか?
「虚ろな王冠」にふさわしい人になるため、王子は親友たちを投獄します。
それは、人間性の否定ではないでしょうか?
ずっと描かれて来た、明るく陽気で人好きのする王子は消え去り、そこに立つのは冷酷な王であり、名将の姿です。
『ヘンリー五世』激戦を制覇する英雄王
悪友を退けたヘンリー5世は英雄王となり、内乱を鎮圧したイングランドを出航。
百年戦争の対戦国フランスへ乗り込みます。
【関連記事】ヘンリー5世
イングランド王でも屈指の名将であり、「アジンコートの戦い演説」は、愛国心の象徴でもあります。
それでも、虚しさを混ぜるのがシェイクスピア流。
王に捨てられたフォールスタッフの悲しみ、侵攻されるフランスの大迷惑、夭折した王の葬儀。そこまで描きます。
ヘンリー5世が美しきフランス王女キャサリン・オブ・ヴァロワを娶る場面も見所でしょう。
ただ、彼の息子であるヘンリーの狂気は、この母親経由で流れ込むんですなァ。
皮肉よなあ。
『ヘンリー六世第一部』薔薇戦争、幕開け
ヘンリー5世の夭折後、物語は、ヘンリー6世の王位へ。
母方の祖父譲りの錯乱した王に代わり、政争に立つのはフランス出身の王妃マーガレット・オブ・アンジューです。
「黒人のソフィー・オコネドーが出てくる」と本作に対して文句のレビューを書いている人もいますが、作り手は、そういう方のことを想定していません。
彼女はこのドラマ女優陣でも屈指の名演をしております。
余談ですが、このマーガレットは『ゲーム・オブ・スローンズ』の主要人物であるサーセイ・ラニスターのモデルでもあります。
ヘンリー6世を支えるグロスター公ハンフリーは、ドラマ『ダウントン・アビー』や映画『パディントン』での名演技で日本でも人気のあるヒュー・ボネヴィルです。
しかもその妻エレノアは、『シェイプ・オブ・ウォーター』の主演であるサリー・ホーキンス! 豪華キャストです。
そんな中で、ランカスター朝が赤薔薇、敵のヨーク家が白薔薇を掲げ戦う、残酷な歴史が幕を開けます。
『ヘンリー六世第二部(第三部)』グロスター公、登場
'The days that we have seen' - The Hollow Crown: Henry IV Part 2 - BBC Two https://youtu.be/fYcFb6vCdjY @YouTubeさんから
無力でしかないヘンリー6世。
何もできないまま、残酷さも持つ王妃マーガレットが戦うものの、白薔薇ヨーク家が台頭してきます。
本作から目立ち始めるのが、ヨーク家のグロスター公リチャード。
あの人気俳優ベネディクト・カンバーバッチです。
イギリス人俳優なら一度は演じたい、リチャード役に全力投球。
実は、彼自身リチャード3世の子孫ですから、びっくりです。
◆Richard III's reburial: Benedict Cumberbatch reads at service – video
『リチャード三世』これぞ悪王の極み!
リチャード3世の子孫でもあるカンバーバッチ、ノリノリです。
シェイクスピア作品でも、リチャード3世はワルの華。
俳優なら一度は演じたいキャラでしょう。
【関連記事】リチャード三世
カンバーバッチと『SHERLOCK』で共演しているマーティン・フリーマンも、名演を披露しております。
リチャード3世は、シェイクスピアの悪意たっぷりの言動も素晴らしいのですが、何といっても視聴者に向けて語るのが最高。
カンバーバッチ本気の演技にしびれましょう!
しかし、本作でリチャード3世を斃すヘンリー7世。
実は、祖父オウエン・テューダーが、ヘンリー5世未亡人キャサリン・オブ・ヴァロワの愛人だった……その間に生まれたエドマンドが、王家からリッチモンド伯に任じられたから、というのが王位継承権の根拠のひとつです。
しかも、結婚相手にヨーク家のエリザベスを娶り、得点を稼いでいるのです。
要するに、正統性は薄いのです。
それでもシェイクスピア劇を見ていると、そうは思えないわけで。
そりゃあ、チューダー朝の女王エリザベス1世も、シェイクスピアを認めますよね。だって最高の宣伝係ですもの。
【関連記事】英国の薔薇戦争は意外なカタチで収束! 王位を巡って白と赤が激突
シェイクスピア人気の謎
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:CHANDOS3.jpg
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%82%AF%E3%83%99%E3%82%B9_(%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%82%A4%E3%82%AF%E3%82%B9%E3%83%94%E3%82%A2)#/media/File:MacbethAndBanquo-Witches.jpg
このへん『イギリス人ってよくわからないな』ってなるんですけど。
チューダー朝のあと、スコットランド系のスチュアート朝になると、
「これからはスコットランドブームだ!」
って『マクベス』を発表したんですよ。
が、この中身。
マクベスは極悪ですし、イングランドの援軍を率いた敵にあえなく打倒されます。
なんでや、スコットランド王アンチか!
※映画『マクベス』予告編
【関連記事】マクベスはそこまでワルじゃない? 実はよく頑張ったスコットランド王の統治事情
まぁ、エリザベス1世の時点で、その父『ヘンリー八世』を発表しちゃいますからね。
エリザベス王女誕生を祝う終わり方でゴキゲンを取ってはいますが。
長々と書きましたけど、イギリス人の王家への考え方は、シェイクスピア時代から独特ってことでしょうな。
そんなイギリスのびっくり土産。
「ヘンリー8世と6人の王妃マグカップ! 熱い飲み物で王妃が消えまぁす!」
流石にこれは趣味悪いわ!!
【関連記事】ヘンリー8世の離婚再婚離婚再婚でぐだぐだイングランド【宗教改革500年】
★
というわけで、自国王の冠すら、
「はぁ、虚しいわ……」
とタイトルで宣言。
名優が扮する王様も生ゴミ粉砕のように始末する『嘆きの王冠 ホロウ・クラウン』が絶賛オススメです。
シェイクスピアだし、歴史劇だし、お堅いんでしょ?
なんて先入観は捨てましょう。
王様の死に方は意外とそっけないし、神経をほぐせば結構笑えます。
なんといっても名優の共演揃い。これを見ずして、歴史劇好きとは言えないはず。
要チェックですぞ!!
文:武者震之助
【参考】
スポンサーリンク