イギリス 食・暮らし

イギリス料理をマズイと小馬鹿にするのはブーメラン~大英帝国の食文化考

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◆宗教改革がグルメを分ける

カトリーヌの時代は宗教改革とも一致していました。

彼女は、あまりにも強引な手段で、フランス・プロテスタントの息の根を止めにかかりました。

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こうした宗教改革の中、プロテスタントは禁欲的な傾向を強く押し出してきます。

ざっくりまとめるとこういうところでして。

・キリスト教由来でない宗教的行事はやらない

・聖母子像のような、チャラい芸術と信仰心は別物です

・生活はともかくシンプルにいきましょう

・欲望に耽溺するな! うまい飯、快楽を求める性生活、そういうナメくさったものはカトリックにやらせとけ!

一言でマトメれば
「飯なんてのは、食えればいいんだ!」
という思想が出てきました。

食事なんて質素なでいいだろう、となったのです。

前述の牛肉崇拝もチューダー朝あたりで進歩が止まった感があります。
金曜日からの肉断食が終わった日曜に、やっと食べるローストビーフ最高! そういう理由ですね。

これもフランス人からすれば、
「そこで停止か〜。肉の焼き方しか調理法を知らないイギリス人ってトレビアンですね〜」
と突っ込まれるネタになりますわな。

イギリスと一緒にするなという声があるかもしれませんが、プロテスタント国の食事はカトリック国と比べてイマイチという評価はあるものです。

カトリックから見たプロテスタント国の食文化イメージ

◆ドイツ語圏:芋とソーセージくらいにしかこだわりがないの?

◆北欧:まぁ、寒いし、プロテスタントだし……ねえ?

◆アメリカ:イギリスの元植民地……お察しください!

◆オーストラリア:お察しください!!

いや、こうした国にも美味しいものはありますけれどもね!

カトリック教国がこれですから、強すぎだ。

◆フランス:美食とは我が国の得意とするところよ

◆イタリア:美食なら任せてくれよな!

◆スペイン:海の幸おいしいよ〜!

◆ポルトガル:うちの海の幸も豊富だ〜!

勝負にならんのです。
確かにタコやイカは美味しいものでカトリック教国では定番でも、プロテスタントではそうではありませんね。

「あんなものは悪魔の食べ物だー!」
と、地理的な条件だけではなく、そんな不幸な思い込みがあったのです。

かつてイギリス海軍の軍艦には、牛が大量に積載されていました。

そんなことをするくらいなら魚を釣ったらいいだろ――なんてツッコミたくもありますが、肉でないとダメ。
士官クラスになればなるほど、そういう思い込みが強固にあったものです。

宗教改革は、食材の柔軟性を狭めたのです。

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イギリスの魚料理代表格ですか?
まぁ、フィッシュ&チップスあたりでしょう。

 

◆王妃がもたらす味もあったのだが

宗教改革の結果は、王室の婚姻関係にも影響を与えました。

結婚条件に改宗があると、二の足を踏むということになります。

イギリスを代表する飲み物「紅茶」も、チャールズ2世に嫁いできたキャサリン・オブ・ブラガンザの祖国ポルトガルからもたらされたものです。

キャサリン・オブ・ブラガンザ/wikipediaより引用

このチャールズ2世のスチュアート朝は、二度にわたる革命(清教徒革命・名誉革命)により混沌とします。

そのあとのハノーヴァー朝は、
「血統的にはほぼドイツ人だ」
と突っ込まれるほど。結婚相手がプロテスタントに偏った結果です。プロテスタント国でも、ドイツが圧倒的に多くなったのでした。

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結婚によるカトリック国由来の美味たる食文化がもたらされることが、イギリスからなくなったのです。

 

◆大陸が近いから持ってくればそれでいい

とはいえ、美食を味わいたい本能はあるものです。
貴族や王族となれば、その願いは金で叶えられます。

そして、こういうことになります。

「それならフランスから連れてくればいいじゃない!」

江戸時代の日本ならばわざわざ清から料理人を呼び寄せることはありませんが、そこがイギリスの強みです。

典型例が、ジョージ4世です。
彼の自慢は、フランスの伝説的料理人アントナン・カレームでした。

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ナポレオンや、彼の寵臣であるタレーランに、料理を振舞ってきたカレーム。
ナポレオン戦争後、だらだらと長びくウィーン会議で、諸国の代表者が退屈しのぎにしていたのが彼の料理でした。

アントナン・カレーム/wikipediaより引用

ウィーン会議は、ナポレオンに支配されていたヨーロッパを終焉へと導きました。

しかし、カレームのもたらした美味によって、食文化はフランスが支配。
かくして、ヨーロッパの宮廷は、次から次へと彼の定めた料理形式を導入するに至ったのです。

そんなウィーン会議を経て、ジョージ4世がカレームを料理長にすることには、勝利のトロフィーという要素もありました。

酒についてもそうです。

「ワインがあるから、それでいい。国内の酒? 別にどうでもいいでしょ」

そういう扱いでした。
ワイン、ジン、ラム……輸入や植民地頼りが多かったものです。

今でこそイギリスを代表するウイスキーですら、
「貧しいスコットランド人やアイルランド人が、脱税のために密造し、コソコソ飲んでいるダサい酒」
という扱いでしたから。

ナポレオンの「大陸封鎖令」やブランデーの原料が病気により大打撃を受けた結果、ウイスキーが注目されただけなのです。

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ある意味、偶然が重なったウイスキーは幸運でした。

しかし、料理は違います。
輸入頼りの結果、イギリス伝統料理は長いことブラッシュアップされませんでした。

 

◆悪質な労働環境が決定打となる

イギリスの伝統的な郷土料理はよいものです。

庭から摘み取ったハーブを使い、自然と調和するレシピ。
猫のしっぽ カエルの手』でおなじみ、イギリス出身のベニシア・スタンリー・スミスさんの紹介する料理の美味しいことときたら。心温まる味です。

イギリスの田園には、そういう味があるものですが……。

大英帝国反映の影で、都市部では味覚と料理法が壊滅してしまいます。

「仕事、仕事、仕事だー、飯なんか構ってられん!」

「もう、生きていられるだけでありがたいのかも……」

「飲んだくれすぎて、味なんかわからなーい!」

産業革命の結果。
悪質な労働環境によって、都市部のイギリス人は料理法を忘却するほど追い詰められたのです。

飯なんて食えればいい。そういう時代でした。

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こうした流れが、上流階級にまで到達します。

アッパークラス、貴族の子弟が通うパブリックスクールは、味覚と料理法が破壊した、そういう料理人が雇われます。
そこで「贅沢は甘えにつながる」という教育を受けた貴族子弟が、爵位を継ぐわけです。

彼らの味覚は育っていない……。
かくして、階級を問わず残念な方向へと食事が向かっていくのです。

戦時中の食料規制。
国民性だからもう自虐でネタにしちまえ、飯がまずいからこそメリットもあるかもしれないし……そういう流れが確定してゆく歴史。

壮観と言いますか、ただただ驚いてしまいます。
神がブリテン諸島を舞台に、味覚の実験をしたかのような結果です。

ただし!
これは断言しておきますが、イギリス料理はまずいだけではありません。

ベニシアさんのレシピ然り。
大使館公開レシピ然り(クックパッド)。

作ってみれば、なかなか美味しい。
紅茶にせよ、ウイスキーにせよ、その味を知れば、イギリス人の味覚がおかしいと言えるはずもありません。

そしてこれも重要な点。
ヴィクトリア朝の例をみれば、労働環境や劣悪な生活が、食生活すら破壊することがわかります。

現代の日本はいかがでしょうか。
あなたは美味しい食事を食べていますか?

牛丼をかっこむ。
コンビニ飯頼り。
スーパーの値下げ弁当を狙う。

料理?
食べられればいい。
そんな生活ではありませんか?

その果てにあるのは、食と幸福の荒廃なのです。

豊かな生活がなければ、豊かな食文化も生まれません。
そのことを考えていきたいのです。

 

拡大する大英帝国とその食

かつて世界史に類を見ないほど広大だった大英帝国。
それも食の観点からジョークにするとこうなります。

「イギリスにいても、ろくな食べ物がないから領土を広げた」

これはあながち、ジョークとも言えないものがありまして。
ブリテン諸島の気候や風土は、農業に適しているかというとそうとも言い切れません。ヨーロッパの穀倉地帯であるフランスと比較しますと、それはハッキリとしています。

その拡張の嚆矢は、アイルランドでした。

17世紀に支配を始めたイングランド人の目から見ると、アイルランド人は野蛮で牧畜ばかりをしている非効率的なもの。
そこで、イングランドから農耕技術を取り入れ、穀倉地帯としたのです。

このことは、のちに悲劇をもたらします。

ジャガイモが病気感染によって壊滅的な打撃を受けたにも関わらず、イングランドの穀倉地帯として食物輸入を続けたのです。
イングランドとアイルランドの対立は、かくして始まりました。

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その一方で、スコットランドでは真逆のことを行います。

小作人に農業をさせるよりも、牧畜をさせたほうがいい。
そう強引に追い払ったのです。

土地清掃」です。

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土地清掃や主教改革の結果、ブリテン諸島の人々は新大陸を目指します。

それがアメリカでした。

 

帝国の食卓には血のにおいがつきまとう

アメリカ大陸の植民地からは様々なものがもたらされました。

サトウキビの栽培は、その最たるものです。
砂糖、そしてラム酒はイギリスの食事を豊かにしました。

しかし、それもアフリカ大陸から連れてきた奴隷労働あってのこと。
紅茶に加える味覚として、砂糖は好まれました。

インドの茶葉。
アメリカからの砂糖。
18世紀後半ともなると、もはやイギリスの食卓は植民地なしでは成立しなかったのです。

「あなたが飲んでいる砂糖入りの紅茶。それは奴隷の血と汗で作られているのではありませんか?」

ナポレオン戦争前夜、18世紀末。
一人の男が、こう訴えます。

奴隷制度廃止を訴えたウィリアム・ウィルバーフォースでした。

ウィリアム・ウィルバーフォース/wikipediaより引用

 

奴隷の血に染まったものが食卓に登っているなんて!
衝撃を受けたイギリス人は、ウィルバーフォースの訴える奴隷制廃止に賛同の署名を集めるのです。

こうした世論を背景に、ウィルバーフォースの尽力により、イギリスでは1807年「奴隷貿易法」が成立します。
奴隷貿易廃止への、偉大なる一歩でした。

その功績を称え、「首相官邸ネズミ捕獲長」にも彼の名が使われております。

吾輩は「首相官邸ネズミ捕獲長」である イギリスで働くニャンコ公務員である

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こうして書くと、イギリスは植民地からの搾取を反省したかのように思えますが、そういう単純な話でもありません。

茶葉の生産地であるインドは、穀倉地帯とされました。
もたらされていたのはカレーやタンドリーチキンだけであったはずがないのです。

結果、インドでは世界市場屈指の人道的な危機が何度も訪れます。
頂点に達したのは、ウィルバーフォースの後、ヴィクトリア朝でした。

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食文化を通しての支配と破壊

大英帝国の拡張は止まりません。

それは、食文化を通しての支配ということでもあります。
輸入過多でインドやアイルランドに深刻な飢餓をもたらすだけではない。そんな害悪も広まってゆきます。

1859年、イギリスの植民地であったオーストラリアに、狩りの獲物として24羽のウサギが持ち込まれました。
ウサギは食品としても消費できます。

これがおそろしい結果をもたらします。
天敵不在であったため、爆発的に増加し、生態系を破壊してしまったのです。

現在も続くオーストラリアのウサギ駆除をめぐり、こんな意見が飛び交うことがあります。

「日本人にクジラを食うなと言う西洋人が、オーストラリアのウサギ殺しを黙認している!」

全く論点がずれていることをご自覚ください。
これは外来種駆除と動物保護の一環です。動物愛護や駆除は「かわいそう〜」という感情ではなく、生態系保護の観点からの検討も必須です。

こうした生態系の変化は、動物だけではありません。
穀物もそうでした。

多くの人々を飢餓から救った、南米大陸由来の食べ物。

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唐辛子が国民食キムチを作り上げた韓国。
このような幸福な例だけではありません。

ケニアに住むキクユ族は、温厚な性質でした。

ケニアに住むキクユ族/wikipediaより引用

彼らを支配したイギリス人は、労働者として動員を始めます。
それだけではなく、食料としてトウモロコシを中心とした、安い穀物を食べさせることにしたのです。

豆や他の穀物栽培は規制され、重労働をトウモロコシの粥をすすりながら行う羽目になったキクユ族の男性たち。
彼らは栄養不良に陥り、病に倒れていきます。ビタミンがあまりに不足していたのです。

植民地の人々が栄養不足で倒れようとも、支配する側はさしたる関心を払いませんでした。

伝統食である「イリオ」のレシピすら、もはや崩れていきます。

かつてはプランテンやンジャヒ(フジマメの一種)で作られていたもの。
それが、ジャガイモ、トウモロコシ、豆で作るようになってしまいました。伝統が伝統でなくなったのです。

これぞ帝国主義による食の支配です。

 

この問題はイギリスだけのことだろうか?

「なるほど〜、イギリス人の帝国主義と食文化は破壊的ですね!」
という結論に至らないようにお願いします。

これは植民地や帝国主義のもたらしたことなのです。

ケニアのイギリス支配と似た構図が、和人によるアイヌ支配にもありました。

明治政府は、アイヌの伝統的な狩猟と採集を野蛮とみなし、その代わりに農耕を強制したのです。
結果、キクユ族と同じ問題が起きています。

食生活が変貌し、栄養バランスが崩れ、病や栄養不良に倒れた犠牲者が数多く出ているのです。

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植民地で鉄道網はじめ、交通インフラを支配したという恩恵は、よくある語られることではあります。

それはこの一言で終了です。

「私たちの国から食料を運ぶための交通網に、感謝しろって?」

インドから見たイギリスがそうであるように、朝鮮半島や台湾からすればそうなります。

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ベルギーの名産品といえば、チョコレートです。

これも、歴史的経緯を踏まえると、あまり食べたくなくなるかもしれません。

この悲劇は、ゴムだけの問題ではありません。
カカオもコンゴからもたらされ、その結果があのベルギーチョコレートなのです。

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「貧しいあいつらに穀物を売ろう!」という問題。
日本は被害者側とも言えなくもありません。

アメリカの思惑による小麦の推奨と、食料自給率の低下、そしてこの国民食の台頭。
そこにはあきらかに相関関係があるのです。

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現在問題視されているマグロにせよ。
クジラにせよ。

「捕鯨はあんたたちもしていたはずだ。口出しをされる筋合いはない!」
そんな意見が出てくるとは思います。

ただ、そういう食文化を通した環境破壊に、植民地主義という過去がある欧米諸国が反発することには、反省と改善という大きな動機もあるのです。

思い切り好きなもの、美味しいものを食べたい!
食べ物を売ってお金を儲けたい!

そういう気持ちは、人類にはずっとあったと言えなくもありません。
結果、破壊や痛みをもたらしてきました。

そんな歴史があればこそ、そのことを反省し、改善すべきだと21世紀には考えられるようになったのです。

あなたの食卓は、あなたのものです。
何を食べてもいい。
それはその通りです。

しかし、少し考えてみてもいただきたい。
実は世界とつながっているということを。

だからこそ何かしなければいけない。自分でもできることがある。

そう考えてみてはいかがでしょうか。

文:小檜山青

【参考文献】
『大英帝国は大食らい』リジー・コリンガム
『お好み焼きの物語』近代食文化研究会
『日本の洋食』青木ゆり子
『図説 英国紅茶の歴史』

 



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