ヴィクトリア女王

ヴィクトリア女王/wikipediaより引用

イギリス

ヴィクトリア女王ってどんな人? 大英帝国全盛期の象徴と人間くさい素顔

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ヴィクトリア女王
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最愛の夫・アルバートとの結婚

ヴィクトリアの結婚相手は、ザクセン=コーブルク=ゴータ公子アルベルトでした。

彼女はイケメンに弱く、相手が美形だと評価が甘くなることが、日記を読むとわかります。

アルベルトのイケメンぶりに、ヴィクトリアはすぐに惚れ込み、亡くなるまでの17年間、熱烈に愛し続けたのでした。

ヴィクトリアとの結婚で、英語読みのアルバートと名乗るようになった彼には、自由も妻との新婚生活を楽しむ余裕もありませんでした。

生真面目なヴィクトリアは政務を優先してしまい、新婚旅行も甘い生活もおあずけだったのです。

おまけに外国からやってきた彼には宮廷内に居場所もなく、孤立。

そんな二人ですが、子宝には恵まれました。

結婚生活の17年間に4男5女を授かります。

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これだけ子宝に恵まれたのも、ヴィクトリアが健康であったことも大きいのでしょう。

女王の侍医たちは女王の苦痛をやわらげるため、世界初の無痛分娩を行ったといわれています。

夫妻の家庭は当時の理想とされましたが、女王本人は「うまれたての赤ん坊は醜くてかわいいと思えない」というなかなか辛辣な言葉を日記に書き残しています。

この出産ラッシュに救われたのはアルバートでした。

夫のアルバート/Wikipediaより引用

女王の妊娠出産の間、女王の補佐役として注目をあびたのです。

補佐としてふるまううちに、アルバートの高い政治能力が周囲にも目に見えるようになりました。

アルバートは女王のお気に入りであったメルバーンと対立したピールが苦手でしたが、アルバートはピールの政治力を見抜き、女王に推薦します。

メルバーンからピールへの政権交代がスムーズに進んだのは、アルバートの尽力もあったのです。

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ウェディングドレスが白いのもヴィクトリアが由来

ウェディングドレスといえば白が定番ですが、実はこれもヴィクトリア女王の結婚式が由来です。

それまでのドレスは、花嫁が持つ気に入ったドレスであればどれでもよかったため、特に色は指定されていなかったのです。むしろウェディングドレスに白はあまり用いられていませんでした。

ところが、女王が敢えて白を用いたことで当時の富裕層を中心に人気の色となり、定番色として定着するまでになったのです。

木の化石である宝石の一種「ジェット」も、ヴィクトリア女王が夫の喪に服した際に用いたことから人気が出たと言います。

彼女のファッションは世間の女性にとって注目の的でした。

 

最愛のアルバートを、無能なアルバートが殺した!

ヴィクトリアもアルバートもきまじめな性格でした。

が、長男のアルバートは親には似ない奔放な性格でした。

ヴィクトリアの伯父にあたるジョージ四世もかなり遊び好きな性格でしたから、そちらに似たのかもしれません。

両親にとって長男アルバートは悩みの種であり、ヴィクトリアは我が子を「無能」と呼んでいました。

ここからは、二人もアルバートが出てきてまぎらわしいので、便宜上、王子の方を愛称の「バーティ」と記します。

バーティは在学中のケンブリッジ大学でも悪友とつるみ、学則違反をするという苦情が学寮長から寄せられました。

当時ケンブリッジ総長をつとめていたアルバートにとってこれほどの屈辱はありません。

大学まで出向き、息子を叱りつけねば気が済みません。そして……。

アルバートは激務続きで体調を崩していたにも関わらず、大学へと向かいます。

そして我が子に小言を言ってから戻ってくると体調を崩し、そのまま帰らぬ人となります。1861年、アルバート公はまだ42歳の若さでした。

早すぎる夫の死にヴィクトリア女王は悲嘆にくれ、その怒りはアルバートの死の一因となった我が子バーティへと向けられます。

ヴィクトリアはバーティを無能と決めつけ、「あんな無能な男に政務なんかできるわけがない!」と政務から遠ざけてしまうのでした。

バーティも母に反発し、煙草嫌いのヴィクトリアの前で、これみよがしに葉巻を吹かしたと伝わります。

バーティー/Wikipediaより引用

バーティはのちに、絶世の美女と名高いデンマーク王女アレクサンドラを妃として迎えてからも、享楽的な生活をやめる気配はありませんでした。

アレクサンドラは伝説的な美貌で知られるオーストリア皇后エリザベートにも匹敵すると言われたほどの美貌の持ち主であり、ヴィクトリアもこの嫁を気に入っていました。

これほどの美女を嫁として迎えながらも遊び回るバーティに、ヴィクトリアはますます怒りをつのらせます。

一説によれば、バーティの愛人は百人を越えたとか。

バーティの愛人の一人にアリス・ケッペルという女性がいましたが、彼女はチャールズ皇太子の愛人であり、のちに再婚したカミラ妃の祖先にあたるそうです。

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