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サン・バルテルミの虐殺/wikipediaより引用

フランス キリスト教

結婚式を機に国土全体で大虐殺!「サン・バルテルミの虐殺」からユグノー戦争へ

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お呼ばれマナーというのはなかなか面倒なもので、とりわけ結婚式における験担ぎはウンザリするほど多いものです。

のし袋の水切りは結び切り。
招待状への返信には句読点を使わない。
女性のドレスで二色のものは駄目……等々、おめでたい席だから、ともかく縁起の悪いことは駄目、ということですね。

しかし、これは平和な世を生きる現代人だからこその考え方です。

「結婚式? 招待客多いじゃん! 謀殺に最高のシチュエーションじゃん!」
乱世ともなれば、そんな逆転の発想を企む者が出てきます。

2016年度大河ドラマ『真田丸』でも、祝言の場が暗殺に利用されていました。
黒田如水の妹夫妻も、祝言で殺されてしまいました。

中でも極めつけは、結婚式のはずが“国土全体が虐殺”になってしまったという「サン・バルテルミの虐殺」ではないでしょうか。

 

アンリ二世の娘・マルゴ王女は絶世の美女だった

この悲惨な結婚式の花嫁は、マルゴことマルグリット。
1553年のフランスにて、アンリ二世とカトリーヌ・ド・メディシスの三女として生まれました。

カトリーヌはさほど美人とは言われていませんでしたが、マルグリットは絶世の美女であり、周囲から可愛がられました。
両親からは賢さも受け継いでおり、語学も哲学もよくこなしました。

そんな美少女ですから、誘惑も多かったのでしょう。
マルゴは密かにギーズ公アンリと恋仲になりました。

この恋を知った母親のカトリーヌは、マルゴをベッドから引きずり出します。

「何てことをするのよ!」
カトリーヌとアンリ二世は娘を叩いてしかり飛ばし、ギーズ公アンリを宮廷から追放したのでした。

マルゴことマルグリット・ド・ヴァロワ/wikipediaより引用

 

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カトリックとプロテスタントを結ぶ婚礼

マルゴの初恋は終わりました。
19才になった彼女は、カトリーヌによって政略結婚をさせられます。
お相手はナバラ国王のアンリです。

ナバラ王国はピレネー山脈にある小さな国で、プロテスタントを信仰していました。
当時激化していた宗教戦争を緩和するために、カトリックのフランス王家と、プロテスタントのナバラ王家が婚姻によって結ばれようというわけでした。

アンリvsアンリvsアンリってなんじゃい!? ややこしすぎるフランスの宗教戦争【その日、歴史が動いた】

この婚礼がうまくいけば、両者は関係改善されたでしょう。

うまくいけば……。

 

めでたいはずの結婚式が惨劇の場に

1572年、8月24日。
その日は聖バルトロマイ(フランス語でサン・バルテルミ)の祝日前日にあたりました。

めでたい婚礼のため、招待客が続々とパリへ。
その中には、マルゴの初恋の人であるギーズ公アンリの姿もありました。
そして、ユグノー派指導者のガスパール・ド・コリニー提督の姿も。

ここで事件が起こります。
コリニーが窓の下を通過中、狙撃手が彼を撃ったのです。

致命傷を負わなかったものの、事態はこれでおさまりません。

「怒ったユグノー派が殺しにくるゾ! 殺られる前にやれ!」
マルゴの兄・国王シャルル九世とその側近、そしてカトリーヌはそう判断し、先手を打つことにします。
コリニーの元にギーズ公アンリの兵を送り込んだのです。

ギーズ公アンリは、父の暗殺に関与したとされるコリニーを憎んでおり、兵たちがコリニーの元へと殺到。
病床で治療にあたっていたコリニーは敢えなく惨殺され、首を落とされてしまいます。
胴体はバラバラにされ、焼き捨てられました。

カトリーヌは、これで殺しの連鎖を止めたかったのかもしれません。
しかし逆効果でした。

「ユグノーの指導者が殺されたということは……」
「ユグノーを殺していいってことだろう!」
そう考えたカトリックたちは荒れ狂ってユグノー教徒を虐殺し始めるのです。

パリだけでも2千人から1万人。
この「サン・バルテルミの虐殺」と呼ばれる惨劇は、フランス全土に広がって「ユグノー戦争」へと発展し、各地で殺戮されたプロテスタントの数およそ5万人とされています。

一体これはどういうことなんだ?

フランス全土のみならず、ヨーロッパ中が恐怖のドン底にたたき落とされました。
宗教戦争のもたらした惨劇は続き、最終的には300万人が犠牲になったと伝えられます。

フランス人が“トコトン争う”という性質も影響したでしょう。

また、豊かな穀倉地帯を持つフランスはそもそも人口が多いため、内戦が起こると犠牲者数が莫大なものとなります。

 

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不幸な結婚式の後、どうなったの?

ここで忘れ去られがちなのが、結婚式をぶちこわされたナバル王アンリと王妃マルゴです。

アンリは虐殺の最中、カトリックに改宗してやっと命が助かりました。
マルゴは虐殺の最中、寝室に逃げ込んで来たプロテスタントを匿いました。

カトリーヌは娘のマルゴにこう尋ねます。
「結婚はなかったことにしましょうか?」

するとマルゴは断りました。
「母上、もう無理です。私たちは既に閨をともにしています!」

しかし、ここで断っていたほうが、彼らは幸せだったでしょう。
こんな酷い目にあえば当然といえば当然ですが、二人の仲は冷え切ってしまいました。口論を繰り返し、互いに公然と愛人を作るのです。

 

結局2人は離婚 マルゴは「淫乱マルゴ」と呼ばれ……

二人の間に子は産まれず、アンリは離婚しようとします。
しかしそうなると、カトリック教徒ですのでなかなか面倒なことになります。

そこでアンリは、カトリーヌの実家であるメディチ家(フランス語読みはメディシス)からマリーを娶ることにしました。
莫大な財産を持つメディチ家であれば、離婚のためにローマ教皇にもかけあってくれるだろうと読んだのです。

これは当たりました。
アンリとマリーの間には無事世継ぎが生まれ、彼がのちのルイ13世になります。

多くの愛人を作ったマルゴは、彼らとともに悠々と生き、かなりの長寿を保ちました。

マルゴは「淫乱マルゴ」と呼ばれてあきれられるほどでした。
しかし、結婚式を実母、実兄、初恋の人に、よってたかって無茶苦茶にされたのです。
タガが外れてしまったところで誰がマルゴを責められましょうか。

結婚式で新郎が新婦の右側に立つのは、右手に剣を持って新婦を守る為だそうです。
しかし歴史的に、ぶち壊された結婚式を見ていると、守る間もなくアウトなのではないかという気がします。

襲撃相手は多人数で飛び道具。
剣を持って守るなんてトロイことを言っていないで、謀略をめぐらせ事前に察知するのがよいでしょう。
いやいや、その前に宗教的対立は避けてしかるべきですよね。

文:小檜山青




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【参考】

 

-フランス, キリスト教

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