漫画『ヒストリエ』(著:岩明均)より引用

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漫画『ヒストリエ』で97%の読者がのけぞった「ば~~っかじゃねえの!?」真相

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“王様ゲーム”で頭角を現したキュロス

“牛飼いの子”はスクスクと成長した。
誰にもその出生を知られることなく……。

しかし、10歳になったとき、ひょんなことからその素性が明らかになってしまう。

キッカケは、“王様ゲーム”である。

と言っても、現代のように「○番が△番にチューする!」みたいな破廉恥なゲームではない。

一人の王を選んでみんながそれに従う――おままごとを少し本格的にした遊びであり、当時の子どもたちの間で流行っていたものだ。

牛飼いの子はこの“王様ゲーム”で王に選ばれ、言うことを聞かない貴族の息子を鞭で打つという、迫真の演技を見事に演じきってしまった。

鞭打たれた貴族の息子は、アステュアゲスに言いつけた。

「王よ、あなたの牛飼いの息子からこのような狼藉を受けました」

子どもの喧嘩まで仲裁しなければならないのですから、王様も楽な商売じゃない。アステュアゲスは牛飼いの子を呼びつけ事情を聴いた。

「お前は賤しい身分の子どもなのに、わしの重臣の息子に狼藉を働いたのだな」

牛飼いの子は胸を張ってこう答えた。

「みんなはちゃんと僕の言いつけを守ったのに、こいつは守らなかった。みんなが僕が王に向いていると思い、僕を王に選んだのに」

10歳にしては堂々としている牛飼いの子を見て、アステュアゲスは感心する一方、不審に感じた。

なんだか顔に見覚えがある。

自分や、娘のマンダネの面影があるような……指折り数えれば、捨て子にした孫と年齢が一致する?

すっかり気が動転したアステュアゲスは、牛飼いを呼びつけ、問い質した。

牛飼いは観念し、すべてを洗いざらい白状した。

「王よ、彼はあなたの孫、キュロス様です」

アステュアゲスは真実を述べた牛飼いにはさして気を留めなかったが、任務を果たさなかったハルパゴスには怒りを覚えた。

が、面には表さず、ハルパゴスをねぎらってこう言った。

「ば~~~~~っかじゃねぇの」ではない。

「わしもあの子に加えた仕打ちについては痛く悩んでおったし、また娘からも恨まれて心安らかでなかった。幸い運よくかようなめでたい結末になったのであるから、お前の倅を、生きて帰ってきたあの子のところへよこしてやってはくれぬか。また子どもを救ってくだされた神に、命拾いのお礼にお祭りを務めたいと思うから、わしのところへ食事に来てくれ」
――ヘロドトス『歴史』より

ハルパゴスは、内心肩の荷が下りた気持ちで王の晩餐に呼ばれたことだろう。

しかし、そこに生き地獄ともいうべき凄まじい仕打ちが待っていた。

肉料理をたらふく堪能した後、よろしければお代りはいかがですか、と差し出されたのは自分の<息子>の残りのパーツだったのだ。

 

数十年越しの復讐劇

ハルパゴスのすごいところは、ここで眉ひとつ動かさなかったことだろう。

「王のなされることにはどのようなことでも、私は満足でございます」

そう頭を下げ、残った肉をお土産にして屋敷へ持ち帰ったのだ。最愛の息子を埋葬するために……。

ハルパゴスはその後も、何食わぬ顔で一層の忠義に励み、アステュアゲスの信頼を勝ち得る。

その一方で、重臣たちやメディア王国に支配された人々に入念な根回しを行い、徐々に味方を増やしていった。

「あいつ、娘のおもらしの夢ばっか見てるやん。王様としてアカンやろ!」という内容だったか否か。

キュロスにもウサギの腹に手紙を仕込んで送り、反乱を唆す。

決めてはやはりこれだろう。

「あなたを赤子のときに殺そうとしたのはだれか、思い出せ!」

ハルパゴスは耐えた。

キュロスが成人し、ペルシア人たちを味方につけ、メディア王国に対して反乱を起こすまで。

数十年以上、じっと耐えた。

そして、その甲斐があった。

キュロスの反乱を鎮圧するため、自分が総司令官に選ばれたのだ。

そこで華麗な裏切りを決めて、敵のキュロスを勝利に導き、アケメネス朝ペルシア建国の一翼を担ったのである。

ここでこの台詞の登場です

キュロスという男は、かなりの度量だった。

アステュアゲスには何も危害を加えず、死ぬまで自分のもとに置いたのだ。

彼はペルシアを侵略したリディアを返り討ちにして征服した時も、リディア王クロイソスを殺さず、参謀として遇している。

 

ハルパゴスとメディア王のその後

ハルパゴスはその後も、キュロスの片腕として活躍したようだ。

彼がヘロドトスの『歴史』に初登場するのは、リディアの首都サルディス近郊で、キュロスが前述のクロイソスと対峙した時のこと。

キュロスはリディアの騎馬部隊が予想以上に精強なことに恐れを抱いていた。

するとハルパゴスが、ラクダ騎兵を編成してこれに当たらせるという策を勧める。

馬はラクダの体臭を嫌うからだ。

と、この策が大当たり。リディアの騎馬部隊はキュロスのラクダ部隊と遭遇するや否や戦わずして四散してしまった。

この策は後年、ローマや十字軍を相手にも採用され、戦果を挙げている。

騎馬隊にはラクダ騎兵――これ、中東で戦うときの豆知識。

またキュロスは、当初、対イオニア(小アジアのエーゲ海沿岸部)戦線の司令官にマザレスという男を任命していたが、彼が病死すると後任にはハルパゴスを指名。

ハルパゴスは相手を街に追い詰め、城壁の前に土を盛って攻略する“盛り土”作戦でイオニアの諸都市を征服したと伝えられている。

やなぎ ひでとし・記

【参考】
『ヒストリエ(1)』岩明均:講談社(→amazon link

『人気「歴史・戦国マンガ」100の真相』武将ジャパン編(→amazon link

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