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【エヴァリスト・ガロア】
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「民衆のために僕が死んでもいい」
当時のフランスは、王政復古により復活したブルボン家と市民の間でまたしてもドンパチが起きており、不穏な情勢が続いていました。
その空気は各教育機関にも入ってきており、ガロアのような若者たちも無関係ではありません。
師範学校の校長はそれを許さず、ガロアたち生徒を校舎に閉じこめて日和見を決め込んだこともありました。
これに対し、ガロアは校長への反発を隠さず、学校新聞で堂々と非難します。
校長も校長でこれにブチギレ。
ガロアを退学処分にしてしまいました。大人げないなあ。
チカラづくの解決は、相手が正論であることを認めるも同然だと思うのですが、気づかなかったんですかね。
とはいえガロアの数学の才を惜しんだ人がおり、別の場所で論文の発表や数学の講義をする機会を得ることができました。
本人はその程度では満足できず、私生活では相当荒れていたようで、
「民衆のために誰かが死ななくてはならないというなら、僕がなってもいい」
とまで言っていたとか。
立った……。
フラグが立ってしまいました……。
日本でいう言霊にあたるものがフランスにあるのかどうかわかりませんが、ガロアの言はやがて近い形で現実となります。
ときの国王であるルイ・フィリップをぶっコロスぞ!といわんばかりの言動をしたため、当局に目を付けられてしまったのです。
一度は弁護士のおかげで無罪になりながら、その後も度々反抗的な言動を繰り返したため、結局お縄に。
刑務所内でもその態度は変わらなかったらしく、他の囚人からいびられることも多々あったそうです。
姉や弟が何度か面会にいったときも、ひどく不健康で老け込んでいたように見えたといいますから、さしものガロアも堪えていたのでしょう。
たまには気の合う知人が来てくれていたそうなので、気分的には多少マシだったかもしれません。
パリ近郊の沼地で決闘! 敗北して放置される
その後、病気になったため療養所へ移り、なぜかそこでアバンチュールな出来事があったらしく、失恋の苦しみを友人に書き送っています。
当時のパリではコレラが流行っていたそうなんですが、元気な病人ですね。
さらに、手紙の四日後にも別の女性と何かあったらしく、彼女を巡って二人の男に決闘を申し込まれています。
5月30日の朝、パリ近郊の沼地でその決闘は起こられました。
ガロアはものの見事に敗北。
しかもその場で放置されてしまったそうです。
通りすがりの善良な農夫により病院へ運んでは貰えましたが、夕方には腹膜炎を起こし、翌31日に息を引き取ります。
腹膜炎とは腹部の臓器全体を覆っている膜に炎症が起きるもので、このあたりの内臓が炎症を起こした場合に起こりえます。
ということは、おそらく腹部に相当深く大きな傷ができていたのでしょう。その状態で沼地に傷をさらしていたら、病気にならない方がおかしいというものです。
破傷風や敗血症などで、長期間苦しんでから死ぬよりはマシだったかもしれませんが……。
弱冠20歳の天才の死は多くの人に惜しまれ、2~3,000人もの人が葬儀に訪れたといいます。
ただし、その後の混乱でガロアの墓は所在がわからなくなってしまい、没後150年経った1982年、ようやく新しい墓碑を設置されました。
ヨーロッパってこういう話多いですよね。
ついでですから、ガロアの死の遠因となった「決闘」についてももう少しお話ししましょう。
イングランドでは19世紀まで普通に行われていただと!?
現実の決闘はかなり凄まじいものです。
申し込み方や決闘中の作法は決まっている一方、当事者のみで行われた決闘も多く、ガロアの場合もそうだったと思われます。
でなければ何時間も放置されなかったでしょうね。
中には当事者だけでなく、付添い人や審判までも剣を抜いてバトルロイヤル状態に陥ることもままあったとか((((;゚Д゚))))
15世紀くらいまでのヨーロッパでは、決闘で裁判のケリをつけるという物騒なやり方も合法でした。
さすがに死傷者が出過ぎるというのでその後廃れていきましたが、イングランドでは19世紀までおkだったそうです。紳士の国とは、一体……。
他国でも私的な果たし合いとしての決闘は、ずっと続いていたそうです。
「決闘を申し込まれて受けないのは不名誉」と考えられていたこともあり、「決闘やめんかい」という法律が出ても全く守られなかったのです。
「ペンは剣よりも強し」とは何だったのか(´・ω・`) 微妙に意味違いますけど。
さすがに現代では裁判で紛争を片付けるのが筋ですが、ごく一部、決闘を合法としている国もあります。
もちろん日本ではNGです。
良い子も悪い大人も西部劇とかの真似をしないでくださいね。
長月 七紀・記
【参考】
エヴァリスト・ガロア/Wikipedia
決闘/Wikipedia