トロイア遺跡・トロイの木馬

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探せ トロイの木馬!トロイア遺跡の発掘物語 シュリーマンは行く

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遺跡は……トロイヤ戦争より古い時代のものでした

必死な思いが通じたのか。

シュリーマンはトロイアの遺構を見事に発見することができました。

しかし、彼がトロイア戦争当時のものだと考えたのは、第2層と呼ばれるもっと以前の時代のものでした。

トロイアという場所であったことは間違いないので、ニアミスというところですかね。

「なんで同じところにいくつも遺跡があるんじゃい?」と不思議に思う方もいそうなのでカンタンに付け加えておきますと、こういう古い都市や地層では、同じ場所にいくつもの遺構が重なっているケースがあります。

自然災害によって埋まってしまった後に建てなおした、というケースもありますが、さらに多いのは”埋め戻し”です。

整地のために以前の建物を埋めて建て直す、というもので、他にもローマなど古代から存在していた都市でよく見られます。

昔はブルドーザーなどもありませんから、いちいち全部片付けられません。

埋め立てた一部を堤防や城塞として利用することもありました。

イタリアやギリシャで地下鉄を作りづらい理由の大部分はこれです。

費用の膨大さもさることながら、学術的・観光的両面から見てお宝の山である遺跡を、利便性のためだけにぶっ壊すということができないんですね。

かといってモノレールにしてしまうと景観が悪くなってしまいますし、難しいものです。

 


「似てるけど違う国でした」なんてことも?

話をトロイアに戻しましょう。

こうした理由があったため、シュリーマンが自分の発見を「トロイア戦争のときの遺跡に違いない!」と思い込んでもおかしくはありませんでした。

が、彼はあくまで資産家であってその道のプロではなかったので、シュリーマンの発掘のやり方はかなり手荒いものだったとか。

しかも発掘自体が無許可だったため、同様に無許可で出土品を国外に持ち出すなどやりたい放題でした。どう見ても泥棒です。

こうした暴挙のため傷んでしまった部分も多く、現代の考古学者からすると(#^ω^)ピキピキと思うこともあるようです。

また、彼は「有名人になってやるぜ!」という自己顕示欲が非常に強い人だったらしく、トロイア発掘に関するものだけでも結構誇張していることがあります。

「俺が発掘を始めるまでは誰もトロイアのことなんて信じてなかったんだぜ!」とかですね。

要するにそれだけ「俺SUGEEEEEE!」ということを強調したかったのでしょう。現在ではすっかりバレてますが。

まぁ、他の人に危害を加える類の嘘でない分可愛いほうでしょうか。

ちなみに、この遺跡が本当にトロイアという国だったかどうかは現在でも実証されておらず、今後の研究が待たれるところです。

もし「似てるけど違う国でした」なんて結論が出た日にはシュリーマンの評価も変わってくることになりますね。

行動力だけは認められると思いますけども。

その場合、語学の才能(実に18ヶ国語を使いこなしたそうですが、そっちの方が凄くないすか?)を利用して清や幕末の日本に来ていたことなどがクローズアップされていくのかもしれません。さてさてどうなるやら。


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長月 七紀・記

【参考】
シュリーマン/村田数之亮『古代への情熱―シュリーマン自伝 (岩波文庫)』(→amazon
大村幸弘/大村次郷『トロイアの真実―アナトリアの発掘現場からシュリーマンの実像を踏査する』(→amazon
シュリーマン/wikipedia
イリオス/wikipedia

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