立花道雪

立花道雪/wikipediaより引用

戦国時代

戦国大友家を躍進させた立花道雪の一体何が凄い?勇将の下に弱卒無し

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凄絶すぎる遺言「遺体は甲冑姿で敵陣に向けて埋葬せよ!」

何はともあれ、こういう公正な上司だったら、多少叩かれたくらいで反抗する気にはならないかもしれません。

決して道雪の部下が風変わりな人ばかりだったわけではなさそうです。たとえ怖くて逆らえなかったとしても…。

半身不随についてはハテナがつくこともありますが、道雪が雷より恐ろしいと言われていたことだけは納得できそうです。というか、この雷っぷりで健康体だったら恐ろしいにも程があります。

しかしさすがの雷親父様も病には勝てませんでした。

主君・大友宗麟の無謀にも程がある島津氏討伐の失敗【耳川の戦い】により、大友氏が圧倒的に不利になる中、最期まで戦い、陣中で亡くなってしまいます。

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享年73(あるいは70)。

それでもなお主家を守りたかったらしく、遺言ではこう言い残してます。

「オレはもうもたないが、死んでも殿をお守りするから甲冑を着せて敵陣に向けて埋葬するように!」

この雷親父さん、ヤル気ありすぎですよね……。

遺言は義理の息子・立花宗茂により、あっさりひっくり返されてしまうのですが、その理由は「義父上を敵地に葬るのは心苦しい」というマトモな内容だったので、さすがの道雪も勘弁してくれたことでしょう。

ちなみに漫画『NARUTO』の必殺技のひとつ「千鳥」は、このお方の名刀がモチーフです。

 

【人物概略:立花道雪とは?】

生没年:1513-1585年

※1516年の出生年表記もあり

父:戸次親家(べっきちかいえ)

母:由布惟常(ゆふこれつね)の娘

豊後鎧岳城(よろいだけじょう)の城主だった戸次親家のもとに生まれ、幼名は八幡丸。

1536年に家督を継ぐと、当初は大友義鑑(よしあき)に仕える。

その後、大友氏内での後継者争い【二階崩れの変(1550年)】が勃発すると、嫡男である大友義鎮(よししげ・大友宗麟)を支持し、敵対した入田親誠(いりたちかざね)や菊池義武(よしたけ)を追放して、武功をあげた。

以降も、大友氏の重臣として、豊後や豊前、筑前を中心に活躍。

近隣エリアで大きな動きがあったのが1557年だった。

大友宗麟の弟で大内家当主の大内頼長が毛利元就に斃され、大友と毛利の対決が本格化し、筑前の国人・秋月文種(あきつきふみたね)も敵方になびく。

道雪は、秋月文種の古処山城(こしょざんじょう)へ攻め込み、自害させるも、毛利との争いはさらに激化し、門司城や周辺エリアで度々戦いが行われた。

毛利元就のターゲットは商いの大きな博多港であった。

ここを押さえるべく毛利隆元(1563年に不審な急死)・吉川元春小早川隆景らも度々派遣すると同時に数々の調略も仕掛けるなどして、徐々に勢力を伸長し、立花城主・立花鑑載(あきとし)が元就の調略で反旗を翻す。

さらに大友氏に対しては西から龍造寺隆信からの圧力が加えられる中、道雪が立花城を陥落させて大友氏の窮地を救う(1568年)。

以降は再び毛利氏との勢力争いが続き、圧巻は1569年【多々良浜の戦い】であった。

毛利氏と大友氏による激戦区となった北部九州エリア(筑前~豊前~豊後)

吉川元春・小早川隆景を中心に組まれた毛利軍と、これを迎え撃つは

・立花道雪

吉弘鑑理(よしひろあきただ)

・臼杵鑑速(うすきあきはや)

という豊州三老(大友家の三宿老)を中心とした大友軍。

双方合わせて8~9万という大軍同士の争いが起き、共に多くの被害者を出しながら決着はつかず、引き分けで落ち着いた。

ちなみに同年(1569年)、娘の立花誾千代(ぎんちよ)が誕生している。

その娘に、1575年、家督を譲ると、高橋紹運の嫡男・高橋統虎(後の立花宗茂)を跡取りとして婿にもらう。

1578年には、大友宗麟の強引な島津討伐に反対をするも、宗麟は強硬に日向攻めを主張。

【耳川の戦い】と呼ばれる戦いに発展し、大友家は、吉弘鎮信(高橋紹運の兄・宗茂の伯父)や角隅石宗ら有能な家臣を失い、家勢を失っていった。

道雪は、戦いを強行した大友宗麟や大友義統らに対して激しく怒りを覚えたという。

以降も合戦に明け暮れる日々を送り、1585年に猫尾城攻撃中に陣中で発病し、亡くなった。

享年73(1516年生まれであれば70)。

なお道雪以前の代表的な名前は「戸次鑑連」であり「べっきあきつら」と読む。

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長月 七紀・記

【参考】
国史大辞典
峰岸純夫/片桐昭彦『戦国武将合戦事典(吉川弘文館)』(→amazon
山本大/小和田哲男『戦国大名系譜人名事典 西国編(新人物往来社)』(→amazon
立花道雪/wikipedia

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