正月時代劇いちげき

漫画『いちげき』/amazonより引用

歴史ドラマ映画レビュー

幕末の熱気を庶民目線で描いた正月時代劇『いちげき』が痛快傑作だ!

2023年1月3日に放送された正月時代劇『いちげき』をご覧になられましたか?

公式サイトでは「宮藤官九郎が脚本を手掛ける本格青春エンターテインメント時代劇」と宣伝され、エネルギーをもらうドラマだと誘導されていました。

これがなかなかの劇薬で、新年早々、頭をガツーン!とやられてしまいまして……。

時代劇だって熱量と工夫次第でいくらでも面白くなる!

やってやる!

そんな作り手の闘志が劇中の人物と合致して、私の魂も揺さぶられてしまったのです。

衰退の一途をたどる時代劇は、現代に合わせて変わらなくてはならない――それが上手くいかないように見え、このままでは消えてしまうんではないか?と歯痒かった。

しかし、本作『いちげき』のように革新的なものを作れるのなら、まだまだなんとかなるかもしれない。

歴史作品ファンとしては、そんな希望が持てるドラマです。

てなわけで、まだ本作をご覧になられてない方、再放送をお待ちの方、あるいは動画配信サービスで見てみよう!という方に向けてレビューをお送りさせていただきます!

なお、本作は漫画と小説の原作がありますが、私はいずれも未読です。

【TOP画像】漫画『いちげき』(→amazon

 

異色の正月時代劇

そもそも正月になぜ時代劇を流すのだろう?と疑問を抱いたことはありませんか。

実はこの風習、古くから「豪華な娯楽」としての意味合いがありました。

例えば江戸時代なら、歌舞伎で【曽我兄弟の仇討ち】を楽しんだ。

新年早々から主人公が死ぬ仇討ちなど誰が見るのか?というと、江戸からも見える富士山を背景にしているところが華やかで客受けが良かったのです。

それがテレビの時代に移り変わっても伝統が残り、めでたい正月はとにかくド派手に時代劇だ!というお約束がありました。

しかし、そうした傾向と比べると2023年『いちげき』は明らかに異色です。

箇条書きにしてみましょう。

・漫画原作で確かに人気はあるけれど、国民的な作品とまではいかない渋い内容

・誰もが知っている有名人は勝海舟ぐらいしか出てこない(西郷隆盛は後ろ姿だけ)

・メインビジュアルの時点で土臭く、衣装も地味

・キャストは王道というより個性的

・そもそも主役が農民だべした

華やかな正月時代劇といえば、美男美女が豪華な衣装を着て並んでこそ。

そんな定番を敢えて外してきています。

キャッチーなところは、脚本家として著名な宮藤官九郎氏が、初めてテレビ時代劇に挑んだという一点ぐらいでしょうか。

それだけで突破していく様と、主人公の一撃必殺隊が重なる、実に高度な出来となっています。

 

コスパがよいのではないか?

この作品の革新的なところは、コスパがいいと思われる点です。

正月時代劇ならではの豪華さは無いものの、コストも相当クレバーに抑制しているのではないかと思える。

これまた箇条書きにさせていただきますと……。

・城や合戦場を作らなくてもよい

・銃器も少なく、実際に撃つのは短銃程度

・衣装が地味である

・大量のエキストラを必要としない

・既存の映画村で撮影が間に合う

・一方でロケ地は丁寧に選ばれているようで、風情ある鎮守の森が活かされている

・講談師の語りで色々と面倒な展開を省いている

作品の世界観を演出することとコストを抑制することが見事にマッチしていると申しましょうか。

これだけ正月時代劇のお約束を破り、低コストでありながら成功したとみなされれば、今後の時代劇にも大きく作用しましょう。

新しい時代への期待も膨らみます。

意欲的で野心的で、個人的には成功だと認識されて欲しい。そんな革新の一作です。

 

どこが革新的なのか?

『いちげき』は不可解なドラマでした。

冷静に考えれば地味としか言いようがありません。

歴史に残る大事件もなければ、ロマンチックな美男美女の恋もない。

教科書に出ているような人物も勝海舟ぐらいで、正月時代劇としては規格外といえるほど華がない。

それなのに、鑑賞後は満足感があって魂を揺さぶられ、レビューを書くことも忘れそうになるほど興奮してしまいました。

一体なぜそこまで革新的で熱量が凄まじかったのか?

まずキャストに注目しますと、逸材ばかりでした。

染谷翔太さんの実力は『麒麟がくる』の織田信長で証明済みでしょう。彼は時代劇のヒーローが持つお約束を何もかも破っている。

まず、日焼けメイク。

百姓という身分を考えれば当然ですが、日本の時代劇は長らく男女共に色白が美形かつ主役の条件とされてきました。

それが、癖毛で色黒、小柄に丸顔とすべて逆を突いているのに魅力に溢れていた。

どこかで見覚えあるな……と思ったら幕末の写真に似ている気がしてならない。

こういう奴は幕末日本のどこかにいた――そんな存在感と生命力が感じられました。

市造役の町田啓太さんもまた魅力的です。

なんとしても、のしあがりたい。そんな野心が市造という人物だけでなく、町田さんそのものにも溢れている印象を受けました。

大河『青天を衝け』で土方歳三を演じた時は、綺麗に作り込みすぎていて、芯が細く感じたものです。

それが今回は野心そのものがキラキラと輝くように溢れていて、実に見事でした。

他にも、とぼけたキャラクターの塚地武雅さん。

『鎌倉殿の13人』に続いて、体格を活かした役を演じた高岸宏行さん。

上川周作さん。

岡山天音さん。

細田善彦さん。

彼ら全員から、泥臭く汚れていても、視聴者にも力をくれる生命力がありました。

決して格好いい武士ではない。力強い農民だからこそ出せる味であり、訛った言葉も愛おしいほど。

そんな一撃必殺隊を率いる武士も非常に凛としていた。

顔の傷がかえって男前をあげている松田龍平さん。

任務を冷徹にこなそうとしつつも、時折、動揺がでてしまう工藤阿須加さん。

歴史に名を残さなかったら何なの?

これだけ熱い者どもがいただけで十分じゃないか!

そんな生命力が迸(ほとばし)っていて、ともかく熱いのです。

登場人物たちの熱量は役者さんたちにも伝わったのでしょう。

アクションや殺陣も抜群でした。

泥臭い動きで、掛け声は「うんこらしょ!」と来た。

鈍いからこそかえって痛そうで生々しい。

狭い場所を利用しているからこそ迫力満点。

走りながら抜刀し、飛び上がって刀を振り下ろす――そんなウシの動きなんて、そうそう見られるものではありません。

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