正月時代劇いちげき

漫画『いちげき』/amazonより引用

歴史ドラマ映画レビュー

幕末の熱気を庶民目線で描いた正月時代劇『いちげき』が痛快傑作だ!

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正月時代劇『いちげき』
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くたびれた着付けも再現

ヘアメイクや着付けも野心的です。

綺麗に月代を剃ったわけではなく、粗っぽさが個性になっている百姓たち。

水商売の女性は真っ白にメイクしています。当時の暗い照明なら、あれぐらい白い方が映えた事情を反映しています。

このメイクが光の量で細かく調整されていて、幕末らしさと魅力がどちらも発揮される工夫が行き届いています。

武士の着付けも良かった。

一言で言えばルーズです。ゆるい。着物がくたっとしていて着慣れているとわかります。

実は着物の着付けは、明治以降、堅苦しくなりすぎています。

テレビも見栄え重視でそれが抜けなかったのですが、本作は、幕末の写真に見えるくたびれた着付けが再現されていた。

百姓たちの、動きやすく各人個性ある着こなしも幕末の写真から抜け出してきたみたい。

基本ができた上で崩し、工夫している。そんな配慮が行き届いていて見飽きません。

となれば当然、所作指導も抜かりがないもので。

武士がちょっとリラックスして立っている。

百姓がだらしなくあぐらをかいている。

楽なようで、コツがいるし、目立つわけでもない。そういう細かい場面でも常に自然でした。

全体的に軽いようで芯が一本いつでも通っているのは、このドラマの各要素のレベルが高いところで維持されているからでしょう。

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ヒロイン像が2023年ならでは

他にも革新的な要素はいくつもあります。

例えばヒロイン像もそうでした。

犠牲者として位置付けられるウシの妹。そんな妹に瓜二つの女郎・園。

この二人は割と古典的で、時代劇によくある造型といえます。

西野七瀬さんの女郎姿が哀れで可憐でした。

もう一人の注目は、原作にはいなかったキクです。

伊藤沙莉さん演じる女性で、当初は一撃必殺隊メンバーの飯炊き女をしていました。

しかし彼女には隠していた目的があった。

新徴組にいた兄の仇討ちです。

幕末の女性は強い。安政の大獄に連座した女性もいるほどで、キクは男装の女性剣士・中沢琴と似た境遇でした。

こうした戦う女性は、明治以降、歴史の陰に埋もれています。

例えば渋沢栄一は、女性は従軍できないから男女同権はありえないという主張を持っていましたが、これは幕末の女性戦闘員を無視した認識でしょう。

政府に近い渋沢の認識は、明治以降の日本に大きく影響したのではないでしょうか。

伊藤沙莉さんはウシたちを叱り飛ばす姿も、刀を挿した姿も素晴らしかった。

 


実は勉強にもなる『いちげき』

正月時代劇といえば、それこそマツケンサンバがリバイバルしている松平健さん辺りの出番でしょう。

あるいは「けん」ちがいで渡辺謙さん辺りもその候補でしょうか。

それを本作は外してきましたが、とにかく隙がない。

尾美としのりさんの勝海舟も素晴らしかったですね。

ご本人も「勝海舟を好きな人には怒られそう」と語っておられましたが、むしろここ数年でも屈指の像だと思いました。

画面に出てくるだけでイライラする。

新年早々カーッと怒りを掻き立てられる。

もう少し、べらんめぇ口調が強くてもよかったとは思いますが、ともかく今回の勝海舟は実によかった。

『瘠我慢の説』で勝海舟を全力罵倒していた福沢諭吉の気持ちがわかる――そういう意味で、考証的にも素晴らしいと思えました。

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勝が「ゲリラ」と思いつくところも、ナポレオン戦争を参照していた史実をふまえれば納得できます。

勝は新門辰五郎火消しに焦土戦術をやらせる計画もありましたから、十分ありえます。

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『るろうに剣心』以来、世間に同情的なイメージが浸透していた相楽総三も、本作では外してきましたね。

相楽は、西郷らに騙されて斬首された、悲運の人物ですが、別の見方もできる。

元々は、関東の豪農出身でインテリで、薩摩御用盗を指揮していた。

これは渋沢栄一にもあてはまることですが、なまじインテリ豪農はたちが悪いところがあります。

主人公たちのような本物の「どん百姓」をコケにし、大義のためなら犠牲にすることもやむなしとする。

そうした無茶は薩摩御用盗だけでなく、渋沢栄一と懇意にしていた天狗党でも起きました。

そんな関東豪農の闇を体現していて素晴らしい。

シソンヌじろうさんの演技が素晴らしいだけじゃなく、眼鏡もいい味を出していましたね。

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相楽の背後には、西郷隆盛がいます。

勝海舟と西郷隆盛が会談して、無血開城になって、めでたしめでたし――教科書でもそう教えられ、二人の会談を描いた絵画も有名になっている。

西郷隆盛と勝海舟の会談を描いた『江戸開城談判』作:結城素明/wikipediaより引用

しかし、本当にそれが良かったのか?

本作は新年早々、そんな問題提起をぶん投げてきます。

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討つもまた、討たれるもまた

一撃必殺隊が集められて、訓練を受ける。そこは笑えて面白い。

とはいえ、いきなり酷いことをやらされていることもわかります。

訓練期間は短縮され、防御もろくに習わない。

武器だって、当時の関東農兵でもゲベール銃程度はあったのにそれすらなく、訓練の時点で捨て駒にする気に満ちています。

対する薩摩はどうか? というと彼らも中々酷い。

薩摩藩士らが情誼に篤いというのは美化も往々にあるもので、むしろ幕末は冷徹な処断を繰り返すことが強みだったと思います。

ゆえに主人公たちと敵対する伊牟田尚平(杉本哲太さん)もまた哀れの極み。

伊牟田の熱気と対照的な益満休之助の冷たさが、実に薩摩らしいと思えました。

主人公を雇う幕府も。

敵対する薩摩も。

百姓のことなんかさして考えていない。平気で殺す。使い捨てにする。

そんな連中同士が戦って一体何なのか?

武田耕雲斎の辞世を思い出す、そんな虚しい世界観です。

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