魏武注孫子

孫子(カリフォルニア大学所蔵の写本)/photo by vlasta2 wikipediaより引用

あの曹操が兵法書『孫子』に注釈をつけた『魏武注孫子』は今も必見の一冊である

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曹操は性格が悪い 否定できません

ガタガタ言ってないで合理的に行動しろよ。

そんな視点こそ、曹操が『孫子』にわかりみを感じた理由でしょう。

ついでに言いますと、「これは嫌われ者になるなぁ……」という要素もふんだんに流れています。

それを裏付ける逸話を検証してみましょう。

・効率重視、人情軽視

曹操には、お気に入りの歌手がいました。

しかし、性格は最悪。そこで曹操は歌手を大量に雇い、訓練をします。

そしてその女よりもうまい歌手が出て来ると……。

「おっしゃー、あの性悪女はもういらんわ!」

曹操はノリノリで、性格の悪い歌手を殺しました。(『世説新語』)

人を情けじゃなくて能力だけで見ているなーッ!

「さすが曹操様、おれたちにできない事を平然とやってのけるッ そこにシビれる!あこがれるゥ!」

そう受け取るか、「いやいや、いくらなんでもそれはないっしょ……」と思うか。

受け取る側次第ですよね。

・まぁ、お前は使えるから許す

「官渡の戦い」を前にして、曹操は激怒しました。

敵である袁紹陣営の文人・陳琳(ちんりん)の檄文があまりに痛烈であったからです。

曹操の出自をバカにする一文を読み、曹操はこいつだけは絶対にぶっ殺すと息巻いておりました。

その一方で「これを書いた奴、センスあるな。俺本人ですら、これを読んでいると曹操は最低の奴だと思えてくるわ」と冷静に評価していました。

そして曹操は袁紹陣営に勝利。

そんな中、陳琳はこれはもう絶対に死んだな……と思いながら、曹操の前に引き出されます。

と、曹操は意外にも彼を許しました。

「お前、文才あるなぁ。でも俺の父と祖父までコケにするのはやりすぎだろ、なんで?」

「いや、だって、引き絞った弓は放たないとダメじゃないですか」

曹操は納得したようです。

考えようによっては、陳琳は自分の仕事を適切にこなしたと言えなくもないわけで、曹操は陳琳を許し、仕官させ、優遇しました。

後に陳琳は文人グループ「建安の七子」に名を連ねたほどです。

曹操からすれば「恨みで降伏した相手を殺すなんて、無駄無駄無駄、非効率だもんな」といったところでしょうか。

ただ、これは儒教的な価値観からはイケてません。

先祖までけなした相手は、絶対に許さない。そのほうが、格好がつくのです。

しかし、曹操の本音はこんなところでしょう。

「儒教で勝てるか? 飯が食えるか?」

・葬式も立派な墓も無駄だ

曹操は、死の間際にこう言い残しました。

「天下はまだ乱れているのだから、葬儀はしきたり通りにはできない。埋葬が終わったら服喪をやめろ。軍団を統率している担当者は部署を離れるなよ。官吏はそれぞれ仕事をしろ。遺体を包むのは平服でよい。金銀財宝を墓の中にはおさめるな」

これも『魏武注孫子』を読むと頷けます。

勝利のためには、ともかく効率効率効率!

そんな風にばかり考えていたら、そりゃこうなるだろうな、と。

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ただ……残された家臣や遺族の気持ちはどうなのよ……と、さすがにツッコミたくなりません?

情けってものがあるでしょ。そもそもが、儒教社会ですしね。

曹丕にせよ、家臣にせよ。

曹操の言いつけ通りには動けなかったからこそ、それなりに立派な墓が残されています。

副葬品には、当時極めて貴重である磁器まであり、2019年のビッグニュースになったほどです。

◆特別展「三国志」が東京国立博物館で 関羽の青銅像や曹操の墓の出土品を展示(→link

曹操さん、「後世に大事なコトを伝えるため」と考えると、副葬品は無駄じゃなかったんです……。

・求賢令! 才能さえあればいいから!

曹操は、ともかく効率重視にして人材マニアです。

そこで、こんな命令を出しました。

「才能があれば不倫しても贈収賄するようなクズでも俺は構わない。出世のために奥さんを手に掛けた鬼畜でもいいと思う。ともかく才能さえあればいいから! 才能ある奴、カモンカモン! 役人たちもどんどん推挙して」

これが【唯才是挙(才能さえあればリクルート)】という理屈です。

探す手間が省けるので効率は良い。

しかし素行不良であってもよいものかどうか、そこは引っかかりますよね。

『魏武注孫子』には

「パワハラをするような上司の元では部下がやる気を失って、反乱を招く。パワハラ上司はすぐクビにしろ」

と書かれています。

これは部下がかわいそうだからという優しさゆえではなく、効率重視の結果ではあります。


・三顧の礼より脅迫だろ!

そんな曹操が仕官を迫った人物が司馬懿です。

ライバル扱いされる諸葛亮が「三顧の礼」で迎えられたのに対し、司馬懿と曹操の場合は全くもって心が温まりません。

「仕官か逮捕か、どっちがいい?」と迫りますからね。

オイオイオイオイ!さすがにそりゃないでしょ、とツッコミたくなりますが、これも曹操の効率第一主義のあらわれでしょう。

ただ、そういうことをすると恨みを買うわけでして……それが魏王朝の短命につながります。

※司馬懿の王朝簒奪は『三国志~司馬懿 軍師連盟~』というドラマになりました

曹操のこうした逸話から見えてくるものがありませんか?

効率重視で、愛する王の前で斬首した孫子と共通点はありませんか?

 


ラスボスタイプの性格なのだ

曹操は、魅力的ではあり、同時に極めて効率重視なのです。

今の世でも
コスパ!
コスパ!
コスパ!
と言われてウンザリしたことありません?

曹操も効率を大事にしすぎていて、人情、儒教規範、道徳律、周囲の意見を無視する傾向にあった。

たとえ反論されようとも、「無駄無駄無駄ァ!」で終わらせるタイプ――ということが『魏武注孫子』から伝わってきます。

彼みたいなキャラクターは、例えばフィクションではラスボスにピッタリ。言わば憎まれ役ですね。

思い出してみてください。

◆反撃に対して「無駄無駄無駄ァ!」と連呼する『ジョジョの奇妙な冒険』のDIO様ことディオ・ブランドー。

 

◆謀略の限りを尽くし「計画通り」と笑う夜神月。

 

◆全て計算通り、操ってはなんだか楽しそうな、シャーロック・ホームズの宿敵モリアーティ教授。

 

◆高い知性ゆえに人間がバカに見えてしまい、ミュータントで世界征服こそ効率的だという結論に至る、マグニートー。

 

◆極めて精密な計略を用いて、ハリー・ポッターを殺そうとするヴォルデモート。

 

◆ただの目玉のようで、すべてを操るサウロン!

 

◆「結婚式で皆殺しにする方が、戦争をするより楽だ」と思っていそうな、タイウィン・ラニスター。

 

曹操がノリノリでコメントする『魏武注孫子』を読むと、こういうラスボス系の性格が見えてきます。

「戦わずして勝つ」という有名な名言だって、結局は謀略で滅ぼしたほうがいいという、タイウィン・ラニスターの思考と噛み合う。

聡明、決断力がある、データと向き合う。

その反面、傲慢、人情に欠ける、なんでもジャッジする。

自然とそうなってしまうがゆえに、フィクションのラスボスとしてはうってつけの性格なのです。

倒したくなりますよね?

『三国志演義』はじめとする後漢時代を描くフィクションにおいて、彼が敵役となってしまうので仕方ない。必然なのです。

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