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週刊武春 ロシア

「ブラックな世の中倒せ!」レーニンとスターリン立つ!→銀行強盗

更新日:

ヤの字の世界では、「カネが無いのは、クビが無いのんと一緒じゃあ」との言葉があるそうですね。万年金欠な身としては、実に心に染みます…(涙)。

 

こういうのは昔から洋の東西を問わないようでして、「働けど働けど、我が暮らし何とやらな生活は、これ即ちブルジョア社会が原因だぁ!」と怒って起ち上がったのが、107年前の今日6月26日のレーニンやスターリン達だったのでした。

 

レーニンもスターリンも 馬車襲撃にイイネ!

当時、ボルシェビキとの異名を取った、後のソ連共産党のメンバーは、過激な人が多かったようです。優れた捜査能力と抜群の弾圧力(って言い方もヘンですけど)を持つ、ロシアの秘密警察「オフラナ」に絶えず追いかけ回されているのですから、稼ぐ間も無しってのもあったのでしょうが、慢性的な金欠状態。そこで考えついたのが、「政府のカネを積んだ馬車を襲撃しようぜ!」という、超過激な計画。しかも、参加した面子を見ると、レーニンとスターリンの名前が! 超ゴージャスっすね(汗笑)。

 

決行されたのは、現在のグルジアの首都、トビリシ。ここのエレバン広場(現在は『自由広場』と改称)で、ロシア国立銀行の支店から出てくるカネを積んだ馬車を待ち伏せて掠め取ろうとしたのでした。

 

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ロシア共産党の華々しい「銀行強盗」

言うなれば、日銀の支店を出てきた現金輸送車を襲うようなもんですね(やっちゃ駄目ですよ)。当然ながら、丸腰ではありません。警官隊によって物々しく防護されていたのですが、凄いと言うか何と言うか、爆弾を投げつけたりして見事に奪取しています。

 

グルジアに関するQ&Aサイトである「グルジア・アバウト」では、当時の様子を次のように報じています。

 

ロシアに共産党が産声を上げたのが1898年。つまり、当時は出来て9年目だったのですが、その間ずーっとカネには困っていました。そこで何とかしようと、ベルリンでレーニンとスターリンが協議して「やっちまおう」と計画を練ったのが、1907年4月。グルジア育ちで土地勘があるという事で選ばれたのが、上記のトビリシだった訳です。

 

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主犯は鴨ならぬカモ 幕末っぽいな

襲撃に当たってはカモ(Kamo)と言う暗号名の共産党員も加わりました。

image001

(ウィキペディア英語版より)

アルメニア系の共産党員でして、文字通りの武闘派。各種の武器を操る男だったのだそうです。で、このカモが主犯となって、事件の指揮に当たります。

 

パッと見た限りでは、知的な感じの人物ですよね。ちなみに、こちらは当時のペテルブルグの秘密警察に秘蔵されていた、スターリンに関する資料。

 Joseph Stalin's Mug Shots

こっちの方が、よほどお尋ね者っぽいですね。ちゅーか、実際にお尋ね者だったし。

 

 

内部に共産党のシンパがいる いつだって

さて、襲撃目標となった貨物馬車ですが、白羽の矢が立ったのには上記以外にも理由がありました。トビリシの郵便局に、共産党のシンパの職員がいたのです。で、そのシンパが「6月27日に大金を載せた貨物馬車が銀行と郵便局を往復しますよ」との秘密情報を寄せました。その額、現在の米ドルに換算して400万ドルという大金。そりゃあ「やっちまえ!」となりますわな。

さて、スターリンとカモらのメンバーは広場で待ち伏せ。そうとは露とも知らぬ馬車が通りかかったのが午前10時30分。スターリンらは、手榴弾や爆弾を投げつけ、行く手を塞ぎます。

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そして、現場で誰1人逮捕される事も無く、すばやく逃走したそうですから、お見事としか言いようが無い(汗)。後に残されたのは40人の死者と50人の負傷者だったそうです。

 

世界各地の新聞にデビュー!

血なまぐさい事件となってしまいましたが、死傷者の数と金額の両方が凄かったので、当時の世界中の新聞が書き立てました。例えば、ロンドンのデイリー・ミラー紙は「爆弾の雨:テロ集団、衆人環視の中を爆弾を投げつける」と、大衆紙らしく生々しい見出しを付けて書いたかと思えば、高級紙であるタイムズ・オブ・ロンドンでは「ティフィルスで爆弾による非道行為」と報道。フランスのラ・テンプスでは「大災厄!」等と報じていました。

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…こういう見出しだと強盗事件だと分かりづらいですよね。新聞社でレイアウトをしていた身としては、如何なものかという気がしますが、あのニューヨーク・タイムズでは「爆弾で死者多数:17万ドル奪わる」との見出しで報じています。流石ですなぁ。

 

華麗な強盗も番号控えられ使えず

と、ここまで書くと共産党側の大勝利と思えますが、結局このカネの大半は使えませんでした。というのも、銀行側が札のシリアル・ナンバーを控えており、それを警察側に通報したからです。

 

「ならば海外で使うまでじゃぁ」と、レーニンらはロシア国外の銀行で現地通貨と交換を試みますが、照会が回っていた事もあって、地元の警察に通報され、大勢の党員が逮捕されます。

 

また、こうした逮捕劇が各国の新聞で報じられると、それまで共産党にシンパシーを感じていた欧州の社会民主主義者らからも非難される結果となりました。悪銭身につかず、でしょうか。

 

主犯格のカモもドイツでお縄となり、3年超の懲役刑を宣告されますが、首尾良く脱走。再び強盗を計画していた1909年に、今度はロシアで逮捕されます。一旦は死刑を宣告されますが、その後終身刑に減刑。そうこうする内にロシア革命が勃発すると、大活躍?が認められて釈放されます。

 

その後、政府機関で働きますが、19922年に自転車に乗っているところをトラックに轢かれ、世を去ります。事故説とスターリンによる謀殺説があるそうです(ウィキペディア英語版より)。

 

結局、スターリンの独り勝ちって所でしょうか。それにしても、凄い行動力。世が世なら、大親分になっていたでしょうなぁ。あ、ソ連自体がヤ●ザのようなもんだったか。こりゃ、お後が宜しいようで。

 

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南如水・記

 

 

 





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