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平清盛(Wikipediaより)

源平 その日、歴史が動いた

源氏と平家が大激突!…するはずだった日、”富士川の戦わない”

更新日:

治承四年(1180年)の10月20日、富士川の戦いで源氏が戦わずして平家に勝利を収めました。

「夜中に水鳥の羽音を大軍の足音と聞き間違えて平家が逃げ出した」という身も蓋もないエピソードで有名ですね。
ここまでのあらすじは
過去記事「ダークヒーロー源頼朝鎌倉に入城!【その日、歴史が動いた】」
をご覧ください。

この頃まだ平清盛は健在。
関東の諸将を従えた頼朝を、放っておくわけがありません。
「あんのガキャ、命を助けてやったってのに目障りなことしやがって!恩知らずを叩きのめしてこい!!」と孫の維盛(これもり)に命じ、追討軍を編成させます。

 

富士川の戦いの真相は「腹減った!白鳥くいてぇー!追いかけろ!」だったり?

が、当時近畿地方では大飢饉の真っ最中。
兵どころか兵糧すらまともに集まらず、当然士気はダダ下がり。
しかも出立の日すら維盛と副将・藤原忠清(ただきよ)の間でもめる始末。
「吉日じゃないと出立したくありません!」って、オイオイ結婚式じゃないんだから。
こうして出発前から平家軍は軟弱どころかgdgdだったのでした。

それでも何とか富士川まではやってくるのですが、着いて早々数百人もの投降者を出す始末。
おにぎりでもぶら下げられたのか、関東には飢饉の影響も少なかったのでしょうし、何より源氏側は頼れるリーダーができて殺る気満々です。
この時点で既に勝敗は見えていたも同然。
率いる維盛としても、ここで勝つのは難しいと考えていたのではないでしょうか。

現代でもそうですが、戦においてやる気=士気はかなり重要です。
時に兵の多寡すら逆転するほどの威力を持つこともあります。
「僅かな兵で大軍を打ち破る」ことに成功した戦いは、士気において相手よりも圧倒的に勝っていることがほとんど。
富士川の戦いは各資料で記録が食い違っているため、どちらがどれだけの兵を率いていたのかはわかりませんが……。

しかも富士川は日本三大急流にも数えられる、とても流れの早い川です。
秋も深まりつつある中、そこへ叩き落されでもしたら何人の兵が犠牲になるかもわかりません。
元々万全の状態には程遠い状態でしたし、損失の面から考えると、全軍撤退という選択はさほど悪くもないんじゃないかという気もします。
水鳥云々が事実かどうかはさておき、戦わずに逃げたことにより、平家軍は決定的に信頼を失ってしまいました。
脱走者が相次ぎ、維盛が京都へ着いたときには10人いるかいないかになっていたそうです。
元の人数がわからないので割合は計算できませんが、数千~数万程度はいたでしょうから相当な減りっぷりにはまちがいないでしょう。

 

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逆切れで東大寺大仏燃やす

当然清盛にはこっぴどく叱られました。
しかも反感を買っていた寺社勢力がここぞとばかりに「やーいやーい平家の腰抜け!」と囃し立てます。
これを収めるために、清盛は息子・重衡(しげひら)を奈良へ攻め込ませ、東大寺など主要な寺院をあらかた焼いてしまいました。

奈良の大仏はこのときほとんど失ったしまったのです(涙)いまみてる大仏さんのほとんどは江戸時代に造り直されたものです。さいぼーgなんて言ってはいけません。
自分も出家してるくせにお寺攻めるとか意味がわかりません。
運悪く風の強い日だったため、寺院関係者だけでなく一般市民にも及び、数千人の死者を出したといいます。
あれ、信長より清盛のほうがひどくね?

 

DQN弟に見せ場をかっさわれたもう一人の弟

時は戻って富士川の戦いの翌日、10月21日。
関東の頼朝の下には一人の客が訪れていました。
居並ぶ諸将の中、彼は「初めまして、弟です」と名乗ります。
この若者こそ有能なDQNの代表・義経でした。
義経が頼朝のところにやってきたのは富士川の戦いの直後だったのです。

平家が自分から評判を落としてくれたとはいえ、まだ頼朝の足場も頑健になったとはいえない頃。
血縁の真偽に確信がなくても、自分から馳せ参じてくれた味方の存在は頼もしかったことでしょう。
もう一人の弟・範頼のほうはいつ合流したのかわかりませんし。
元々の生まれが遠江(現・静岡県東部)ですし、富士川の戦いで前線にいたのは範頼が行動を共にしていた甲斐源氏ですので、いてもおかしくはないんですが記録にありません。
こんなところでも弟の影に隠れてしまった範頼カワイソス(´・ω・`)

こうして源氏はますます結束を強め、平家はgdgdっぷりを明らかにしていくのでした。

長月七紀・記




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参考:平清盛(Wikipedia)

 

織田信長 武田信玄 真田幸村(信繁) 伊達政宗 徳川家康 豊臣秀吉 毛利元就 




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