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その日、歴史が動いた 欧州 女性

女帝マリア・テレジアの偉大なる功績 マリーアントワネットの肝っ玉母ちゃんは子沢山で豪傑だった!?

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女傑と言われる人物は歴史上数多くいますが、母親と君主両方をこなしてみせた女性となると、諸般の事情によりぐっと限られてきます。

その最たる例は、1717年(享保二年)の5月13日に誕生したマリア・テレジアでしょう。
オーストリア女帝、あるいはマリー・アントワネットの母親として有名ですが、実はそれ以外にも結構すげえことをやってのけた肝っ玉かあちゃんでした。

少女時代のマリア・テレジア/wikipediaより引用

女性の君主が認められないオーストリア帝国で女帝に

まず一つは、当時オーストリアでは女性の君主が認められていなかったにもかかわらず、40年間王様をやってのけたことです。
オーストリアではフランスと同じサリカ法典(王様は男だけ!という法律。フランスの前身・フランク王国で作られた)を採っていたので、それまで女性が主になったという前例はありませんでした。

しかし、彼女の父であるカール6世に男の子が生まれなかったため、マリア・テレジアに玉座が回ってきたのです。
ですがオーストリア(ハプスブルク家)は神聖ローマ帝国の皇帝家でもありましたので、「女皇帝なんてとんでもない!」ということになってしまったのでした。
苦肉の策として夫フランツ・シュテファンを皇帝とし、マリア・テレジアは皇后という形にはしたのですが、ハンガリーなど他の領土では名目共に「女王」になったので、他国からイチャモンをつけられまくります。

特に声がデカかったのは、後々ドイツ統一の骨格となるプロイセン王国。「領土割譲してくれるんなら認めてやってもいいけど?」(意訳)なんて実に腹の立つ態度でした。
これにのっかったバイエルンなどその他の神聖ローマ帝国のあっちこっちからも攻め込んできて、まだ王様の仕事に慣れないうちからマリア・テレジア以下オーストリアは戦争をおっぱじめることになってしまいました。
この一連の戦争を”オーストリア継承戦争”といいます。継承問題絡みの戦争だからってまんますぎやろ。

銅像は、ウィーンの自然史博物館前に立っている

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なにげにすごい23歳で子供4人 妊娠中に議会演説

ここでまずスゴイのは、23歳のマリア・テレジアはこのとき既に第四子を妊娠中だったということです。結婚が17歳だというのになんというハイペース。
しかも身重の体でハンガリー議会に乗り込み、大演説を繰り広げてハンガリー人諸氏の同情と協力を取り付けることに成功します。
もともとハンガリーは自分のとこの王家が断絶した際に「じゃあ、親戚だから今度からウチが統治するよ。いいよね?」ということでハプスブルク家の傘下に入ったという経緯があるので、「今こそ借りを返してやんよ!」という気になったのかもしれません。
ちなみにこのときお腹の中にいたのが後の神聖ローマ皇帝その他を勤めたヨーゼフ2世です。胎教的にどんな影響があったかというと……うーむ。

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若妻の意気に答えてハンガリー軍大活躍

それまで敗北一方だったオーストリア軍でしたが、元々ヨーロッパ有数の騎馬隊を持っていたハンガリー軍が応援どころか主役をかっさらう勢いで奮闘してくれたおかげで、取られかけた領地を奪い返すだけでは収まらず、逆にバイエルンを占領するという大どんでん返しが起きました。ハンガリー軍すげえ。
このときの恩があるからか、後々ハンガリーはハプスブルク家からちょっとだけ優遇されるようになりました。途中ゴタゴタもいろいろあるんですが、まあそれはよくある話ですし。

こうしてオーストリア継承戦争は一段落したものの、最初にプロイセンが「ここよこせよ!」と言ってきた場所=シュレジェン地方はどさくさに紛れて取られたままでした。ここはいわば穀倉地帯ですから、オーストリアとしては是非とも取り返したいところ。
そこでマリア・テレジアはオーストリア継承戦争のときには敵だったフランスや、新たにロシアを呼び込んで同盟を結びます。
以前ピョートル3世の記事(実母にも嫁にも国からも見捨てられた ドイツかぶれのロシア国王【その日、歴史が動いた】)でちょこっと出てきた「ペチコート同盟」です。
こっちの戦争はその年数から”七年戦争”と呼ばれます。だから安直過ぎやろ。

それまでの外交方針を変えてまで準備を整えていましたので、戦況としては当初オーストリアが有利でした。
しかし、上記の過去記事でも取り上げた通り、同盟の一角であったエリザヴェータ女帝が急死してしまい、跡継ぎのピョートル3世が軍を引き上げさせてしまったため、一気に形勢が悪化してしまいます。
その頃には度重なる戦での出費も膨大なものになってしまっており、オーストリアは領土奪回を諦めざるをえなくなりました。
ボンボンが自分の好みで政治をやるとロクなことがないですね。

マリアテレジアの手がけた、美麗なるシェーンブルン宮殿

戦争中もガンガン子供生みまくる

んで、ここでまたまたスゴイことに、マリア・テレジアはこの二つの戦争中ほぼ毎年のように子供を産んでいるのです。
男の王様であればあっちこっちで愛人を作って産ませるということもできますが、マリア・テレジアは女性ですから当然自分で産んでいます。この夫婦はもともと又従兄妹同士の恋愛結婚という王族には珍しいケースだったのですけれど、それにしたって仲良すぎ。
二人の寝室は愛の巣というよりも戦場だったかもしれませんねHAHAHAHA!……すいません。

彼女が産んだのは男の子が5人、女の子が11人で計16人。夫妻を含めれば18人の大家族です。
この時代のことですから、成長したのはもっと少ないですが。
下から二番目がかのマリー・アントワネットです。

マリー・アントワネットは母親似?/wikipediaより引用

「お菓子喰え」のマリー・アントワネットへの親心は伝わらず

もともとマリア・テレジアの両親もかなりのバカッ……おしどり夫婦でしたので、彼女も「夫婦仲は大切に」という考えがあり、マリー・アントワネットにもそのように教育していました。
しかし嫁いでからの行動があまりにも放埓だと聞いたマリア・テレジアは「J( 'ー`)し<マリーや、旦那さんを大事にするんだよ」という主旨の手紙を何回も送りますが、娘のほうにはあまり伝わらなかったようです。
ただしやはり親子というべきか、マリー・アントワネットも子供を産んでからはそれまでの遊び三昧な生活を改め、母親らしくなりました。

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これにて一件落着……といけばよかったのですが、時代の流れにより少しずつ娘の嫁ぎ先フランスはきな臭くなってきます。
マリア・テレジアからすれば「元々財政難だったフランスをウチの戦争に巻き込んだせいで、娘が危険な目に遭うかもしれない」という罪悪感もあったかもしれません。
革命の数年前からその空気を感じ取っていたマリア・テレジアは「J( 'ー`)し<マリーや、気をつけるんだよ」という手紙も送りますが、既に時遅し。
不幸中の幸いは、フランス革命発生よりもマリア・テレジアがなくなるほうが先だったため、末娘の悲劇を知らずに済んだということでしょうか。
これら公私共に激務をこなした上、さらに国の制度も大幅に改革しています。
マリア・テレジアは義務教育システムを作ったり、病院を整備したりと社会福祉にも力を入れていました。ホントどこから出てくるんでしょうこの行動力。
「働く母親に優しい制度を作ってよ!」という意見が度々散見されますが、そんなものがなかった時代でもこのように超ハードスケジュールをこなしていた人もいたのですから、お上にぶーたれるだけじゃなく自分でも工夫することが大事なんじゃないですかね。もちろん、各家庭の事情もあるでしょうけども。
長月 七紀・記
参考:http://ja.wikipedia.org/wiki/マリア・テレジア

 





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