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その日、歴史が動いた アフリカ

ヴァスコ・ダ・ガマがアフリカ最南端の喜望峰を通過した理由

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今でこそ地球のどこに陸地があり、海があり、どんな国があるかということは広く知られていますが、それでも前人未踏と称されるところはありますよね。
大昔となればそれに該当する地域はもっと広いわけで、リアルRPGといっても過言ではない状況でした。シルクロードなどにより「遠いところに全く違う生活をしている人々がいる」ということはわかっていたでしょうけども、その範囲外となればまさに未開の地にも等しいわけで。

しかし、皆が皆同じ道をたどって商売をしていれば、当然個々の儲けは少なくなります。また、政治的その他の理由で道や航路が使えなくなる可能性もゼロではないですよね。
大航海時代にあっちこっちの国が新たな大陸や航路を求めたのは、香辛料などが欲しいからという他にもそういう理由がありました。

ポルトガルのヴァスコ・ダ・ガマが喜望峰を通過

ヴァスコ・ダ・ガマさん(Wikipediaより)

1497年(明応六年)の11月22日に、ポルトガル人のヴァスコ・ダ・ガマがアフリカ大陸最南端の喜望峰を通過したのもその一環です。

コロンブスやマゼランに比べると知名度は低いですけども、一応教科書に出てくる人なので見覚えがある方もいらっしゃるのではないでしょうか。というか彼関連以外でポルトガルという国自体があんまり世界史教科書に出てこな(ry

どちらかというと日本にカステラやら金平糖やらを持ってきてくれたのがポルトガルの人なので、教科書上では世界史よりも日本史で見かけることが多いかもしれませんねえ。あ、あと鉄砲だ(謎のおまけ感)

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ポルトガルとスペインはなんで言葉が違うのか

まあそれはさておき、多分当コーナー初登場なのでポルトガルの歴史をさらっとお話するところから始めましょうか。

といっても同じイベリア半島の国ですので、ほとんどの流れはスペインと同じです。かつては半島丸ごとローマ帝国の版図で、ローマが滅びるとイスラム教徒との戦いが始まり、その間に後のスペインとなったカスティーリャ王国とポルトガルの全身になるポルトゥカーレ伯爵領に分かれ、イベリア半島には似て非なる二つの国ができました。

今でもポルトガル語とスペイン語は「どちらかがわかればもう一方も大体通じる」程度に似た言語だそうですが、その辺の事情は多分こうした歴史的経緯によるものなのでしょうね。北欧諸国も割とそんな感じですので、地続きの国だとそういう傾向があるようです。

むしろ民族が違うとはいえ、隣同士のくせに全く違う言語な国々のほうが不思議ですが。フランス・イタリア・ドイツ、ロシアと中国なんかがそうですよね。

自分は行かないのに「エンリケ航海王子」

そんなわけでポルトガルはめでたく独立国家になったわけですが、タイミングの悪いことにそのあたりでペストの大流行やら同盟相手のイギリス(イングランド)がおっぱじめた戦争に巻き込まれるわで、あまり自国の版図や収入を増やすことはできませんでした。

しかし、エンリケ航海王子と呼ばれる王子様が「海外行こうぜ!オレ船酔いすごいから自分で行けないけどよろしくな!!」(超訳)という感じに音頭を取ってくれたので、15世紀からは積極的に海外へ進出していきます。

1410年から1999年までにポルトガルが領有したことのある領域(赤)、ピンクは領有権を主張したことのある領域、水色は大航海時代に探索、交易、影響が及んだ主な海域(Wikiより)

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喜望峰を見つけたのはバルトロメウ・ディアス!みんなワンピースに出てきますね

喜望峰を見つけたのは、ヴァスコ・ダ・ガマの先輩にあたるバルトロメウ・ディアスという人でした。彼はインドへの新しい航路を開くため、はるばるアフリカを大回りしていたのですが、途中で嵐に遭いやむなく引き返しています。

13日もの間漂流していたそうですから、船体の損傷も激しかったことでしょう。
彼はその付近について「アフリカ最南端のあたりは”嵐の岬”になっています」という報告をしたのですが、「岬があるってことは航路があるってことだな!めでたい!!」とテンションうなぎ上りになった当時の王様・ジョアン2世が”喜望峰”というものすごく前向きな名前をつけたのでした。さすがラテン民族、プラス思考ぱねえ。

リスボンを発つヴァスコ・ダ・ガマ(Wikipediaより)

ぐるっとまわってケニアからインドへ到達

航路の目星はついたものの、実際にはっきり道筋をつけたわけではないので、喜望峰とはっきりわかるところを通過したのはヴァスコ・ダ・ガマが初というわけです。
大航海時代にヨーロッパ諸国がやったことというと「ドス黒いってレベルじゃねーぞ!」な話ばかりですが、ヴァスコ・ダ・ガマは比較的穏やかに現地人と接していました。

現地のお偉いさんにお土産を渡して周辺事情を教えてもらおうとしたのですが、やはり異文化コミュケーションには手間取り小競り合い→物別れに終わってしまったのですけども。
弓矢や砲撃での戦いはありましたが、皆殺しにしなかっただけ(当時としては)温厚なほうですね。

運よく現在のケニアにあるマリンディという町でインド人と接触することができたため、彼はインドへの航路を見つけることに成功します。

ケニアはインド洋側の国ですから、そこからは順調にインドへ渡ることができました。しかし、現地との習慣の違いにより、海賊と間違われてまたしても不穏な空気が一時漂います。ヴァスコもそこまでは気が回らず、なかなか交渉が進まない上武力行使をちらつかせたインド側に対し、ついにキレてしまいます。
そしてインド人の人質を取ったまま帰国を決めてしまいました。あーあ(´・ω・`)

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帰国できたのは3分の1

しかし帰路では風に恵まれず、その上壊血病その他で船員の多くが亡くなり、三隻あった船のうち一つを焼却処分して編成しなおさざるをえなくなります。ダイナミックやな。
本国へたどり着いたときには約三分の一の人数になっていたといいますから、当時の長距離航海がいかに難度の高いものだったかがわかりますね。
アジア方面の植民地化が南北アメリカ大陸より後になったのは、多分この辺の事情から大量の兵を投入できなかったという面もあったのでしょう。
ヴァスコはその後無事帰国し、一度航海からは離れますが、インド総督に任じられたため再びインドへ向かいました。
この間別の人がその役目をしたこともあるのですが、乱暴すぎたため再びヴァスコに仕事が回ってきたのです。とはいえ、彼も二回目にインドを訪れたときにはかなり手荒いことをしているのですけどね。
どうしてこうなった……とも言いたくなりますが、最初の交渉で比較的穏便にしていたのに海賊呼ばわりされたのですから、彼ならずとも大いに気分を害したことでしょう。
異文化コミュニケーション難しい(´・ω・`)

3度目のインド赴任で客死

こうして二回大きな功績を挙げたヴァスコは、ポルトガル王からさらに領地とお金をもらい、大貴族に匹敵する立場と財産、そして奥さんを手に入れました。
これを見たヨーロッパ諸国が我も我もと後を追って海へ乗り出し、大航海時代及び植民地主義、ひいては帝国主義が強まっていったのでした。

ヴァスコダガマのサイン。提督にして伯爵と書いてあるそうです(Wikipediaより)

ちなみに、ヴァスコは三度インド方面の担当に抜擢されています。三回目の理由も「後任が乱暴すぎてうまくいかないからお前何とかしてきて」(超訳)というものでした。ポルトガル人どんだけ短気やねん。

彼はもちろんお役目を引き受けましたが、既に60歳頃になっていたこともあり、インドのコーチンという町で病に倒れてしまいます。( ̄人 ̄)
これだけ信頼され、富を築けてやりがいある仕事ができたのですから、客死とはいえまあまあ良い人生だったのではないでしょうか。

喜望峰通過後の15世紀のポルトガルの植民地や拠点(Wikipediaより)

ヴァスコ自身の功績、そして子孫達がやはり海に関する仕事をしていたためか、彼の名は現在ポルトガル海軍が持っている軍艦の等級にも使われています。

一番早く就役した船はまんま「ヴァスコ・ダ・ガマ」といって、既に20年以上使われているとか。

ヴァスコは約30年ほどインドへの航海や統治をしていましたので、本人に似て長持ちしているのかもしれませんねえ。

長月 七紀・記




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参考:http://ja.wikipedia.org/wiki/ヴァスコダガマ

 




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