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擬似戦争の様子が描かれた絵/wikipediaより引用

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フランス その日、歴史が動いた アメリカ

擬似戦争が米仏間で勃発! 米「金は返さんwww」仏「船襲ったる」の“ほぼほぼ戦争”の実態とは?

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宣戦布告なき大ゲンカの擬似戦争

良い関係を築くことって難しいですよね。
そのまま維持するとなればなおさら。仲が良い友達・パートナーだと思っていても、実は片方がすごく我慢していたり、ちょっとした一言でブチキレてしまうことは珍しくありません。
これが歴史上となると、「良好な関係」という単語を見つけることすら困難なような気がします。
「最初は政略結婚だったが、お互いの努力によってうまくいきました」くらいならあるのですが、事国家同士となると……。今回はそんな感じの、近世における国際関係のお話です。

1798年(日本では江戸時代・寛政十年)7月7日は、アメリカとフランスの間で”擬似戦争”と呼ばれる小競り合いが本格化した日です。

何ともビミョーな言い回しですが、それには諸々の理由がありました。

当時、アメリカは独立して15年目。
一方フランスは、革命の真っ最中。
両国とも、新たな国になるため試行錯誤していた時期だったのです。

 

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王国の世話にはなったけど、革命後の国に借りはないでチュ~

「似たような境遇なら助け合えよ」といいたくなってしまいますが、そうはならないのが欧米の歴史。そもそもそんなことができていたら、ヨーロッパであんなにも多くの国に細かく分かれていませんよね……。
アメリカは「独立戦争のときはフランス”王国”の世話になったけど、革命が起きたからには別の国だからシラネ」(超訳)という態度でした。

さらに、1794年にはアメリカとイギリスの間で、経済に関する「ジェイ条約」を結んでいます。
この中に、「(イギリスから独立したけど)商売はします」「アメリカはイギリスと敵対する国の船に補給しません」といった内容があり、これがフランスを怒らせました。
当時フランス革命戦争で、フランスはイギリス(というか他ヨーロッパの大部分)と敵対していたため、実質「フランスとは商売しません」と宣言するのと同然だったからです。

また、アメリカが「独立戦争のときにフランス”王国”にお金借りたけど、もうブルボン家は王様じゃなくなったし、フランス”共和国”には何の借りもないからお金返しません!」と宣言し、返済を取りやめたことも共和国政府の怒りに火をつけます。

ちなみに、ヨーロッパの他の国も「俺らはブルボン家に金を借りたんであって、フランス共和国に返す金はありませんwww」と言っていました。革命ってそういうことなんですね……。

これに対する報復として、フランスはイギリスとの貿易に向かうアメリカ商船を片っ端から拿捕したり、アメリカ船がフランスに立ち寄ることを拒否したり……といった強硬な行動に出ます。
また、1796年には新しいアメリカ大使がパリに赴任することも拒みました。
どちらも友好関係に向けたものとはいい難いことです。仲良くしたいんだか戦争したいんだかよくわかりませんね。
どう考えても、ヨーロッパ中を敵に回している状態で、さらに敵を増やしている場合ではないはずなのですが。

 

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「仲良くしたけりゃ賄賂を寄越せ!」と船を襲いまくった後にヌケヌケと

これに対し、アメリカのジョン・アダムズ大統領は「フランスは交渉の席にすらつかない。防衛手段を整えなければ」と考えました。
しかし、1798年4月には、フランスが非公式に「仲良くしてほしければ賄賂を寄越せ」と要求してきたXYZ事件が発生。完全に恐喝です、本当にありがとうございました。

当然、アメリカ議会や世論は「フランスは何様なんだ!」とおカンムリ。
少し話が前後しますが、1797年6月の時点で、フランスがアメリカ商船316隻を捕獲したという報告がされていたため、まさに「盗っ人猛々しい」としか見えなかったのです。

時代も船の作りも違いますが、第二次世界大戦時に米軍に沈められた日本の貨物船(戦時標準型船も含む)は185隻だそうです。単純な比較はできませんけれども、わかりやすい例として挙げさせていただきました。
つまり、どう見ても当時のフランスはやり過ぎだったわけです。

こうなると全面戦争をしてもいいくらいですが、アメリカはすぐには動けませんでした。
なぜか。
当時のアメリカは他国と海で戦うことを想定しておらず、海軍は存在しないに等しい状態だったからです。

しかしフランスが上記のような暴力に出てきたことで、急ピッチで海軍を整え始めます。
その頃のアメリカ船の保険料率は500%を超えていたとか。保険会社かわいそう(小並感)

 

アメリカ海軍も反撃に出てフランス船をとっ捕まえる

そして1798年7月7日にアメリカ議会はフランスとの条約を破棄したことで、戦争開始とみなされました。正式に宣戦布告をしなかったため、この戦いは「擬似戦争」と呼ばれることになります。
条約破棄って基本的にケンカ売るのと同義ですしね。

アメリカ海軍は25隻の船で大西洋南部沿岸・カリブ海を哨戒し、フランスの私掠船をとっ捕まえ始めました。
これによりアメリカの商船は多少安全に航行できるようになったようです。

擬似戦争は2年ほどの短いものでしたが、その間にアメリカ海軍は85隻のフランス船を捕獲したといわれています。
アメリカ側の損失ははっきりわかっていません。軍籍・民間を全て数えるか、別物とするかで意見が分かれるのだとか。

ちなみにイギリスはこの戦いに直接参加せず、アメリカ海軍に物資や弾薬を売りまくっていました。
その一方で互いの商船が他方の船団に加わることを認めているので、「フランス船と戦闘はしないけど他のことは協力する」という感じでしょうか。

その後、台頭してきたナポレオンはアメリカと事を構えるのを避けるようになったため、アメリカとしても願ったり叶ったり。1800年9月30日に両国間で会議が行われ、擬似戦争は終結します。
軍同士のぶつかり合いではないので、最後まで小競り合いという感が強いですね。

アメリカはその後、ヨーロッパ情勢に自分から関わるのをやめ、太平洋側への進出に力を注ぐことになります。途中でもう一度イギリスと戦争してますが、まあその辺は日を改めて。

長月 七紀・記

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参考:擬似戦争/wikipedia

 





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